去りゆく夜の名残りと忍び寄る夜明けの気配が交錯するトワイライトの空白。
人の通りも疎らな商店街の静寂。
歪んだ遠近感の中、歩を進めていくと、記憶の回廊の彼方にぼんやり灯ったような看板の電球が見えてくる。
黄色いスポットライトに照らされた「王将」の店名が、歓迎の小旗を振っているように見える。
ガラスドアから中を覗くと、店内のカウンターには、深海に佇む古代遺跡のような人影が疎らに見える。
軽い逡巡の後に、赤いドアの取っ手を引いて店内へ入り、手近なカウンターの席に滑り込む。
終夜営業の疲れを内面に秘めた店員が、コップ一杯の水とともにオーダーを取りに来る。
「餃子二人前と瓶ビール。ビールは後で。車は乗らん」
壁のメニュー表を見ることもなく注文する。
店員の負担を最小限にするために、必要事項は予め伝える。
ビールは瓶、サーブは料理と一緒、飲酒運転幇助の心配無用。
この店で餃子とビール以外に注文するものなどあるだろうか。
空腹の程度から言って、餃子は一人前でいいのだが、二人前を頼むのが粋人の美学だ。そしてビールは生ビールではなく、瓶ビールがこの時間帯にはフィットする。
カウンターには、ひと組のアベックと二人のひとり客が座っている。
アベックの四十がらみの男は生ビールを前に静かに煙草を燻らしながら目を閉じている。アラサーとおぼしき女は携帯でメールを打っているようだ。
ふたりの間に会話はないが、恋愛という感情を醸し出すには付き合いの期間が長く、下手をすればマンネリに陥りそうな、かと言って、別れを切り出すには踏ん切りがつかないような、そんな色褪せた関係に見える。
ひとり客の若い男は、昨夜のコンパで羽目を外して仲間に置いてけぼりを食らい、夜の街を酔って徘徊の末、この店に辿り着いたような疲労困憊の体で居眠りをしている。
もう一人の女の客は、三十路も半ば過ぎくらいの、明らかにそれとわかる安酒場のお水風で、生活臭が垣間見えるアンニュイを漂わせている。食欲だけはあるようで、女の前には三皿ほど食べかけの料理が並んでいる。
そうこうしているうちに餃子とビールが運ばれてきて目の前に並ぶ。
まず、餃子のひとつひとつに、プッシュ式のシャンプーボトルのような容器からラー油を垂らす。
ひと昔前は、深い広口のアルミの容器にラー油は入っていて、底には胡麻や唐辛子の屑が沈殿していたものだ。
赤いラー油が程よく焼けた餃子の表面を妖しく流れていく。
タレを餃子の周囲に流し入れる
つけ皿は使わないのが流儀だ。
焼き油とラー油でねっとりと光る餃子に、酸味の効いた醤油ダレを十分に染み込ませ口へ運ぶ。
噛めば肉汁が舌上でほとばしり、まったりと口中に広がっていく。
甘味、旨味、苦味、酸味、香味が混然一体となり味覚中枢をやさしく刺激する。
四十年以上食べ慣れた味は、時の流れを感じさせない。
頑なに変化や迎合を拒否する揺るぎない自信がみなぎっている。
口中の味の余韻をビールの芳醇な炭酸で一気に洗い流す。
小さなゲップとともに込みあげるニンニクとアルコール臭が、至福の芳香となって鼻腔をくすぐる。
そう、これが王将の餃子だ。
人の通りも疎らな商店街の静寂。
歪んだ遠近感の中、歩を進めていくと、記憶の回廊の彼方にぼんやり灯ったような看板の電球が見えてくる。
黄色いスポットライトに照らされた「王将」の店名が、歓迎の小旗を振っているように見える。
ガラスドアから中を覗くと、店内のカウンターには、深海に佇む古代遺跡のような人影が疎らに見える。
軽い逡巡の後に、赤いドアの取っ手を引いて店内へ入り、手近なカウンターの席に滑り込む。
終夜営業の疲れを内面に秘めた店員が、コップ一杯の水とともにオーダーを取りに来る。
「餃子二人前と瓶ビール。ビールは後で。車は乗らん」
壁のメニュー表を見ることもなく注文する。
店員の負担を最小限にするために、必要事項は予め伝える。
ビールは瓶、サーブは料理と一緒、飲酒運転幇助の心配無用。
この店で餃子とビール以外に注文するものなどあるだろうか。
空腹の程度から言って、餃子は一人前でいいのだが、二人前を頼むのが粋人の美学だ。そしてビールは生ビールではなく、瓶ビールがこの時間帯にはフィットする。
カウンターには、ひと組のアベックと二人のひとり客が座っている。
アベックの四十がらみの男は生ビールを前に静かに煙草を燻らしながら目を閉じている。アラサーとおぼしき女は携帯でメールを打っているようだ。
ふたりの間に会話はないが、恋愛という感情を醸し出すには付き合いの期間が長く、下手をすればマンネリに陥りそうな、かと言って、別れを切り出すには踏ん切りがつかないような、そんな色褪せた関係に見える。
ひとり客の若い男は、昨夜のコンパで羽目を外して仲間に置いてけぼりを食らい、夜の街を酔って徘徊の末、この店に辿り着いたような疲労困憊の体で居眠りをしている。
もう一人の女の客は、三十路も半ば過ぎくらいの、明らかにそれとわかる安酒場のお水風で、生活臭が垣間見えるアンニュイを漂わせている。食欲だけはあるようで、女の前には三皿ほど食べかけの料理が並んでいる。
そうこうしているうちに餃子とビールが運ばれてきて目の前に並ぶ。
まず、餃子のひとつひとつに、プッシュ式のシャンプーボトルのような容器からラー油を垂らす。
ひと昔前は、深い広口のアルミの容器にラー油は入っていて、底には胡麻や唐辛子の屑が沈殿していたものだ。
赤いラー油が程よく焼けた餃子の表面を妖しく流れていく。
タレを餃子の周囲に流し入れる
つけ皿は使わないのが流儀だ。
焼き油とラー油でねっとりと光る餃子に、酸味の効いた醤油ダレを十分に染み込ませ口へ運ぶ。
噛めば肉汁が舌上でほとばしり、まったりと口中に広がっていく。
甘味、旨味、苦味、酸味、香味が混然一体となり味覚中枢をやさしく刺激する。
四十年以上食べ慣れた味は、時の流れを感じさせない。
頑なに変化や迎合を拒否する揺るぎない自信がみなぎっている。
口中の味の余韻をビールの芳醇な炭酸で一気に洗い流す。
小さなゲップとともに込みあげるニンニクとアルコール臭が、至福の芳香となって鼻腔をくすぐる。
そう、これが王将の餃子だ。