パンク/ニューウェイヴ時代には数多くのガールズバンドや女性メインのバンドが生まれた。筆者がライヴハウスに通い出した79年にはボーイズ・ボーイズやゼルダ、水玉消防団など全員女性のバンドが活動していた。高校の外でバンドをやりたくて雑誌『ZOO』のメンバー募集で連絡を取ったのは同い年の女性ベーシストだった。初対面のとき彼女に「リチャード・ヘルに似ている」と言われ気を良くして、一緒に荻窪ロフトや渋谷屋根裏へライヴを観に行ったり、他のメンバーを見つけて三田のOUR HOUSEで何度かリハーサルをしたが、高3になり受験勉強が忙しくなって自然消滅した。ロビン・ザンダーが好きなロック少女でそこそこ美人だったと記憶しているが、手をつなぐこともなかった(遠い目)。
それはともかく、当時を思い返すと女子がバンドをやることに筆者は何の違和感も感じていなかったが、それは単に世間知らずだったからかもしれない。日本公開されたドキュメンタリー映画『ザ・スリッツ:ヒア・トゥ・ビー・ハード』に描かれた、70年代後半のイギリスで生まれた女性パンク・バンドを取り巻く環境は、相当シニカルで偏見に満ちたものだった。イギリス社会が日本以上に保守的なのかもしれないが、セックス・ピストルズやクラッシュなどのパンク・ロッカーですら、女性が好きな格好をしたり自由に発言することに拒否反応を示したという。男尊女卑が染み付いていたのだろう。パンク革命のまっただ中でDIY精神に目覚めた女子たちが、同時に英国に住むジャマイカ移民が人種差別に抵抗して歌ったレゲエやダブにも影響され、デニス・ボーヴェルのプロデュースにより制作した1stアルバム『カット』は、泥まみれのヌード写真のジャケットで英国社会に衝撃を与えた。2年遅れで日本盤がリリースされたが、スコーピオンズの『ヴァージン・キラー』のジャケットに比べれば、スリッツの土俗的なジャケットは然程ショッキングな事件ではなかった。ここにも日英の社会規範風土の違いがあるように思われる。
The Slits - Typical Girls
当時リアルタイムでこのアルバムを聴いたかどうか覚えていない。と言うよりリアルタイムで日本で出なかった『カット』より先に、ラフトレードから出たザ・ポップ・グループとのカップリング・シングル『In The Beginning There Was Rhythm(はじめにリズムありき)』を聴いて、ポップ・グループの女性版アヴァンギャルドロックのイメージが出来てしまった。だから80年にリリースされた味も素っ気もないジャケットの『オフィシャル・ブートレッグ』の録音状態も演奏テクニックも支離滅裂なサウンドをスリッツの本質だと誤解したまま時を過ごしてしまったのが真相である。(そう言う人は少なくないのでは?)
The Slits "In The Beginning There Was Rhythm"
2005年の再結成も特に関心を払うことなくスルーしていたが、クイーンの映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観てからロックバンドの伝記映画を観たいという欲求が高まり『ザ・スリッツ:ヒア・トゥ・ビー・ハード』を公開と同時に観に行った。元メンバーや関連ミュージシャン/プロデューサー/ジャーナリスト等のインタビューと写真と映像による完全ドキュメンタリーだが、テンポのいい波乱万丈のストーリー展開と、語り部の元メンバーたちの好感の持てる自然な語り口、効果的に挿入される音楽と映像によって、スリッツを知らない人でも飽きることなく楽しめることは保証する。ヴォーカリストであり、ザ・スリッツだけじゃなく自立する女性パンクスのシンボルでもあるアリ・アップが2010年に48歳で病死したことを考えると、クイーンのフレディ・マーキュリー物語に通じる部分もある。
女性として、人間として音楽/言動/ファッションを通して封建的な社会に挑戦したスリッツの活動は、時代と社会に切れ目(スリット)を入れて、人々の意識を解放する強制手術だったと言えるだろう。80年代に入ると物質主義・安定志向の波に押されて「自分自身のままであれ」という彼女たちのスタイルは時代遅れと決めつけられたが、それから30余年が過ぎた今、性別や国籍や人種や職業に関係なく自分自身でいられることが、人間の尊厳にかかわる重要性を持つようになった。もちろんそれが保証されているとは限らない。だから今でもスリッツが必要なのである。
"Here to be Heard: The Story of The Slits" Official Trailer 2017
⇒『ザ・スリッツ:ヒア・トゥ・ビー・ハード』公式サイト
切れ目から
覗いているよ
アリアップ
ところでボーイズ・ボーイズやゼルダや水玉消防団は何に影響されてバンドを始めたのだろうか。オール・ガールズ・ロック・バンドと言えばランナウェイズだが、音楽性を考えるとスリッツやレインコーツなのだろうか。古いインタビュー記事を掘ってみるとしよう。