叔父と祖母の法事で信州諏訪へ
法事の営まれたお寺は、諏訪大社下社秋宮のすぐ近く。
少し時間があったので諏訪大社に参詣しました。
諏訪大社というと有名なのが7年に一度行われる御柱祭(おんばしら)
本殿の横に6年前の御柱祭で立てられた御柱が立てられています。
この御柱は、八ケ岳山麓で切り出された樅の大木を、氏子たちが人力でここまで曳き出して立てたものです。
途中、崖を氏子を乗せたまま引き落とす「木落とし」なども行われ、毎回けが人が出たり、死者も出ることもあるような勇猛な祭りでもあるのです。
これは今までで一番太い御柱だということですが、丸太の下が平らになっているのは引いて来る間に地面との摩擦で削られて平らになったものです。
私も小学校高学年の頃一度見たことがありますが、その柱の巨大さや斜面を滑り落とす迫力、祭りの賑やかさなどが記憶に残っています。特に、この大木の底面が平らになっていたのがとても印象に残っています。
来年はその御柱祭が行われる年。もう一度見たいですね。
今回の法事は、祖母の33回忌と叔父の13回忌。
尊敬していた叔父は私の人生の節々で一番お世話になり、生き方にも大きな影響を与えてくれた人でした。
幼いころより、私がものを作るのが好きだったことにも一番理解を示し、見守ってくれました。
今でも大切に使っている、桑の木や柿の木は叔父が仕事の間に見つけて集めてくれたものです。
交通事故が原因で亡くなってしまい、あまり作品を見てもらえなかったことが残念でなりません。
叔母の家での叔母や従兄弟との懐かしい語らいのあと、「万冶の石仏」へ。
夕闇せまる杉木立の中にゆったりとたたずんでいる姿は何とも言えない安らぎを与えてくれ、大いに感動。
今でこそ有名になり、周りも整備されていますが、十数年前までは、田んぼの中にぽつんとおかれ、近くに住んでいた従兄弟の子供たちの格好の遊び場だったそうです。
そういえばこの石仏、背中や肩に、笑顔で遊ぶ子供たちを乗せて、ゆったりたたずむ姿が一番似合っているように思います。
叔母や従兄弟と久しぶりにお会いし叔父や祖母を偲び、おおらかな仏さんとも出会い、心安らいだ一日でした。
法事の営まれたお寺は、諏訪大社下社秋宮のすぐ近く。
少し時間があったので諏訪大社に参詣しました。
諏訪大社というと有名なのが7年に一度行われる御柱祭(おんばしら)
本殿の横に6年前の御柱祭で立てられた御柱が立てられています。
この御柱は、八ケ岳山麓で切り出された樅の大木を、氏子たちが人力でここまで曳き出して立てたものです。
途中、崖を氏子を乗せたまま引き落とす「木落とし」なども行われ、毎回けが人が出たり、死者も出ることもあるような勇猛な祭りでもあるのです。
これは今までで一番太い御柱だということですが、丸太の下が平らになっているのは引いて来る間に地面との摩擦で削られて平らになったものです。
私も小学校高学年の頃一度見たことがありますが、その柱の巨大さや斜面を滑り落とす迫力、祭りの賑やかさなどが記憶に残っています。特に、この大木の底面が平らになっていたのがとても印象に残っています。
来年はその御柱祭が行われる年。もう一度見たいですね。
今回の法事は、祖母の33回忌と叔父の13回忌。
尊敬していた叔父は私の人生の節々で一番お世話になり、生き方にも大きな影響を与えてくれた人でした。
幼いころより、私がものを作るのが好きだったことにも一番理解を示し、見守ってくれました。
今でも大切に使っている、桑の木や柿の木は叔父が仕事の間に見つけて集めてくれたものです。
交通事故が原因で亡くなってしまい、あまり作品を見てもらえなかったことが残念でなりません。
叔母の家での叔母や従兄弟との懐かしい語らいのあと、「万冶の石仏」へ。
夕闇せまる杉木立の中にゆったりとたたずんでいる姿は何とも言えない安らぎを与えてくれ、大いに感動。
今でこそ有名になり、周りも整備されていますが、十数年前までは、田んぼの中にぽつんとおかれ、近くに住んでいた従兄弟の子供たちの格好の遊び場だったそうです。
そういえばこの石仏、背中や肩に、笑顔で遊ぶ子供たちを乗せて、ゆったりたたずむ姿が一番似合っているように思います。
叔母や従兄弟と久しぶりにお会いし叔父や祖母を偲び、おおらかな仏さんとも出会い、心安らいだ一日でした。