4月10日、
NATULUCK関内セルテ 801にて、第163回YMS(
ヨコハマ・マネージャーズ・セミナー)を開催しました。
今回の講師は、
株式会社Gene(ゲン)代表取締役、坂東大毅様。「ベンダーマネジメントのすすめ~ 外部のデジタルの専門家たちとどうやりとりを行えば、自社のデジタル導入がうまくいくのか ~」と題してお話しいただきました。
同社のHPを参照すると、「日本の企業文化に合うDXを」と題した、事業理念が目に飛び込んできます。かいつまんで言うと、日本のデジタル化が遅れているのは、日本らしいデジタルを実現できていないからではないか、という問題提起です。
しばしば「日本のデジタル化が遅れている」ことの理由として、日本企業における「利用する側のITリテラシー不足」、「変化に対する対応力の低さ」などが挙げられますが、仮にこうした要因が日本企業の文化的あるいは組織構造的要因だったとすると、日本企業は以前からそのような体質だったということになるので、かつてどうして海外の先進事物を巧みに取り入れ、独自化することで世界をリードするモノづくり大国を築き上げることができたのかの説明がつきません。
歴史を振り返ってみると、日本は古来より海外から文化を取り入れながらも、それを自国の文化に合うように改良し、独自化してきました。故稲盛和夫氏は、そのような創造性のあり方を、アメリカ型のようなゼロから何かを生み出すのではなく、「日々連綿と重ねる絶えざる創意工夫の道」と表現したそうですが、そうだとすると、日本におけるデジタル化による変革がなかなか進まないように見えるのも、そもそも日本とはデジタル技術を取り入れ、日々創意工夫しながら漸進的に変革を進めていくのが得意な文化であるためか、あるいはそうした文化にとって概して得意とは言えない「何か革新的なものを生み出す」というアメリカ型の変革を期待したために失敗に終わっているかのいずれかと考えられます。
さて、前置きが長くなりましたが、本題に移りたいと思います。大抵の企業(事業会社)では、デジタル化(以下、DXと総称されることが多いので、ここでもそれに倣います)を推進するのに、様々なデジタルベンダー(WEBシステムやサービスを提供する企業)との連携が不可欠です。しかしながら、事業会社はデジタル技術について、ベンダーは事業の具体的な内容やプロセスについて互いに情報の非対称性があるため、両者を橋渡しする(デジタル技術について知識を持ち、事業会社の側に立った)役割が必要になります。坂東さんの会社(以下、Gene)は、自らシステム開発をするのではなく、事業のデジタルに関わる構想の具体化から実現まで一元的にサポートしています。自社が持つソリューションを提供することが目的ではないので、構想段階から導入後の事業成長を目的とした絵を描くことができます。また、デジタルベンダーが提供するサービスには、開発ばかりでなく、デザイン、マーケティングなど様々な分野がありますが、Geneではそれぞれの分野で強みを持つ業者を選定し、とりまとめることが可能です。また、Geneが仲介することにより、事業会社、個々のベンダーは自分にしかできない本業に集中することができます。これは伝統的な日本のモノづくり、例えば着物の製造過程が製糸、染め、織り、仕立てというように分業で成り立ち、それぞれが自分の強みを磨き上げてきたのと似ています。
冒頭で触れたように、日本のデジタル化は遅れているといわれています。とは言え、国内におけるIT投資は、2026年には年間23兆円にも達するだろうと予測されているのです。ところが、坂東さんの肌感覚にはなりますが、恐らくデジタル導入した結果、上手くいっている企業は1割に満たないのではないかということです(各コンサルティング会社や省庁による調査でもDX成功率はバラツキはあるものの3%~16%という結果が出ています)。つまり、巨額な投資こそ行われているものの、その9割が無駄になっているということになります。これは、デジタル化が難しいからではなく、そもそも失敗するやり方をしているからだというのが坂東さんの見方です。
「失敗するやり方」とは、前述の事業会社とデジタルベンダー間に存在する情報の非対称性の他、プリンシパル・エージェント問題(代理人が、依頼人の利益に反し、自らの利益を優先する行動をとってしまうこと)といった力学が、コストを継続的に増やしてしまうという構造的課題を無視してしまうことです。そのために生じるムリ・ムダ・ムラをなくすことで、推定20兆円に及ぶ投資損失を活かすことができれば、日本のDXは劇的に進む可能性があります(何しろ9割が無駄になっているのですから)。
さて、事業会社とデジタルベンダーを仲介する役割は、以下の3つに大別されます。
①ベクトルマネジメント…課題定義、方針決定、判断基準の明確化等
②プロジェクトマネジメント…ステークホルダーを巻き込み、プロジェクトを推進する
③デジタルベンダーマネジメント…ベンダーの専門性を引き出し、活用することでプロジェクトの目的を実現する
これらのいずれが欠けても事業会社のデジタルベンダーの連携は困難になります。Geneはこれら3つの役割を担うことができますが、とりわけ③デジタルベンダーマネジメントは専門性が高いため、事業会社で内部化することが難しく、それだけGeneが担うべき分野となります。
さて、そもそも事業会社にとってなぜDXが必要なのでしょう?運営コストを下げる、価値を上げる、顧客との関係を深める等さまざまな理由がありますが、とどのつまりは「事業を永続させること」です。デジタル化したから変革が起こるのではなく、事業永続のために必要な変革を起こすために有用だからデジタル化するのです。その点を念頭に置いた上で、ベンダーマネジメントのポイントをまとめると、以下の8つが挙げられます。
0. 相手(デジタルベンダー)の力学を知る…前述の「プリンシパル・エージェント問題」を見極めるということです。
1. 問いを正しく立て、相談する…顕在化している課題が本当の課題ではない。解決策よりも、本当の目的を知る、そのためには正しい「問い」が重要。
2. 常に事業運営することを前提に意思決定をする…目の前のプロジェクトではなく、その後の事業運営を踏まえた最適化を考える。
3. 運営する前提で意思決定するための前準備…業務オペレーションと価値がどこにあるのかを明確にする。上手くいっている時の通常オペレーションだけでなく、例外のオペレーションも考慮に入れた効率化を考える。
4. 属人的=非効率ではない…イノベーションは属人的要素から生まれる。価値を生む「意味のある非効率」と「意味のない非効率」を峻別する。
これで思い出すのが、17年前に読んだ和菓子屋「
たねや」社長山本徳次氏が著書『商いはたねやに訊け―近江商人山本徳次語録』で述べておられた「表の非効率と裏の効率を使い分ける」です。
「お客さんに見えないバックヤードは徹底的に効率化する。しかし、お客さんを相手にする店頭では逆。徹底的に非効率でいい」。
5. 運営する前提で意思決定するための判断軸…デジタル化によって減らせるものもあれば、増えるものもあるということを見極める。また、上手くいかなかった場合のことも考える。
6. ぶつかり合う関係ではなく、前向きに取り組んでもらう…全てのステークホルダーがWin-Winの関係であること。
7. プロジェクトのゴールは、アウトプットではなく達成条件を言語化する…技術や環境などが激しく変化する中、プロジェクトの初期段階でアウトプットを明確に定義するのは困難。それより、何をもって成功とするのか、達成条件を言語化しておくことが大事。
※「意味のある非効率」の図
今回は「(デジタル)ベンダーマネジメントのすすめ」ということでお話しいただきましたが、その要諦はDX推進に留まらず、我々の日々の事業活動における意思決定においても当てはまるものばかりでした。IT関係に不慣れな人には一見難しく聞こえたかもしれませんが、自分の良く知る分野に置き換えてみると理解しやすいのではないかと思います。
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした
過去のセミナーレポートはこちら。