裁かるゝジャンヌ
ローレン・コナーズ + 灰野敬二
「理想的な沈黙」を凌ぐ音
カール・テオドア・ドライヤー監督は、自作『裁かるゝジャンヌ』(1928)がオーケストラや弁士なしで無音で上映されることを理想としていたといいます。しかし約70年後、「『政府』『教会』あるいは何と呼んでもいいが、人間たちの頭脳の間でやりとりされる中で起きる、神的原理の歪曲」(アントナン・アルトー)の犠牲者としてのジャンヌ・ダルクを描くこの傑作の極限的な表現の内奥を「聴こえる」ものにしようとするアーティストが出現。活動初期からすでに自身のレーベルを「St. Joan(聖ジャンヌ)」と名づけていた、前衛ブルース・ギタリストとも言うべきローレン・コナーズは、2001年に満を持して『裁かるゝジャンヌ』のサウンドトラックに取り組み、2012年には、デンマークで保存されていたオリジナルからデジタル処理を通して復元された最新版にコナーズの音楽を加えたBlu-Ray/DVDセットが発売されました。今回、パーキンソン病を患い長距離移動に危険が伴うコナーズを招聘することは敢えてせず、地元ブルックリンの実験的パフォーマンス・センターIssue Project Roomで、映画が上映される中で演奏してもらいます。そしてインターネットを用いて映像と音を送り出し、東京ではもう一人の真の前衛ブルース・ギタリスト、灰野敬二が映画とコナーズの音を迎え撃ちます。ブルックリン/東京間の同期にわずかな遅延が生じますが、2人は時差や遅延も含めて「演奏」してしまうことでしょう。
Photo: Hideto Maezawa
ローレン・マザケイン・コナーズは90年代に灰野敬二と共演アルバムを2作リリースした。数多い灰野のコラボレーション作品の中では、コナーズとの2作は何となく地味な印象がある。それは灰野がギターだけで歌わない為であり、ふたりともエフェクターを使わず生音で実直なプレイに徹している為でもあろう。改めて聴き返してみて、深いリバーヴに溶け込むような哀しみと人間らしいブルース感が溢れた味わい深い作品であることを確認した。最近も灰野がニューヨークヘ行く度にコナーズと共演しており、ふたりの間に親密な絆があることが判る。灰野の話で、ローレンが病に冒され長旅が出来ないことを耳にしていた。
Photo: Hideto Maezawa
今年のSound Live Tokyoの目玉として灰野とコナーズの20年来の共演ライヴが日本で実現することになったのは、インターネットという文明の利器による奇跡である。また、一週間前にWWWに出演したケイス・ブルームが80年代初期にコナーズとの共演で"幻"の作品を続々リリースした事実を思えば、SLTのブレのない企画力を証明する公演とも言えるだろう。
Photo: Hideto Maezawa
SLT公演も回を追う毎に話題となり、この日は開場が押したこともあり、多数の観客がWWWに列をなした。若いファンが目立ち、灰野の客層が確実に若返っていることを実感する。椅子席はあっという間に埋まり立見が多数出る大盛況。元映画館という利点を活かし、ステージ全面に大きなスクリーンが設置されている。薄暗いステージの奥に何やらテーブルの様な物が並んでいるようだ。
Photo: Hideto Maezawa
カール・テオドア・ドライヤー監督や『裁かるゝジャンヌ』という映画についての知識は殆ど無かった。無声映画に音楽を付ける試みは、爆音映画祭でヘア・スタイリスティクスがやるのを何度も観たし、2008年9月に横浜トリエンナーレでキャメロン・ジェイミー監督映画『JO』で灰野が伴奏するライヴも観たので、とりわけ興味を持った訳ではなかった。
Photo: Hideto Maezawa
予定開演時間を30分余り過ぎてステージ上手に灰野が登場し、椅子に座ってギターを構える。ほどなくして下手に設置されたモニターにローレン・コナーズが現れる。スクリーンが明るくなり、ギターの弦を擦る音が深いリバーヴの中に気配のように流れ出す。ふと見ると、ステージ奥に並んでいるのはテーブルではなく、10台のツインリバーヴ(ギターアンプ)だった。どんな爆音演奏を企んでいるのか、と思ったが、比較的起伏が少ないドローン的な演奏が続く。コナーズの演奏もフレーズを弾くのではなく、一音一音を引き延ばし、時間を弛緩させるような「気配」のプレイ。10台のアンプはヴォリュームを絞りリバーヴ効果を最大限に得る為に使用されたのであろう。
Photo: Hideto Maezawa
演奏以上に強烈なのは、ドライヤー監督の描く、必要以上にクローズアップされたジャンヌをはじめとする登場人物の、過剰な誇張された表情の神通力だった。ストーリーの不条理さもさることながら、言葉以上に多くを語るジャンヌの見開かれた瞳に魅入られて、息をするのも苦しい程。そして灰野とコナーズのプレイが、時折見事に映画とシンクロして荒れ狂い且つ鎮静する。最後のパートで灰野はギターを置いて天使のファルセットヴォイスを聴かせ、燃えて灰になったジャンヌの魂と共に天高く舞い上がった。視覚と聴覚が翻弄され、ジャンヌの感情の渦に巻き込まれる侭の90分だった。
Photo: Hideto Maezawa
あまりにキリスト教的な世界観を灰野がどのように捉えらているのか最初は気になったが、完全に映画の世界を消化し切った演奏を聴くうちに、ドライヤー監督の透徹した宗教観こそ、灰野が認める真のキリスト者の在り方に違いないと確信するに至った。実際にドライヤーは灰野が最も好きな映画監督であり、特に最後の作品『ゲアトルーズ(ガートルード)』は絶対に観るべきだと力説していた。
Photo: Hideto Maezawa
灰野が演奏を終えステージを去ってもモニターの中で暫く放心したように椅子に座ったままだったローレン・コナーズは、実際は早朝5時半に誰もいないニューヨークのスタジオで、たった独りでギターを弾いていた、という事実を後になって知った。東京では灰野が満員のホールで演奏し、絶賛の拍手に見送られたと言うのに、少数の映像スタッフの他は誰も立ち会うことなく座っていたコナーズの孤独に想いを馳せるにつけ、奇跡というものが如何に残酷なものかと、つくづく沈思するのみである。
言葉なく
目は口以上に
物を言い
<SOUND LIVE TOKYO ライヴ・スケジュール>
⇒SLT公式サイト
12月2日 (火),3日 (水),4日 (木) 六本木SuperDeluxe
東京都初耳区 (サウンド・インスタレーション)
12月27日 (土), 28日 (日) 六本木SuperDeluxe
Antigone Dead People/Small Wooden Shoe + dracom
<灰野敬二 ライヴ・スケジュール>
⇒灰野敬二 公式サイト
11月21日(金)秋葉原CLUB GOODMAN
【静寂の果てに】
アンビエント・ナイト
灰野敬二・ナスノミツル・一楽儀光
開場19:00
開演19:30
前売2.800円当日3.300円
11月22日(土)国立地球屋
『 灰野敬二 + 川口雅巳 デュオ 』
※灰野敬二が英語でカバー曲を中心に歌います。
SEXSENSE
open/start 18:30/19:00
charge 1500yen+1drink
11月24日(月・祝)六本木Super Deluxe
灰野+石橋 / PHEW+O'ROURKE
開場 19:00 / 開演 19:30
料金 予約3000円 / 当日3500円 (ドリンク別)
出演:
灰野敬二 + 石橋英子 デュオ
PHEW + ジム・オルーク デュオ
11月30日(日)代官山SALOON
-The Greatest Hits of The MUSIC- release party
lineup
灰野敬二 (experimental mixture)
Kyoka (raster-noton)
Ryo Murakami (Depth of Decay)
Akey
maki (Helix)
mu h (moph records)
OPEN : 17:00 CLOSE 23:00
3,000yen / W/F 2,500yen
12月1日(月)渋谷Tsutaya O-nest
RICHARD PINHAS / 灰野敬二 / MERZBOW / 吉田達也
open 19:00 start 19:30
adv \3500 door \4000 (+drink order)
12月6日(土)下北沢LADYJANE
おッ、午年最後の満月だ
灰野敬二 (g, etc)
太田惠資 (vln, voice)
charge:\3,200
(予約\2,700)
+ Drink Fee
12月21日(日)新宿PIT INN
故副島輝人さんを偲ぶ会(仮称)
開場19:00
開演19:30
¥3,500+税
【MEMBERS】
梅津和時、佐藤允彦、不破大輔、大友良英:発起人 雨宮拓、山崎比呂志、近藤直司、松本健一、大沼志朗、今井和雄、さがゆき、森 順二、のなか悟空、黒田京子、太田恵資、芳垣安洋、鬼怒無月、翠川敬基、山下洋輔、ほか
12月24日(水)秋葉原CLUB GOODMAN
「ブラック・クリスマス・イブ」
【出演】
ドラびでお
灰野敬二
若林美保
東野祥子
REMO
開場 19:00/開演 19:30
前売¥2400/当日¥2800(+1drink)