木工芸・漆・道具        

 木肌の美しさに惹かれ、指物の伝統技術と道具に魅せられて・・・・・ 木工芸 市川 (宇治市炭山)

仕事再開

2012-08-31 19:43:48 | 木工
完全復旧にはまだまだ時間がかかる炭山ですが、今日から仕事を再開しました。
この間、納品に間に合わせるための椅子の仕上げ以外はほとんど仕事ができていません。
木竹部会展まで一ヶ月余、「一木一優」作品展を2ヶ月後に控え、若干焦り気味ではありますが、じたばたしても始まりません。

8月上旬から手つかずになっていた、笹谷さん依頼のコーヒー焙煎器のハンドル。

直径40mmの丸棒を約37mmのにロクロで挽き、両側に約4mmの溝を突きます。



陶器は同じに作っても焼くと、微妙に穴の形状が変わってきますので、一つ一つ合わせます。



少しきつめに合わせます。



ハンドルとつなぐ板を桜で作りました。
ハンドルは、鑢の柄を流用しています。



4つが完成し、納品させていただきました。ありがとうございました。


炭山の復旧状況につきましては、今後も時々お知らせしたいと思います。
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炭山被災 17日目

2012-08-30 21:59:02 | 炭山災害
信州から帰り、27日から開通した二尾木幡線を通って通勤。

山科自動車教習所の先には、大型車通行止めの看板。



道路の路肩が崩れた箇所は土嚢が積まれて応急処置がなされていました。



土砂に埋まった箇所。両側に土嚢が積まれ、道路標識も倒れてました。



土砂は都カントリーの入り口から流れ出たようです。



道路の反対側にあったWさんのお宅は無残にも土砂に埋もれていました。



この土砂は、また流れ出す恐れがあり、少しの雨でもここは通行止めになります。
昨夜も6時過ぎの雨で一時通行止めになったそうです。


「一木一優」の仲間の柳原さんの工房も、床下にたまった泥を撤去する事になりました。
そのためには床をすべてめくらねばならず、今日は工房の片付けの手伝いです。


ボランティアさんの応援も得て、工房内の木材などを隣の倉庫に移動させました。



若いボランティアさんの活躍で、見る間に工房は片づいていきました。



ボランティアの「チームレスキュー」の皆さん。遠くは愛知県からも参加。今日で一週間になるそうです。
本当にご苦労様でした。




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炭山被災 12日目

2012-08-25 21:58:06 | 炭山災害

「明日への一歩 炭山通信」第7号 8月24日発行です。

今日は土曜日、炭山陶芸の建物にボランティアセンタ-(炭山サテライト)が開設され、朝から沢山のボランティアさんに来ていただきました。
stadio木壺さんの工房に小型ユンボを繰って来てくれたボランティアさんは愛知県から駆けつけてくれました。
福島、宮崎・・・と全国を駆けてボランティア活動をされているそうです。
地主さんの都合で作業は明日に延期になりましたが、本当にご苦労様です。



裏の崩落箇所。



その上の部分。かなりの急斜面です。
工房のお隣のKさんはここで生活されています。
「いつまた崩落するかと思うと、何か音がする度に不気味に感じる」と言っておられました。


こんな状況の中ですが、私は明日より、一週間延ばしてもらった納品を兼ねて実家へ帰ってきます。
今年は庭の草刈りも墓掃除もまだできていませんでした。



松本に納品するウォールナット肘掛椅子4脚。なんとか完成する事ができました。



桑小抽斗は諏訪の叔母さんに。



朱塗りの椀と杯、真塗りのお膳。こちらは佐久に納品です。

そんなわけで、明日から「明日への一歩炭山通信」は、笹谷さんの「香福籠ー暁陶房」のホームページに掲載されます。そちらをご覧下さい。

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炭山被災 11日目 窯元さんの状況

2012-08-24 23:51:08 | 炭山災害


「明日への一歩炭山通信」第6号


京都陶磁器協同組合連合会から私のブログを教えてもらったという、朝日新聞の記者さんが見え、現場を見ていただくよう案内させてもらいました。

まず、裏の崩落現場に登ってみました。

倒木によってせき止められた上部には大量の土砂がたまっています。



地盤は崩れやすくなっており、もしまた大雨が降り、これが流れ落ちるような事になると、その土砂が志津川をせき止め、さらに大きな二次災害を引き起こすような事態になりかねません。
せき止めている倒木もやがては腐るのですから、このままではこの土砂が流れ出す事態は必ず起こるように思えます。


調査に来ていた宇治市の関係者も、「もし大雨や、雨が長く続くような場合には、ご近所声を掛け合って安全な場所に避難してください。」と言っておられました。
台風シーズンを控え、どうなるのでしょう。

床下浸水した「studio木壺」さんは、床が低く、床下にたまった泥を撤去しようとすると、床を全面剥がさねばなりません。大型木工機械が運び出せない状況のなかでは、撤去を断念せざるを得ない状況になっています。


記者さんを対策本部へ案内し、副本部長の笹谷さんに炭山工芸村の窯元さんを案内してもらいました。


最初におじゃましたK陶房さん。窯の下まで水に浸かり、窯を少し上げて乾かしておられました。



裏は、一面泥水が走り、おびただしい量の泥が残りました。ようやくそれが撤去されたところでした。


Kさんの案内で山手一番奥のOさんのお宅に行ってみました。

裏の小さな谷筋を流れ下った土石流で、家の中のものはすべて押し出され、



まさに想像を絶する光景でした。
幸い、住人のOさんは、尋常で無い物音に目を覚まし裸足で家を飛び出し、間一髪事なきを得たそうです。



家の裏に回ると、土砂は屋根にまで達していました。



さらにその土砂は下に流れ下り。



この2件のお宅の床下や工房に流れ込みました。



床下の泥は、ボランティアさんの協力で取り除かれつつありますが、



まだまだ大変な状態が続いています。



ここでは学生のボランティアさんが大活躍でした。





工房の中に流れ込んだ土砂に汚れた製品や道具、資材の片付けはまだまだこれからです。
窯に水が入り、使えるまでに時間がかかりそうな窯元さんもおられます。

案内していただいたKさんは、一番はじめに京都市内から工房を炭山に移された方と聞きました。
いわば炭山の陶芸村の先駆者。当時のお話しも少しお聞きしました。
近年の不況の中で仕事が減り、窯元さんにとって厳しい状態が続いています。
その中でこの被災。
何とかまた活気を取り戻し、みんなが元気になることを願うばかりです。
そのためにも多くの皆さんに、この陶芸の里炭山を知って欲しいと思います。
もちろん少ないですが木工の工房もあることもです。



こちらは下の川沿いにあるTさんの工房。
道路を流れ下った水が、滝のように川に流れ込み、その勢いで対岸の石垣を崩し、ここにあった窯の小屋が崩れ落ちてしまいました。
写真にある大きなコンクリートの板は、窯小屋のコンクリートの床です。この上にあった2つの窯と建物はすべて流されてしまいました。
仕事ができなくなり、Tさんはこれからどうしていったら良いのかと途方に暮れておられました。




炭山陶芸の建物がボランティアセンターになっています。



その前まで来ると、ボランティアの青年達が今日の活動を終えて戻ってきました。
この青年は京都だけでなく東京からも駆けつけた学生さん達。



全身泥だらけになりながらも明るく頑張ってくれる姿に、炭山の皆さんもとても励まされています。
本当にお疲れ様でした。


復旧は進んではいますが、まだまだ残っているところも多く(ボランティア要請があった25カ所のうち、9カ所はまだ未派遣)、この土日が復旧の大きな山場になります。
渡辺区長さんは、「皆さんの協力を是非ともお願いしたい」と呼びかけておられました。


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炭山被災 10日目

2012-08-23 22:01:12 | 炭山災害

「明日への一歩炭山通信」第5号です。

二尾木幡線の木幡方面への道路は、中学生のスクールバスでの通学確保のため、2学期が始まる8月27日までの開通を目指して、24時間態勢で工事が進められています。



ヘアピンカーブの上の土砂や倒木はすでに取り除かれました。



反対側の谷のガードレールは落ち、土砂崩れのすごさを示しています。



ヘアピンカーブの下もきれいになりました、が・・・



その先には道路の崩落箇所があります。 広さがありますので、片側の通行はできそうです。
この先では、道路に積もった土砂の撤去作業が続けられています。
土砂の撤去は木幡方面からも進められていると言うことです。



村内では、八幡宮の広場に流れ込んだ泥の撤去が始まっていました。



Wさんが、ご自分のユンボを運転して積もった土を寄せ、町内の皆さんで片付け作業が行われています。



中炭山の土砂が川をせき止めた現場では、川の掘削が始まり道には水が流れなくなりました。
しかしがれきの撤去はまだまだこれからです。
10日目に入ると、さすがに皆さんの疲労もたまってきています。
皆さんお身体にはくれぐれもご注意ください。
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炭山被災 9日目

2012-08-22 23:06:00 | 炭山災害


本日発行、「明日への一歩炭山通信」第4号です。
暗くなってから撮ったので見にくくて済みません。
昨日は沢山のボランティアさんが入り、復旧も着実に進んでいます。



「studio木壺」の柳原さんの工房では、一昨日よりお父さんのお友達の山本造園さんが入ってくださり、
倉庫の中に積もった土砂もすっかりどけて、貴重な板材を掘り起こしてくださいました。



倉庫の中から見ると、表は7~80cm高くなっています。それだけの土砂が積もっているのです。



工房の上の道路には土嚢が積まれて道から水が流れ込まないように宇治市がしてくれました。、



工房の周りにも溝を掘って、



応急処置として、少しぐらいの雨なら水が川へ流れ込むようにしました。


そして残るは床下。今日めくってみると・・・

床下にはおびただしい量の泥、泥、泥、・・・
これを出さねばなりません。工房の木材や道具をすべて運び出し、機械も移動させて床を剥がさないと取り除く事ができません。
作業にはかなりの人手が必要となりそうです。

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炭山 災害から一週間

2012-08-21 21:58:23 | 炭山災害
炭山の災害から一週間が経ちました。


今朝の対策本部前。何時になく若者で賑わっていました。
神戸の大学の先生と学生さんがボランティアに来てくださいました。



いろいろ説明を聞いた後、



班に分かれて現場へ向かいました。

今日は、この他陶芸訓練校の生徒さんや、上炭の陶芸村の皆さんなど約50名のボランティアの応援を得る事ができました。
今までは、宇治市のボランティアセンターからの派遣も無く、関係者の個人的なつながりを通してのボランティアが中心でしたが、支援していただく事により町内の皆さんも元気づけられています。
これからはいろいろな所からボランティアが入っていただけるようです。
皆さん、よろしくお願い致します。



対策本部前には、こんなニュースが貼られています。
「明日への一歩炭山通信」です。



これが第1号。町内会の本部役員さんを中心に組織された「炭山災害対策本部」が発行しています。
先週は本部から役員さんへの連絡が中心でしたが、今週からは毎日発行され、組長さんを通じ全町内会員さんに配布されています。



第2号。



今日発行された第3号。
これにより、対策本部が入手した情報が、正しく迅速に全町内に伝えられています。
日頃様々な取り組みを通じて結束を高めている町内会の力を改めて感じました。
これは、私達のように炭山に仕事場を持つものにとっても大変ありがたいです。
役員の皆さん。本当にご苦労様です。

日頃何もお手伝いできていませんが、町内会に入っていて良かった!



今日のニュースにある、22日夜の通行止めは、

たぶんここの復旧工事だと思われます。



ブルーシートに被われている箇所は、ガードレールの根元から下に崖崩れを起こしています。
毎日、「大丈夫だろうか」と心配しながら通っていた所です。


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炭山災害 被災2日目(8月15日)の様子

2012-08-20 22:10:39 | 炭山災害
8月15日、炭山は依然孤立状態にありました。
その時の様子です。 撮影は笹谷さん。





水は引き始めましたが、道路には土砂や倒木があふれ、地域の避難場所の笠取第二小学校へも行けなくなりました。
















下炭山と上炭山も土砂崩れで通行が出来なくなっていました。

何とか村内を通行できるようにしようと、町内会の呼びかけで、自からの手で道を開くことになりました。
皆さんスコップ片手に集まり、土砂を撤去し、道路を開きました。



その上の土砂崩れで志津川がせき止められた箇所。
ここも倒れた電柱を起こし、車の通行が出来るようになりました。





この夜、支援食料として届けられたおにぎりによる食中毒が発生。
その日の夕方、2日ぶりに三室戸からのルートが軽自動車のみ通れるだけ開き、その道を無理して通って救急車が到着するまでにはかなりの時間を要しました。
Oさんは、なかなか到着しない救急車を待つ間にもご主人はどんどん衰弱され、本当に心配されたそうです。
沢山の人が発病し、救急車だけでは間に合わず、元気な人が軽自動車を運転しそれに分乗して病院へ向かいました。
大きな災害にもかかわらず、村人の連携でけが人もなかった炭山ですが、もし、この時道路が一つも開通していなかったら、と思うと背筋が寒くなる思いがしました。


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炭山災害の状況 豪雨の日(8月14日)

2012-08-19 21:02:42 | 炭山災害
炭山災害の状況 豪雨の日(8月14日)

炭山下炭町内会長の笹谷さんが撮影した写真を預かりました。
炭山の当日の状況です。




































炭山には、ユンボを持っている人や、ここをユンボなどの置き場としている事業所がいくつかあります。


その一つ、吉徳建設さんは、当日、全身泥だらけになりながら山を越えて炭山に入り、自分のユンボを動かして道路の土砂の撤去はじめました。
そして一日作業し、夕方には「帰るわ!」と一言、また山を越えて帰って行かれたそうです。

















被災から6日目、復旧は少しずつ進んでるとは言え、水道さえやっと下炭が出るようになっただけ。
この猛暑の中、風呂にも入れない状態が続いているのです。
さらに、NTTの光ケーブルは切断されたままで、それを利用しているインターネットやIP電話はまだつながっていません。
個人の家や事業所の土砂はまだ多くが残されたままなのです。
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炭山の状況 被災5日目 

2012-08-18 22:46:34 | 炭山災害
炭山も被災5日目。復旧も少しずつ進んでは来ているのですが・・・・
道路は、二尾木幡線の二尾からのルートが開通はしたのですが、
その道は、

ヘアピンケーブが続く、離合も難しい細い山道で普段でもあまり通りたくない道。

それが、

崩れた箇所の土砂は取り除かれたものの、防護策の鉄骨は折れ曲がり、またいつ崩れても不思議でない状態。
昨夜も、今日の夕方も雨が降って通行止めになっていました。



炭山に入り、広くなっている道も、半分は土砂と倒木で埋まっています。



下炭(山)の対策本部は、渋谷さんの倉庫におかれています。町内会の役員さんが常駐し、すべての業務をこなしています。


道路の通行車両も少し少なくなったので上炭まで行ってみました。


八幡宮の広場は、10cm以上の泥が積もっていました。
子ども達が楽しみにしていた今年の地蔵盆は中止になりました。



ここの道上の両側のお宅は土砂が床上まで流れ込みました。まだ土砂は完全に撤去されていません。



当日の朝、住民の皆さんが力を合わせて道を開けた所は、未だそのまま、手が付けられていません。



崩落で志津川がせき止められた所。土砂に埋まった車が崩落のすごさを物語っています。



土砂に家が埋まったこの住人の方は、上炭の対策本部が置かれている村上さんによって助け出されました。
幸い怪我はなかったようですが、ワンちゃんが犠牲になってしまいました。



ここがせき止められて事により、あふれた水はすぐ上の山本工房さんの作業場に流れ込みました。
災害から5日も経つのに、水をくみ出すポンプ一つ設置されていないのです。



窓ガラスにその跡がくっきり残っていますが、1m20~30cmはあるでしょうか。



作業場の裏には、せき止められた水が大きな池になり、



堤防を越えて、山本工房の作業場の中へ流れ込み、



道路へと流れ出ているのです。この場所は確か、木工の作業をしていたところ。
なぜ5日も放置されているのでしょうか。
ポンプの設置くらいはすぐにでも出来ると思うのですが・・・。
近所の人の話では、河川の管轄の国土交通省の担当者が見に来て言うには、河川の土砂や倒木は撤去するが、個人の土地のものは撤去しないとのこと。
樹木が河川から個人の土地にまたがって倒れていたら、境界のところで切断し、河川の部分だけ撤去しあとはおいていくということらしい。
これには開いた口がふさがりませんでした。
銀行や大企業には税金を使って巨額の支援がなされるのに・・・・・

お母さんの話では、大きな被害を受けながらも山本工房さんはここでまた仕事を再開しようとされているそうです。
そんな山本さんの決意に応え、行政は一日も早く援助の手をさしのべて欲しいものです。
山本さん頑張りましょう!



川がせき止められた事により、私の工房を建ててもらった熊谷工務店の作業場も水に浸かりました。
トラックのタイヤにその後がくっきり。一段低いところにあった機械も水に浸かってしまいました。



静かな流れに戻っている上流にも土砂が溜まり、川底は浅くなっています。



被害はほとんどなかったお家のすぐ裏には土砂が流れ下った跡が残っています。


水の被害をかろうじて免れたお宅も、その後食中毒にやられました。
Oさんは、ご主人が一番最初に発症し重症でやっと病院から戻られた所でした。
そのOさん、そんな状況の中で、私の工房がどうなっているか心配で歩いて見に行って下さったのです。
そのお話しを聞いて涙が出ました。Oさん、ありがとうございました。早くお元気になって欲しいと思います。



このワンちゃんは、木幡から炭山へ上がる道の大規模な土砂崩れで埋まったWさん宅のワンちゃん。
ご主人と奥さんは助けられましたが、ワンちゃんだけ取り残されていました。
Kさんが土砂の中を行って屋根にいたワンちゃんを助け出して、保護されています。良かったですね。



午後になり、空が暗くなってきたなと思ったら雷が鳴り響き、突然の豪雨。



見る間に志津川の水位は上がり濁流になりました。
幸い短時間で済んだので大事には至りませんでしたが、これから台風シーズンを迎えどうなることでしょう。

そういえば昨夜も雨画降り、住民に避難勧告が出されたようですが、市から区長さんへの電話での連絡のみ。
まだIP電話は不通の中、区長さんから役員さんを通じ、一軒ずつ伝えて歩かれたとか。
市の広報車はなかったのでしょうか。
上炭から下炭まで広く分散している炭山、一刻も早く危険を知らせる必要があるこんな時こそ広報車が役に立つと思うのですが・・・。

連日の奮闘で区長さんをはじめ役員さんの疲労は限界に達しています。
水道も少しずつ開通してきていますが、まだ下炭の一部、それも飲料程度にしかつかえず、この暑い中お風呂に入ることも出来ない状態が続いています。
行政の、迅速できめ細かく行き届いた対応がもっとなされても良いように思えます。
現地に入っている宇治市の職員さんは水道の復旧など本当に良く動いてくれているのですが、復旧状況が炭山全体に伝わらず誤解を生んだり、緊急を要することでも、「持ち帰って・・・」と言うことになってしまうらしい。
内容によっては即判断できる上の立場の人が来てくれたら良いと思うのですが・・・
そういえば、市長さんも、府知事さんもまだ一度もこの炭山には来られていないのでは・・・・。



ここは、下炭の炭山陶芸の窯元が並ぶ一画。山から流れ下った水で窯が使えなくなってしまった窯元が何軒もあります。
不況で仕事が減り大変な中で更に大きな痛手です。



突き当たりの広場は泥に埋まったままでした。

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