Chun日記~両足脛骨欠損症の娘をもった父親の育児&子育て奮闘日記

「Chunの部屋」もよろしく。メアドもそちらにありますよ。http://aka.gmobb.jp/chuns_room/

先天性欠損児用義足の段階を考える

2012-11-08 01:00:52 | インポート
先天性欠損児用義足の段階を考える。


私の娘の経験や、周りのご家族と話している経験から、なにか義肢装具士さんに伝えられることはないものか。
学会に向けて考えていたら、こんなことを思いついた。


小児義足とひとくくりにするが、年齢の段階により、問題となるところや要求される性能、求められるケアが異なるように思うのだ。

今回はそれを考えてみようと思う。



段階1
産まれてから、二歳半まで

自己認識が始まるまでの間。
人が二足歩行をする基礎となる様々な筋肉が自然に発達する時期。
欠損児について、診断が確定しておらず、両親がもっとも思い悩む時期。

とにかく、まずは…
両親と向き合うこと。
逃げないで、一生懸命にその子どもが死ぬまでの間、可能性を最大限に引き出すにはどうするかを、ひとりの人間として考えること。

気持ちは行動や言葉に現れ、それが伝われば家族は救われる。
逆に無関心や不作為は、家族を絶望や虚無感に陥れる。
そのことを知ってほしい。

家族が決断を迫られる時期、急かすことなく、重力拮抗筋を鍛える必要を伝えつつ、家族の思いに寄り添いながら
知りうるすべての情報を伝え、一生懸命に、一緒になって考える。

それだけ。
そのことだけが全て。




段階2
二歳半から四歳まで

オムツが外れ、いろんなことをひとりでやり始める。
このころは、義足に生活の上での細かな支障がたくさん

オムツを外すトレーニングが始まり、そのことに対応しようとするとハーネスは邪魔だし、便座に座った時に滑らないように、義足が汚れた時に手入れがしやすいように、しなきゃならない。

保育園や幼稚園に通い始めるから、他の子に当たった際の安全が確保されなければならない。
先生にも扱いやすく、しなければならない。

泥んこ遊びから継手などの部品を守らなきゃならないし、手入れを教えなきゃならない。遊具で遊び出したり三輪車に乗りたがる時期だから、その一つ一つに対応しなきゃならない。

そうした細かな困難と、患者家族が戦う中、義肢装具士さんとして力になれることを探して行くこと。
たぶんそれこそが、技量を高め経験を深める。
次に生かす糧になる。


段階3
四歳から五歳半まで

急激に精神的に発達し、好みが出てきて、幼稚園、保育園などでの要求水準が高まる。
プールや体操教室が始まり、場所にもよるがさまざまな体験もする。

楽器の演奏、パレード、茶道や剣道、プールやお泊まりなどの集団行動、学芸会や運動会などでの協調活動。
実に様々なことを、濃密に経験する時期。

たぶんこの時期に、きめ細やかに対応したら、あきらめる動作が減り、可能性が広がるし、将来にわたってそれが当たり前になる。
そんな時期。

無理と決めつけない試行錯誤の連続。挑戦し続けることが大切かな。

この時期もしかし
やはり両親の理解度や姿勢によって、子供の可能性は大きく変わる。
両親に可能性を提示してあげることができたら、理想です。



段階4
五歳半から10歳半まで

小学校入学に伴い、さまざまな問題がおきてくる。
登下校の問題。
プール授業の問題。
縄跳び、郊外学習、集団移動に給食当番。
体育の時間、ひとつひとつ
取り組み方を考えながら。
ひとつひとつ、工夫して行く。

苦手意識を作らずに、できることと無理なことを仕分けて行く。
その過程で、決して大人がやらせないのではなく。
一緒になってできる方法を模索して、少しでも参加できる方法を考えて行く。
たのしみながら。

この頃になると、義足の脱ぎ履き、手入れを自分自身でするようになり、子供自身からも義肢装具に注文がついてくる。
その声を聞き漏らさず、少しのことでも流さないで考える。

プール授業における問題は深い。
一二年生のうちは、プール内を歩行する場面が多いため、実は水に濡れてもいい義足は必須であるが、なぜか認められない自治体が多いため、どう対応するかが至難。

制度運用と使い古した部品を組み合わせて再利用することまでしなければならなくなる。


段階5
10歳半から15歳半まで

自我が強くなり、身体の成長が落ち着き、反抗期に入る。
このころには、義肢装具の外装について、やはりリアルさが求められる。

本人が求めなくとも、やはりリアルな方がいいにきまっている。
無駄に目立ち、毎回説明をしなければならなくなる手間を考える。
ストッキングなどを使い、外装のさらに上に実際の足に見えるような外装を

私はそこまでの助言を義肢装具士さんがしてくれるべきではないかと考えている。
だって。なかなかそこまでやるの大変だから。
義肢装具士さんが提案してくれたら、やってみるだろうけど、知らなければやりもしない。
つまりそれも、選択肢を狭めることにつながると思うのだ。


今のところの私たちでは未知の段階まで、少し整理してみた。
どうだろう。
こんな感じで、段階ごとに大切となることは違うと思うのだ。


共通して言えることは、患者家族に対して、いろんなことを伝えていかなければならないということ。
それこそが、技術よりも経験よりも、時には大切なことがある。


そんなこと。
あたりまえだけど、一番むつかしいこと。
わかっている義肢装具士さんは少ないそうだ。
大先生が嘆いていらっしゃった。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする