11月10日、
mass×mass関内フューチャーセンターにて、第131回YMS(
ヨコハマ・マネージャーズ・セミナー)を開催しました。
今回の講師は、YMS最多登壇(8回目)のお馴染み野原秀樹先生。インプロ(即興劇)を得意とされる野原先生の講座では、毎回歌ったり、踊ったり、芝居をしたりの連続(オンラインセミナーでさえ、「謎解き」でした)だったのですが、今回は何と「踊らない」セミナーです。
<過去の野原先生によるYMS>
第33回(2013年4月):「
ドラマチックコミュニケーション~今、求められるコミュニケーションスキルとは?~」
第44回(2014年3月):「
『ドラマチックコミュニケーション』で非言語スキルアップ!!」
第55回(2015年2月):「
コミュニケーションを楽しもう!!エンジョイカード『ワイワイ』で話し上手・聞き上手」
第66回(2016年1月):「
インプロ(即興)で会話力を磨け!! 体感『ドラマチック・コミュニケーション』」
第77回(2016年11月):「
『インプロ』で楽しい時間を過ごしませんか?感度を磨いて創造しましょう!」
第99回(2018年9月):「
成果を創造するファシリテーションスキル」
第118回(2020年7月):「
オンラインでチームビルディング『謎解き』ワークを楽しもう!!」
テーマは「企業文化として根付かせたい『利他の精神』」、野原先生が展開する「利他メソッド」の概要と、今回新たな試みとして、利他メソッドを実践されている大阪の企業人の皆様とオンラインでつなぎ、生の体験談をうかがいました。平日のご多忙の中、ご参加いただいた大阪の皆様にこの場を借りて御礼申し上げます。
さて、さっそく野原先生より問いかけです。「利他の精神」と聞いてどのような印象を持ちましたか?
<会場の参加者より>
●最近よく聞く言葉。
●渋沢栄一の『論語と算盤』が注目されたように、古くて新しい言葉という印象。
●精神世界、宗教的イメージがある。
●日本には古くから「三方よし」の精神がある、多くの企業人が共有している精神ではないか?
なぜ野原先生が企業に「利他の精神」を根付かせたいと考えているかと言うと、これからの時代は「人財」が企業価値を高めると考えられており、その人財づくりのために利他の精神が欠かせないためです。
「人財」への注目は実際に近年の潮流としてあり、例えば財務情報だけでなく、環境・社会・ガバナンスなども考慮したESG投資が拡大する中、「人的資本経営」が注目されるようになっています。人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方のことを言い、企業に人的資本の情報開示を求めるガイドラインとして、2018年に国際標準化機構より「ISO30414」が設けられています。アメリカの証券取引委員会は2020年8月に、上場企業に対し開示を義務化しました。
また、経済産業省は2020年9月に、「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書」(いわゆる人材版伊藤レポート)を発表しています。同報告書は、①経営戦略と人材戦略の連動、②As-is To-beギャップの定量把握、③企業文化への定着の3つの視点と、①動的な人材ポートフォリオ、②知・経験のダイバーシティ&インクルージョン、③リスキル・学び直し、④従業員エンゲージメント、⑤時間や場所にとらわれない働き方の5つの要素から構成されています。野原先生は、④従業員エンゲージメントが、「利他の精神」を企業文化として定着させることと密接にかかわると考えています。
では、その「利他」とは何か?辞書的な定義ではなく、野原先生が企業での実践の中で導き出したのは、
「他のために」を念頭に置き、「自分という枠を取り払い」、「自律的に」行動し、感謝と喜びを実感している状態
簡単に言えば、①他のために何かしたいと思う心であり、②役に立てて有り難い、嬉しいと思う心であり、③他の喜びを自らの喜びとする心のことです。この「利他の精神」が土台にあって、近年注目されている心理的安全性の醸成や、エンゲージメントの向上、ウェルビーングが可能となり、結果として生産性の向上へとつながります。
「利他の精神」を企業に文化として定着させていくための方法論が「
利他メソッド」であり、何よりも①経営者の想いを言語化し伝えることから始まり、②経営層と想いを共有し、③より良い人間関係を構築していくというステップを踏みます。
さて、このステップについて、「利他メソッド」を実践されている大阪の中小企業(製造業)のA社長に聞いてみました。
「人間の本質として、誰かのために何かをした時、必ず何かの形(感謝)でかえってくる。自分が相手に対して行動を起こしたことが報われる。このやり取りを繰り返すことで信頼関係が築かれ、距離が縮まる。そして人が自主的に動き出し、経営実績が向上する。
当社には『唯一無二』という価値観がある。会社も個人も唯一無二であろうということである。それは何かをして、相手に想いが通じて初めて可能になるもの。したがって、そのベースになるものが『利他』だと考えている。利他の精神を根付かせようと取り組み始めた当初、『管理者とは何か?』を問うてもありきたりの答えしか返ってこなかった。そこで管理者の役割を『社員の幸せを考えること』と定義し、ベクトルを合わせていった。その結果会社が劇的に変わり、笑顔があふれる企業風土になった」
つづいて、大手生命保険会社のB支社長のお話しです。
「自分は11店舗、400人の女性営業職員を統括している。支社長の在籍年数が2年~3年という職場にあって、社員との距離を縮める方法はないか?と考え、これまでのべ1,000人の職員にバースデーカードを送り続けている。女性職員は彼ら同士でもらったカードを見せ合う。そんな時、決まり文句を書いていては気持ちが通じない。そこで、1年目は、一人一人のこれまでの行動からカスタマイズされたメッセージを送る。2年目は目標達成状況を踏まえたメッセージを送る。この効果を数値化するのは難しいかもしれないが、職員はずっとカードを持っていてくれたり、お礼の電話をくれたりする」
そこで、同社の女性職員Cさんに、実際どう感じたのかを聞いてみました。
「自分はその400人のうちの一人。他の支社長もバースデーカードをくれる。しかし、定型文だったり、直近の仕事の話だったりすることがほとんど。しかしB支社長はこれまでの実績を見てくれる。さらに、新人を含め全員にくれる。野原先生の研修を通じ、B支社長のお話をうかがい、心の底にある思いがさらに理解できるようになった」
YMSの参加者にも聞いてみました、Dさん。
「今はコンピュータを相手にする仕事だが、かつては50名程度の女性の中で男性一人という職場で働いていたことがある。なじむためにクッキーを焼いて持って行ったことで、ちょっとしたことで人間関係が大きく変わるという経験をしたのを思い出した。彼らとは今でも付き合いが続いている」
再びA社長です。
「自分の会社に入った時、20年以上赤字が続いていた事業部があった。そこは雰囲気が悪く、縦割りの色が濃かった。そんな事業部のメンバーが、野原先生の研修でインプロをこなすことにより、一人一人自分の殻を破り、お互いの距離が近づくようになった。何より、一つの目標に合わせて力を合わせることを覚えた。つまり、それまで人のせいにし合っていた製造、資材、開発、営業が、自発的にお互いの問題を解決しあうようになったのである。この事業部の先月の利益率は20%を超える。職場の雰囲気が明るい。社員が幸せそうであることが嬉しい」
YMS参加者Eさん。
「銀行に勤めていた頃、15名ほどの部下と一人一人昼食をとっていた。特に成績の悪い部下ほど密に接するよう心掛けた。こうした試みは社員のモチベーションを上げると思う」
YMS参加者Fさん。
「自分は社長だが、まだまだ好き嫌いが出てしまう。業界自体が伝統的に上から目線の高圧的な風土。自分の会社も先代まではそうだった。それを自分なりに変えてきたが、今日の話で納得することが多かった。意識改革のためもっとやれることがあるのではないかと思っている」
YMS参加者Gさん。
「自分は臨床心理士として、経営者に関わる立場。確かに業績の上がっていない企業は、文化として信頼関係が築けていない。しかし、企業文化は長年築かれてきたものなので、社員の認知として定着してしまっているところに変える難しさを感じる。それでも取り組んでいかなければならないと感じている」
マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授は、「結果の質」を高めるためにはまず「関係の質」を高めよという「組織の成功循環モデル」を提唱しました。その際にカギとなるのはやはり、上記3つのステップの内最初の2つが経営者に関するものであったように、「経営者」だということができます。
では3つのステップの最後、「より良い人間関係を作る」のに大切なことは何でしょうか?様々な意見があると思いますが、野原先生は「自己開示」であると言います。この自己開示には、自分の自己開示と相手から自己開示してもらうことの両方が含まれます。また、挨拶、共感を示す、相手に何かを依頼するといった、「自分の感情や願望を相手に伝える行為」はすべて自己開示に含まれます。相手からの自己開示も含まれるということは、この自己開示は相手の自己開示を「受け止める姿勢」とセットということになります。野原先生の言う広い意味での「自己開示」が「相互理解」につながり、「相互理解」は「コミュニケーションを活発化」し、「自発的協力行動」が生まれ、さらに「相互理解」を深める好循環を生み出します。
この点について、さきほどのB支社長に聞いてみました。
「自律と協働まで行けていれば理想的だが、心理的安全性までは(自分たちの職場は)行っていると思う。特にコロナ禍で顔と名前が一致しないという特殊な状況の中、バースデーカードは「人となり」を伝える媒体となっている。今は集まることが難しいが、前任地では飲み会の席でカードの話題が出ることもあった。
コロナ禍で毎日朝礼ができなくなったため、毎月5分ミニ動画を作成し、発信するようにしている。例えば、『頑張らなあかん』というときは法被を着たりして、想いをビジュアル化するような工夫をしている」
先ほどのCさん。
「B支社長の行動が相互理解として受け止められているか?全員がそうではないかもしれないが、接触回数の多い人ほど伝わっていると思う」
つまり、根気よく繰り返しが大切だということですね。
3つのステップからさらにブレイクダウンして、「利他」を感じるための取り組みには、次のようなものがあります。
①傾聴、共感、承認→自己肯定→他者肯定
②<ここからが難しいのですが>自ら願っての行動、実践→利他の実践
③お役立ちの実感→利他の心
④感謝する、感謝される→感謝の心
最後に、A社長に「利他」を感じるための取り組みについてうかがいました。
「幹部職員が自主的に行っている朝会がある。当社には社員が作成した43項目からなるフィロソフィーがあり、小冊子にして社員が持っているが、こちらが何を言うでもなく、社員から自発的にこのフィロソフィーから好きなものを選んで発表する活動が始まった。もう一つ、『喜びノート』と呼ばれる、人にしてもらったことを素直に語る時間がある。最初は照れくさいが非常に効果がある。
人間関係は感謝し、感謝されることから始まる。先日、とある工場の社員が母親の危篤で実家の沖縄に帰らなければならなくなった。彼の仕事を肩代わりできる社員は別工場にいたが、そこは非常に忙しい工場であった。それにもかかわらず、その工場の仲間が力を合わせて穴埋めし、そのスキルを持つ社員を快く応援に送り出した。身内の不幸から戻ってきた社員は涙を流して感謝していた。
当社で働く意義は?昔なら生活のため、収入のためだった。それが今は『恩返し』に変わった。ある社員から再び『生活のため』という声もあった。しかし、その意味は昔のそれとは違うものだった。つまり、最早会社が自分の生活と切っても切り離せないものになったという意味だったのである。我々がやっていること自体は地道なこと、しかし必ず大きな喜びとなって返ってくると信じている」
上のGさんに教えてもらったことですが、従業員が自発的に同僚を助け、その援助が集積することにより、組織の効率や機能が高まると考える「組織市民行動(Organizational Citizenship Behavior)」と呼ばれる心理学の概念があるそうです。オーガン(1983)によれば、組織市民行動とは「①任意の行動であり、②公式の報酬システムによって直接、もしくは明確に承認されているものではなく、③集合的に組織の効率を促進するものである」と定義されています。利他の精神はこの組織市民行動の基底にあるものであり、利他メソッドは人間が本質的に持っている利他の精神を組織市民行動に発展させる水先案内人の役割を果たすものと言えそうです。
さて、自分の殻を破り、関係の質を高めるため、今年に入って初めて中断していた懇親会を再開しました。
過去のセミナーレポートはこちら。
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした