全画面で見てね。
山からけっ転がって、下の権現の湯に入りに行くとその脇に、津金寺がある。
(詳しくは、リンクを見てね)
お寺の説明によると、
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◇信濃の談義所 |
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当山は、古代東山道沿いに位置する東信濃の学問の拠点で、学僧の養成所で、談義所の名としては、現在日本で最も古い天台宗の談義所です。 |
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◇津金寺略記 |
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大宝2年(702)大和薬師寺の僧行基により、聖観音を安置し、仏教敷衍の場としてこの寺が開かれました。
 行基上人 702年と言えば、社会科の授業で覚えた、「ナワヒトツ、大宝律令」701年。そんな頃、そんな時に、信州のこんな所にこんなお寺が建立されたなんて、ちょっと驚きだよ。山門の仁王様も継ぎはぎだらけの木造だ。 これって、「何造り」というんだろう?。」外側に漆喰で、形があったのだろうが、長い年月で落ちてしまったのだろうか。最初見た時は「少林寺木人拳」の木造を思いだしたよ。(こらこら、この罰当たりめが)
 これは、大変な古刹だ。当時これだけの、お寺を開くとなると相当な権力者や、人力、資金が掛かったんだろうね。このお寺は別名「萩寺」。住職の奥さんがかなり丹精して庭を造っている。

また、紅葉の頃もすばらしく綺麗だ。駐車場も広くあるし、気軽に入れるので、なにかと、立ち寄っては、目を楽しませている。

  観音堂裏山中腹には鎌倉時代初期(1220)に造立された滋野一族の宝塔3基を始め、境内随所に約700基もの五輪塔や九重層塔・宝筐印塔などが林立しています。当時の人々の信仰の深さが伺われます。とは、お寺の説明だよ。
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