「旅と芸術」 埼玉県立近代美術館

埼玉県立近代美術館
「旅と芸術ー発見・驚異・夢想」 
2015/11/14-2016/1/31



埼玉県立近代美術館で開催中の「旅と芸術ー発見・驚異・夢想」のプレスプレビューに参加してきました。

古今東西、人がどういう形であれ非日常的な何かを求めてきた旅。私も振り返ればいつ旅をしたことでしょうか。長時間の移動を伴う大旅行はなかなか出来ません。その一方で、何かに出会うことの驚きや喜びを旅の要素として捉えれば、美術鑑賞も一つの旅と言えるのではないでしょうか。

主に西洋の近代美術を通して旅を読み解く展覧会です。19世紀までの古代、ロマン派への憧憬にはじまり、オリエンタリズムから世紀末のエキゾチスム、さらには空想の旅としてのシュルレアリスム、また幕末明治期に日本へやって来た欧米人の足取りまでを俯瞰します。


「ヘレフォード世界図:マッパ・ムンディ」 1300年(2010年複製) 神奈川大学図書館

旅に欠かせないものといえば地図。冒頭は世界地図です。時代は14世紀。(展示品は複製)イングランド中西部の都市、ヘレフォードの世界図です。下がヨーロッパで上がアジア。とは言えまだ中世です。よく見るとアジアの各地には謎めいた怪物のような生き物も描かれています。上の尖った部分は天界だそうです。キリストの再臨の様子も表現されていました。


左:ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ「ポポロ広場」 1750年 町田市立国際版画美術館

会場内、見渡して目につくのが古写真です。時は19世紀。ナポリやポンペイなどイタリアの遺跡などが写されています。いわゆるグランドツアーでしょうか。それより遡ること1世紀、18世紀にはイタリアが旅行先として好まれました。ピラネージの「ポポロ広場」はローマの遺構を描いたものです。やや劇的、脚色も入っているのでしょうか。後に同じ地点を捉えたニンチの写真と見比べることも出来ます。


ジュゼッペ・ニンチ「コロッセオ、ローマ」 1860-70年代 個人蔵 ほか

なおこの古写真、大多数がある個人のコレクションだそうです。19世紀から20世紀にかけての風景写真がたくさん並んでいます。写真ファンにとっても見るべき点の多い展示と言えそうです。


サミュエル・テイラー・コールリッジ著 ギュスターヴ・ドレ画「老水夫の歌」 1875年 明治学院大学図書館
(映像:中川陽介)


ロマン派文学における旅もテーマの一つです。例はイギリスの詩人、コールリッジ。世界の海を船で渡っては旅する「老水夫の歌」にはドレが挿絵をつけています。なおここで面白いのが書籍の紹介の仕方です。というのも本の性格上、たくさんのページを開くことは叶いません。それを美術館では映像作家の中川陽介に依頼。各場面を言わば映像作品として見せています。


右:「エドフ、大神殿(エジプト誌より)」 1809-28年 町田市立国際版画美術館

いわゆるオリエントもヨーロッパ人を惹きつけた地域でした。ナポレオンの遠征によって生み出されたのは「エジプト誌」です。古代遺跡の展望図などのエジプトの眺めは、いわゆるエジプト熱と言うべきムーブメントを社会に広めていきます。


ジャン=フランソワ・シャンポリオン著 L.J.J.デュボワ画「エジプトの万聖殿」 1823-31年 神奈川大学図書館

「エジプトの万聖殿」には神々の姿が美しい色彩を伴って描かれています。作者は古代エジプトのヒロエグリフを解読したシャンポリオン。展示品はデュボワが絵をつけた初版本です。何と手彩色でした。瑞々しい色味も要注目ではないでしょうか。


左:撮影者不詳「砂漠の祈り」 19世紀後半 個人蔵

ヨーロッパにはない砂漠もオリエンタリズムのモチーフです。一枚の古写真、「砂漠の祈り」はどうでしょうか。手前に横たわるラクダの骸骨。一面の砂漠です。周囲にはやはりラクダに乗って移動する人の姿もあります。一見するところ、何ら変哲のない光景に思えるかもしれません。

しかしながら違いました。実はこれは全て演出なのです。つまりラクダの亡骸をあえて置いて撮影したもの。砂漠には死のイメージがあったそうです。そしてこのような写真が好まれました。いわゆる観光写真としてよく売れたそうです。


左:ウジェーヌ・ドラクロワ「墓地のアラブ人」 1838年 ひろしま美術館

絵画に目を向けましょう。カナレットにドラクロワにルノワール。うちドラクロワの「墓地のアラブ人」は画家自身が北アフリカへ渡って描いた作品です。中央に立つのはモロッコの勇しき近衛兵。フランス政府使節団の護衛隊長を務めた人物です。ベン=アブーという名前まで特定されています。


左:クロード・モネ「貨物列車」 1872年 ポーラ美術館

近代以降に発達した鉄道も旅のあり方を変えました。フランスではパリからノルマンディーへ向かう鉄道が開通。身近な自然を求めて多くの人が観光を楽しむようになります。そこでモネです。作品は「貨物列車」。都市の縁を抜ける列車を少し高い地点から描いています。機関車から立ち上がる煙、そして連なる貨車。背後の街には無数の煙突が立ち並んでいます。まさに近代化、都市化の表れでしょう。ここで注目すべきは手前の3名の人物です。何やら着飾った婦人のようにも見えますが、実は彼女らこそが旅人。こうして近郊に出かけては鉄道を見物する人も少なくありませんでした。


左:ヤン・トーロップ「生命の守護神」 1895年 埼玉県立近代美術館

19世紀末ではジャポニスムや言わば野生の地を求めたゴーギャンらポン=タヴァン派の画家らも登場。「生命の守護神」を描いたヤン・トーロップはジャワ島出身のオランダの画家です。注文主はジャカルタの保険会社。右にインドネシアの母子、そして左にはオランダの母子を表しています。


右:ポール・セリュジエ「急流のそばの幻影 または妖精たちのランデヴー」 1897年 岐阜県美術館

ポール・セリュジエの大作、「急流のそばの幻影 または妖精たちのランデヴー」に目を奪われました。舞台はブルターニュ。妖精たちに土地の衣装を着せています。森の民、ケルトの自然信仰を踏まえて描いた作品でもあります。


ポール・デルヴォー「森」 1948年 埼玉県立近代美術館 ほか

空想への旅。旅への憧れは何も現実世界に留まるわけではありません。シュルレアリスムです。デルヴォーにシャガール、エルンスト。また童話へ絵本に登場する空想への旅についても紹介しています。


ハーバード・G・ポンディング「写真集 富士山」 1905年 個人蔵

ラストは一転して日本でした。幕末明治に日本を訪ねた外国人です。中でも人気があったのは富士山です。来日した画家も競っては富士山を描きます。また記念撮影のために富士山を入れた横浜写真も土産物として人気を集めたそうです。


「旅と芸術」会場風景

西洋近代を中心に見る多種多様な旅の在り方。テーマこそ普遍的ではありますが、内実は時代や地域によって大きく異なります。それゆえか連作などを含めると出品数は全300点と膨大。写真、絵画、挿絵本と多岐にわたります。盛りだくさんの展示でした。

「旅と芸術:発見・驚異・夢想/巖谷國士/平凡社」

監修はフランス文学者の巖谷國士氏でした。随所に「らしさ」も伺えるのではないでしょうか。なお氏のテキストを収めたカタログが一般書籍として発売中です。鑑賞の参考になりそうです。


「旅と芸術」会場入口

ご紹介が遅くなりました。巡回はありまあせん。2016年1月31日まで開催されています。

「旅と芸術ー発見・驚異・夢想」 埼玉県立近代美術館@momas_kouhou
会期:2015年11月14日(土)~2016年1月31日(日)
休館:月曜日。但し11月23日、1月11日は開館。年末年始(12月24日~1月4日)
時間:10:00~17:30 入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1200(960)円 、大高生960(770)円、中学生以下は無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *MOMASコレクションも観覧可。
住所:さいたま市浦和区常盤9-30-1
交通:JR線北浦和駅西口より徒歩5分。北浦和公園内。

注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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