Creator's Blog,record of the Designer's thinking

毎月、おおよそドローイング&小説(上旬)、フィールド映像(中旬)、エッセイ(下旬)の3部構成で描き、撮り、書いてます。

Nikon Freak14. 年度代わりの頃

2016年04月01日 | Kyoto city
 今週は、翌日アップのブログを前日に書いている。つまり年度末の最後の日に、年度初めの1日のブログを書くというのは年度代わりの頃には少し書きにくい。
 年度が替わると事務職員も移動してゆく。今年は半分ぐらいが移動していった。 昨日は、移動する職員と継続業務の話やら餞別をいただいたりして年の変わり目を痛感していた。事務職員の移動という制度も随分不思議な制度だといつも思う。
 さて、一昨日は(話がややこしい)、時間つぶしで観光地の徘徊を余儀なくされたので、ブログにアップさせる通俗的な画像は少しストックできた。おや!、このレンズは、逆光で低彩度の少し綺麗な発色をする。例えていうならば、薄口醤油のようだとへたれなオッサンみたいな口調だ。京都の観光地は相変わらず人出が多く天気もボンヤリとしていて、私にはほとほと疲れる時間つぶしだった。
 それでもひとしきり通俗的な画像がストックできたので、ニコンDfをロッカーにしまい込んでしまった。というのも身長160cmの私には大きすぎて自由に振り回すのには力がいる。多分この機材は、身長170cm以上の人用ではなかろうかと勝手に推測している。もう少し小さい方がいいのだけどな。それにレンズ・ジレンマの泥縄にはまるのは卒業したいという気分もある。ただレンズの性能を引き出してくれる優れた機材ではある。色の設定が派手な方だから、アマチュア受けをねらってるのかな。
 最近思うに国内にはもう撮影したくなるような被写体がないように思われる。我国唯一の3000メートルの山々が連なるカール地形涸沢には何度も出かけたし、京都の街も随分徘徊した。そうなると涸沢と京都の街を両極とする線上に、その他の風景が散らばっているようでもあり、両極を堪能すれば、あとはええのとちゃうやろか。今の私が唯一ドキドキするのは水中ぐらいだ。
 21世紀に入って、活気のある市場とかアウトロー的な街といった風景がなくなり小綺麗になってしまった。そのかわりとても退屈な風景が茫漠と広がる環境なんだろう。そんな環境で、海外にでも出かけない限り被写体は少ないし、撮影機材はこれ以上はいらない。つまり狭い日本で大方の風景は撮り尽くされた。だからそんなにたくさん撮影機材が登場してどうすんだろうか。ならばもうiPhoneあたりで十分かな。今日はそんな厭世的な気分である。

京都市清水寺
NikonDf,CarlZeiss MacroPlaner 100mm/F2.0
ISO200,露出補正0,f8.1/200
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする