先日、植物から得られるセルロースナノファイバーの研究がとりあげられている番組を視聴していました。その素材で作ったシートを透明にできないかということが取り上げられていた場面がありました。10年以上前に植物のリグニンを研究されている方からお話をお伺いしたことがあったなと思いつつ、そのシーンを見ていて思ったことは、理系の世界では実験を通じて新しい扉が開いていくことが大切な要素の一方で、文系の世界、政治の世界では試行や実験ということに対してハードルが高いなということです。
もちろん、理系にしろ文系にしろ新しいことに取り組むには相応のハードルがあり、必ずしも好意的に受け止められるとは限らず、逆に反感を持たれることもあることはどちらにも共通することだと思います。しかし、それを越えた先にあるものは、チャレンジを、実験をしなければ、自分で手にすることも目にすることもできないものだと思います。
もちろん、理系にしろ文系にしろ新しいことに取り組むには相応のハードルがあり、必ずしも好意的に受け止められるとは限らず、逆に反感を持たれることもあることはどちらにも共通することだと思います。しかし、それを越えた先にあるものは、チャレンジを、実験をしなければ、自分で手にすることも目にすることもできないものだと思います。