鈴鹿市議会議員 中西だいすけの活動日誌

鈴鹿市議会議員として年齢も含め5期目のベテランになりました。日々の活動や感じたこと、議会での動きなどをつづります。

議会基本条例と改選期の課題について

2014年04月15日 19時08分56秒 | Weblog
平成18年の北海道の栗山町議会で議会基本条例が制定されて以降、議会改革とそれに伴う議会基本条例の制定の動きは全国で加速して、鈴鹿市議会でも平成24年に議会基本条例が制定されました。

平成19年の統一地方選挙で当選し現職になっている私は、この間、平成19年から22年の間での鈴鹿市議会での議会改革特別委員会などでの議論はもちろん、市民と議員の条例づくり交流会議をはじめとした議会改革に関する研修や、すずか倶楽部での会津若松市議会の議会改革の取り組みの視察など、鈴鹿市での市民と議員と議会の関係についていろいろ考え取り組みました。平成23年の改選後は、議会基本条例の制定に議員として関わったことはもちろん、外部での議会改革についての研修、京丹後市議会の議会報告会の現場を視察しすずか倶楽部で想定議会報告会に取り組むなど、試行錯誤しながら現在にいたっています。
この間、鈴鹿市議会も基本条例制定後いろいろと変化、例えば議会報告会の開催やタブレットなどの持ち込みの試行などが行われてきており、鈴鹿市議会も着実に進んできています。

そのようなことを踏まえながら考えたのですが、鈴鹿市議会だけでなく議会基本条例を制定した多くの議会が来年の統一地方選挙で改選を迎えますが、条例があるからといって改選で新しく議員となる方たちが、必ずしも議会改革についてこれまでの議論を踏まえた上で立候補されるとは限らないことは、基本条例があるとはいっても議会改革の継続性から考えて、要検討の要素ではないでしょうか。もちろん、現職議員にとっても議会基本条例があるから学ばなくて良いということはなく、不断に学び検証し行動すべきことだと思います。

ですから、この部分について現職の議員は、改選後に事務局も含めた議会全員で議会基本条例の読み合わせを行う機会を設けるようにすることや、あわせて先例や申し合わせなどについても確認と議論の場を持つことなどを、議会基本条例の条文に記載することを検討するほうが良いのではないかと思います。新人議員に対する研修でいいのではないかという人もいるかもしれませんが、基本的に4年で入れ替えが行われる訳ですから、改選直後に行うことは大きな意義があると思います。

また少し違う観点として、すでにそのまちに議会基本条例があるということは、議員への立候補にあたって知っておくべき必須事項といえるのではないでしょうか。まだ制定されていないのであれば別ですが、議会基本条例が制定されているのであれば、そのことを知らないまま立候補することは少し理解しにくいものです。

議会基本条例のあるまちでは、議員立候補にあたって基本条例を学ぶことと、改選後の議会全体で基本条例を確認する作業を入れることを検討することは、そのまちの住民の方々にも議会にも重要なことだと思うところです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

文化の伝承

2014年04月15日 12時17分53秒 | Weblog
24回目となる大黒屋光太夫墓碑供養に出席しました。

写真右側がお墓になり、左側は慰霊碑ということになります。左側の慰霊碑は文化財指定を受け、昨年、砂岩でできている碑がこれ以上劣化しないようにと修復作業が行われているのですが、右側については、今年文化財指定の予定で、維持のための処理についてはもう少し状況を見て取り組むということでした。
現場には、大黒屋光太夫顕彰会の皆さんが多数参加され、また地域公民館でコーラス活動をしているサークルの方々が歌を歌うなど、たくさんの方々がみえていました。

参列して気になったことは、この場に集まっている皆さんがご高齢の方々が多いことで、このような活動を続けていくためにいろいろと課題があるということです。ひとつは継続していくために、現在ご活躍されている方々の次の世代、またその次の世代という世代間の連続性をどう作るかということです。若松小学校では地域学習の中に大黒屋光太夫が取り入れられたり、光太夫太鼓という形で地域に根差して子どもたちは触れているのですが、そこから次の段階にどうつなげるかが必要だと思います。
そう考えると、1992年に井上靖氏の原作で「おろしや国酔夢譚」が映画化された動きや、2007年に若松に大黒屋光大夫記念館が建設された動きなど、いま顕彰会でご活躍の皆さんにとって活動と成果がつながった時期があることが、今も熱心に取り組まれていることにつながっているのではないかと思います。ということは、なんらかの形で活動と成果がつながる体験をすることが、やはり必要になるのではないかと思います。
■おろしや国酔夢譚(ウィキペディアより)
■大黒屋光太夫記念館(鈴鹿市HPより)

もうひとつ、先に書いたこととつながることなのですが、資料などについては市として保護し蓄積しているとしても、それを活かす人たち、例えば語り部のような方々になるのですが、このような方々がいなくなると急激に地域文化の伝承が痩せてしまう恐れがあるということです。このような懸念に対して、どのように取り組むかは大きな課題ではないでしょうか。そのような意味では、語り部となる方々がご健在な今のうちに、その方々のお持ちの知識などを引き継ぐ人を育成する必要があるのではないかと思います。この部分についてボランティアではなく、やはり収入を得られる生業として成立するようなフレームを検討するべきと感じます。

あと考えていたことは、企画展示の際に学芸員さんの説明を入れながら1時間程度の動画を撮影し、それを映像データとして保存するといった取り組みもあるのではないかと思います。外部の人たちが取材することもよいでしょうが、地域でそのような映像資料を作成して保存することは、大きなコストがかかることでもないので、十分に検討できることだと思うところです。

今日の墓碑供養で感じたことをまとめました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする