「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

「母の日」モンペ姿明治生れの母の想い出

2019-05-12 05:15:18 | 2012・1・1

5月の第2日曜日は「母の日」である。「母の日」の、が日本の社会に定着したのはいつ頃からであろうか。わが家でも娘たちから季節の花とともに贈り物が届けられた。しかし、僕には過去に「母の日」を祝った記憶がない。母は明治26年生まれ、昭和51年、83歳で他界しているが当時、あまり「母の日」を祝う習慣はなかった気がする。

インターネットで調べてみると、「母の日」は100年以上前、ウィルソン大統領時代、米国で始まったようだが、日本では戦後すぐの占領下、キリスト教関係の婦人グループが、真似て始めたようである。これにコマーシャリズムが便乗して、今や日本でも5月、新緑の頃の俳句の季にもなってきた。

あまり親孝行でなかった僕だが、最近は年に一回、「母の日」を偲ぶ日にしている。母というと何故か戦争中の防空演習のモンペ姿が目に浮かんでくる。戦争中は母だけでなく”ぜいたくは敵”の時代で、女性はモンペ姿が多かったが、母は特に隣組の活動には熱心だった。戦争末期、空襲が激しくなり,食料の配給が途絶えると、母は手製のリュックを背負って週に何回も買い出しに出かけた。昭和20年8月15日、僕は庭の防空壕の中で母と共に陛下の玉音放送を聞いている。

母親と同じ世代の明治中期生まれのの女性は、息子の戦死者を多く出している。母は息子は僕だけだったが昭和19年、一人娘を結核で亡くしている。思えば、この世代の明治生れの女性は大変な苦難な時代を生きてきたものだ。母の好きなカーネーションを捧げて想い出にしょう。