「独創的でもなく抜群の能力の持ち主でなかったヴェスパシアヌスを一言で評すれば、「健全な常識人」に尽きる。だが、ローマの帝政も一世紀を経たこの時期、いかなるシステムも避けられない制度疲労に似た危機を克服するには、健全な常識にもどって再出発するのが最良の方策であったのだ」(p161)
ヴェスパシアヌスは、平和と秩序の回復を目標にかかげ、「平和のフォールム」の建設、皇帝法の成立による帝政の専制化、財政再建等を手がけます。そして、あの今なおローマに残るコロッセウム(円形競技場)を建設させたのも彼なのでした。
個人的に本書でもっとも関心を持ったのは、辺境の危機であるユダヤ戦役を扱った部分です。筆者は、60ページを割いてユダヤ民族の特殊性も解説しつつ、この時代のユダヤ問題を描きます。筆者が言う特殊性とは、①地理的特殊性(大国シリアとエジプトを結ぶ線上に位置)、②民族の優秀性、③ユダヤ人の離散傾向、④自民族以外を支配下に置いたことがない歴史、⑤一神教であるユダヤ教との関係(宗教が積極的に政治に介入してくる神権政体にならざるえない)です。ユダヤ問題というのが、ローマ時代から現在に至るまで基本的な根っこは同じであるということが驚きです。古くて、新しい問題なのですね。