日本のアンダーグラウンド・ミュージックをメインに、シルクスクリーン印刷の美麗ジャケットにポストカードやフライヤー等のインサートを封入した豪華レコード盤のリリースで定評のあるフランスの An'archivesレーベルから、日本の現行サイケデリック・ミュージックの注目作2作が登場した。日本でも知る人ぞ知る地下音楽の現在進行形を、数量限定とはいえ制作者の愛に満ちた芸術作品として世界中の愛好家に届る努力は、サブスク中心の流通業界へのアンチテーゼというよりは「良心」「真心」と呼ぶべきだろう。勿論音楽自体も音楽家の良心と真心がたっぷり込められているからこそ成り立つ、音楽愛好家に最高の歓びを与えてくれるプレゼントなのである。
An'archives公式サイト
●川口雅巳 Masami Kawaguchi / Self Portrait (An'archives – [An'23])
A1 Blindfold Blues
A2 Awake
A3 Song For Golden Hair
A4 Visions Of Marianne
B1 Nothing
B2 Tea
B3 Drinking With Mr. K
B4 On The Rooftop
90年代からブルームダスターズ、みみのこと、LSD March、哀秘謡などのバンドに参加し、現在は川口雅巳ニューロックシンジケイトを中心にソロやセッションで精力的に活動する川口雅巳が2018~2020年にかけて制作したソロ・アルバム。ニューロックシンジケイトやブルームダスターズのメンバーをサポートに迎え、自宅や近所のスタジオでじっくりレコーディングされた。バンドではサイケデリックなギターを中心としたガレージロックの印象が強いが、このソロ作は『自画像』というタイトル通り、ブルースやフォークをルーツとしたプライベートな面を強調したアルバムになっている。シド・バレットを思わせるアコースティック・ブルース「Blindfold Blues」、キャプテン・ビーフハート風のアシッド・ジャム「Awake」、MOOGを取り入れたサイケポップ「Song For Golden Hair」は初期ピンク・フロイドとブルー・チアーが合体したような曲。1955年の映画『わが青春のマリアンヌ』にインスパイアされたという「Visions Of Marianne」はリズム・ボックスを使った多重録音のローファイ・フォーク。ブルームダスターズのメンバーを迎えた「Nothing」は川口が19歳の頃作曲したナンバー。同じメンバーによる「Tea」は、チューバ風のベースラインの牧歌的な曲だが、後半サージェント・ペパーズを思わせるストリングスがシュールな世界へ導く。「Drinking With Mr. K」は故・金子寿徳(光束夜)と毎晩飲み歩いた思い出を歌う。狂ったギター・ソロは金子へのオマージュか。ラストナンバー「On The Rooftop」は、ローリング・ストーンズの「As Tears Go By(涙あふれて)」へのアンサー・ソングで、自室の窓の外の屋根の上で遊ぶ猫を見ながら作ったという。アルバム中最も内省的な宝石のような曲でアルバムは幕を閉じる。
川口の個性はサイケデリックなギター・プレイにもあるが、このアルバムを聴いて感じるのはヴォーカリストとしてのユニークさである。サイケやブルースにありがちな熱唱・絶唱とも、アシッドフォークの囁きとも異なる。艶がありよく伸びる歌声だが、何となく演奏の斜め上を行くようなヴォーカルは、声質は異なるがスコット・ウォーカーの朗々とした、しかし耐え難い孤独感を湛えたテノールに近いものを感じる。川口が孤独だ、と言う訳ではないが、唯一無二のヴォーカルスタイルは、どんな相手と共演しても「個・孤」として屹立するに違いない。自我が強そうな、それでいてどこか寂しげなジャケットのモノクロームのポートレートに、ひとりの独創的な音楽家の本音が伺える私小説ならぬ「私音楽」である。
●うすらび Usurabi / 灯の名残り Remains Of The Light (An'archives – [An'22])
A1 ラジアルループ = Radial Loop
A2 ブルネラ = Brunnera
A3 声が = Until Your Voice Disappears
B1 秋の雨 = Autumn Rain
B2 ずっとそう = Always
B3 星座 = Constellation
Doodlesやあみのめといったフィメール・バンドで活動してきた利光暁子(vo, g, org, acco)と川口雅巳(g, b)、ブルームダスターズ、魔術の庭、宇宙エンジンなどに参加する諸橋茂樹(ds)によるトリオ、うすらびのデビュー・アルバム。利光(当時は寺島姓)と川口は、90年代後半からDoodelsとブルームダスターズで共演しており、2001年には川口のレーベルPurifivaからDoodlesのCD-R『Disc One』をリリースしている。また、2017年にはAn'archivesレーベルの情趣演歌シリーズ10インチLPでA・B面を分け合った。「うすらび」とは弱い陽の光(薄ら陽)の意味であり、夜と朝の間のほんの僅かな時間現れる薄暮の光と希薄な空気を纏った音楽を志向する。全曲利光の作曲で、繊細な抒情を描いた詩とやわらかいメロディ、存在の儚さを悲観しながらも生きる意志を感じさせる歌声、行方知らずに発せられるギターやアコーディオンやオルガン、寄り添いながら別の世界への出口へと導くベースとドラム、それらが走馬灯のようにグルグル回り、聴き手の心をうすらびの世界へ世界へ解き放つ。歌の印象でいうと、川口の個性の塊のような歌に比べて、空気のように軽い利光の歌声は、誰の心の中にでも抵抗なく忍び込む親和性を持っている。その意味で言えば地下音楽やサイケデリック・ミュージックに留まらず、違った文脈で多くの人々に聴かれる可能性を持っていると言えよう。
意識したわけではなかろうが、アルバム・タイトルが、映画『アメリカン・ユートピア』で話題のデヴィッド・バーンのトーキング・ヘッズ時代の代表作『リメイン・イン・ライト(Remain in Light)』(1980)を思わせる。ニューウェイヴにアフロビート、ファンク、アヴァンポップなど多様な音楽性を取り入れたトーキング・ヘッズが「光の中にとどまる」と宣ったのに対して、無駄な要素をすべて排して、利光暁子から生まれる世界だけにフォーカスしたうすらびが「光の残りもの」と表明したことは、マキシマムからミニマムへと至る芸術表現のオルタナティヴな在り方を証明しているようで興味深い。
「川口雅巳&うすらびレコ発ライブ」 6/27 sun. ON AIR
地下だけじゃ
満足できない
表現欲求