6月14日、「夢・あいホール」にて第151回YMS(ヨコハマ・マネージャーズ・セミナー)を開催しました。今回の講師は、おさかなコーディネータのながさき一生様。昨年秋に放送されたドラマ「ファーストペンギン!」の監修ほか、水産業の活性化、魚文化の普及にご活躍されています。実はながさきさんは、YMS黎明期の第3回(2010年12月)にもご参加いただいており、今回は久しぶりの再会となりました。
そのながさきさんは、今年4月、『魚ビジネス 食べるのが好きな人から専門家まで楽しく読める本』という書籍を出版されており、早くも第3版を数えているそうです。今回は同書に沿いつつ、「『魚ビジネス』魚の教養を身につけて世界でも一目置かれる経営者になろう」と題し、YMSのためにアレンジされた内容でお話しいただきました。
私たち日本人にとって有史以来大変身近な魚食文化。世界的な健康志向の高まりを受け、2013年に和食がユネスコの無形文化遺産に登録されると共に、魚食文化が大変注目を集めています。ながさきさん曰く、「今や魚についての知識は、フランス人にとってのワインと同様、魚食文化の発信源である日本人が身に着けるべき教養である」と。しかし、初歩的な魚の区別すら曖昧というのが実際のところで、とても外国の方に魚食文化を語れる水準にありません。ということで、今回短い時間ですが、しっかりと勉強させていただきました。
1.サバ缶の教養~100円のサバ缶と3000円のサバ缶は何が違う?
早速ですが、ブームの中で今や魚の缶詰のトップに躍り出た「サバ缶」の食べ比べ「利きサバ」を行いました。試食したのは価格差5倍の水煮缶詰。どちらも原料はサバと食塩のみです。個人的には匂い、食感(但し、食感はたまたま当たった部位によって異なります)、塩味に差があるように感じました。確率1/2なので正解しましたが、安い方のサバ缶も十分に美味しかったです。
日本の食卓に上がるサバには、マサバ ゴマサバ タイセイヨウサバ(ノルウェーサバ)の三種類があります。では、この価格差は何処にあったのかというと、原料であるサバ。安い方は外国産で、高い方は石巻の金華サバで、現地で加工されたものでした。
サバの缶詰は元々安いサバに付加価値をつける目的で作られていましたが、2013年に美容、健康に良いという報道からブームが起こり消費層が拡大、2016年にはツナ缶を抜き、魚の缶詰の生産量トップに躍り出ました。また2020年からは新型コロナによる巣ごもり需要で消費が拡大しましたが、昨年の記録的な不漁で生産量はやや落ちています。
2.マグロの教養~「大間まぐろ」と「近大マグロ」は何がすごい?
続いてマグロについて。一口にマグロと言っても、クロマグロ(本マグロ)、ミナミマグロ(インドマグロ)、メバチマグロ、キハダマグロ、ビンチョウマグロ(注)、コシナガマグロなど様々な種類があります。ここで取り上げる大間まぐろと近大マグロはクロマグロです。
注:胸鰭が長いので「びんちょう(鬢長)」というらしいです。英語の“fin”が訛ったのかと思っていましたが、「ひげ」なんですね。
青森県下北郡大間のブランドマグロとして名高い「大間まぐろ」。大間のまぐろが美味しい理由は、流れの速い津軽海峡が漁場であること、まぐろを傷つけたり消耗させたりしない一本釣り、または延縄漁であること、そして水揚げしてすぐに市場に送られる流通の早さが挙げられます。意外とこの流通の早さが魚の品質の決め手になるそうです。
一方の「近大マグロ」は何が凄いか?何よりも苦節30年、2002年、世界で初めて完全養殖に成功したことです。まず、天然の魚を生簀に入れて育てることを「畜養」と言います。これに対し、卵から孵化させた稚魚を生簀で育てることを「養殖」と言います。「完全養殖」とは、養殖で大きくした魚に卵を産ませ、孵化した稚魚をさらに養殖することです。
マグロの完全養殖が難しかったのは、ご存知の通りマグロが極めて広範囲を泳ぐ回遊魚で、その生態に不明な部分が多かったためです。しかし近畿大学は試行錯誤の末、稚魚の飼い方にポイントがあることを突き止めました。完全養殖の意義は何といっても水産資源を減らさずに済むことです。
なお、天然マグロと養殖マグロどちらが良いかについては、季節、嗜好、調理法などにより異なるため、一概に言えません。
3.鮮度保持の教養~誤解だらけ!?「生魚」と「冷凍魚」はどちらが良い?
三番目は魚の「鮮度」について。鮮度とは新鮮さの度合いのことですが、客観的に判断する基準として、「K値」と呼ばれる指標があるそうです。K値の試験方法は2022年に農林水産省がJAS規格で制定しています。簡単に言うと、魚の筋肉に含まれるATP(アデノシン三リン酸)が、魚の死後うまみ成分であるイノシン酸、さらには苦み成分であるイノシン、ヒポキサンチンに分解されていきます。K値はこのイノシン、ヒポキサンチンの割合のことで、値が低い程鮮度が良いということになります。
魚の鮮度を保つ方法として、締める、冷凍するといった方法が知られています。
① 氷締め…氷水に入れて凍死させる
② 脳締め…脳を刺すなどして即死させる
③ 血抜き…血をできる限り抜く(腐敗の進行を遅らせ、臭みを防ぐ)
④ 神経締め…魚の中骨上部に沿って走っている神経束を抜く(体の細胞に死んだという情報を伝えず、うま味成分が残る)
なお、以前このブログでご紹介した、屋久島の「首折れサバ」は一本釣りしたゴマサバを船上で首を折り血抜きをした後、氷水で冷やしたものです。
冷凍は、船上あるいは水揚げ後直ちに冷凍することで時間の進行を止め、鮮度を保ちます。水分子が結晶化することで細胞壁を破壊し、解凍した際、細胞液が漏れ出るドリップという現象が起こる場合があります。これを防ぐため、急速冷凍を行います。水は0度~ー5℃で膨張するので、細胞壁を壊さないようにするためにはこの温度帯の時間を短くする必要があります。そこで超低温で一気に凍らせてしまうのです。急速冷凍の方法としてCAS(過冷却(注)を利用して一気に凍らせる)、3D冷凍(高湿度で均一に冷却することで、水分を保持したまま急速冷凍する)などがあります。なおご家庭で冷凍魚のドリップを防ぐには魚を袋に入れ、氷水に漬けて解凍するのが良いそうです。
注:凝固点より温度が低くても固体に変化しない現象のこと。この過冷却状態で衝撃を与えると、急速に液体が凝固して固体になる。下の写真は僕が昨年2度成功した、過冷却によるビールの「みぞれ酒」。
生魚と冷凍魚どちらが良いかについても、冷凍の仕方や熟成させた方が美味しい調理法もあるなど、場合によります。
4.お買い物の教養~漁港で海鮮丼は食べない方が良い?
結論から言うと、その漁港で揚がる魚を選びましょうということです。これは経験的にも良く分かりますね。漁港の売りは何といっても鮮度であり、漁港ごとに揚がる魚も異なります。漁港の魚売り場へ行けば山地が表示されているので、そこでこの漁港ではどんな魚が揚がるか確認できます。
逆に魚市場の売りは、世界各地から魚が集まる種類の豊富さ。小売店は手軽さだと言えるでしょう。最近、いわゆる魚屋さんは少なくなりましたが、素人である私たちが魚の目利きを目指すより、良い魚屋を見つける方が良いということです。良い魚屋を見分ける手掛かりとして、対面販売であること、店員が多いことが挙げられます。
5.最新の教養~ゲノム編集とは?細胞水産業とは?
初めに培養サーモンの写真を見て、そんなものがあるのかとビックリ!魚の可食部の生きた細胞を培養して増やすのだそうです。一方、ゲノム編集というのは、しばしば異なる種の遺伝子を組み合わせる「遺伝子組み換え」と混同されますが、狙った遺伝子の塩基配列を変化させる(編集する)技術です。魚では京大、近大などの研究で真鯛が先行しており、成長を抑制する遺伝子の機能を欠損させ筋肉量を増やした真鯛の写真を見ました。すでにネットで購入できるのだとか。遺伝子組み換えは自然界では起こり得ませんが、ゲノム編集は遺伝子異常など自然界でも起こり得ることを人工的に操作したものです。
6.水産資源の教養~バイアスの極み「魚が食べられなくなる」は本当か?
最後に、水産資源の減少で「魚が将来食べられなくなる」というのは本当か?という話です。水産資源の変動は、海洋環境の変化、漁獲の影響、人間による環境の変化など様々な要因が複雑に絡み合って起こります。メディアの報道には偏ったものや媒体によって矛盾しているものも多く、適切に管理すれば大丈夫とのことです。水産資源管理の基本には、
① インプット・コントロール…網を入れる回数を制限する
② テクニカル・コントロール…網目の大きさや漁獲能力を制限する
③ アウトプット・コントロール…漁獲量を制限する
の三種類があり、日本は①②、欧米は③が主体だそうです。
知らないことばかりであっという間の90分でしたが、より詳しくお知りになりたい方は、冒頭に挙げたながさきさんのご著書をぜひどうぞ。
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした
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