本坊(写真左)。本坊とは、住職の住む僧坊のことです。写真右は、南禅寺第八代管長、嶋田菊僊による「瑞龍」の書。「瑞龍」とは南禅寺の山号です。
予約すれば「滝の間」で清涼の滝を眺めながら抹茶を頂くことができるそうです。
本坊の左側には方丈へと続く唐破風の大玄関があります。
国宝でもある方丈。1611年(慶長16年)に内裏の清涼殿を移築して再建されたものと伝えられています。残念ながら撮影不可でしたが、内部は再現された狩野派による豪華な襖絵で彩られていました。方丈庭園は小堀遠州の作とされ、江戸時代初期の代表的な枯山水庭園です。
寒山拾得(かんざんじっとく)像。「寒山」も「拾得」も唐代の僧の名前です。奇行で知られ、中国の臨済宗の寺、寒山寺に伝わる二人の伝承を元に絵画などの題材に使われることが多いそうです。左側の絵巻物を開いているのが寒山、右側が拾得です。
方丈の奥は小方丈となっており、こちらは伏見城からの移築と伝えられています。小方丈には昭和40年代に作庭された庭園が数多くあります。上の写真は如心庭。解脱した心を表す庭で、「心」の字形に石を配置しています。
1967年(昭和42年)作庭の六道(りくどう)庭。六道輪廻の戒めの庭です。六道とは「
六道珍皇寺」でも述べたとおり、仏教で衆生(しゅうじょう:生きとし生けるもの)が死後に赴くとされる6つの世界「地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上界」のことです。
蓬莱神仙庭。蓬莱は仙人が住むとされる霊山のことです。南禅寺の地も古くから神仙佳境の地とされてきたそうですが、それはここが「脱殺穴」の穴であることと関係があるのかもしれません。
鳴滝庭。
華厳の庭。南禅寺垣と呼ばれる竹垣で有名です。
『
風水パワースポット紀行』で著者が特に良いと述べていた龍吟庭。
茶席、不識庵(写真左)と窮心亭(写真右)。不識庵は1954年(昭和29年)、亀山法皇の650年御忌の際、茶道宗�衆流八世宗有宗匠から寄進されたもの。窮心亭は1968年(昭和43年)に宗�衆流一門から寄進されたものです。
「不識」とは、その昔、達磨大師が梁の武帝(在位502年~549年)と対面した際、「私の前にいるのは誰か」と問われ「識らず」と応えたという故事に因むものです。即ち、真の自分を言葉で説明しつくすことはできず、真の自分を知るためには心を窮めていかなければならないという、いかにも禅らしい話です。
還源庭。
<つづく>
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした
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