ナックルがくるかと思ったらストレートでした。正直、ビックリしました。
OPの改編などからこういうことやってくれるのは素直にうれしいなぁ、と思っていたらですよ。個人的に大沼さんのイメージが少し変わりました。監修で新房さんが入ってるのでなんとも言えませんが(前回見ると新房さんが口出してるイメージがあるので)、こういう落とし方に持っていくかぁ、と楽しんで見れました。個人的には好きだなぁ。脚本的な内容は別として。
絵コンテ:草川啓造 大沼心 演出:大沼心
なぜここで羽?と思ったんですが、
あくまでファンタジーだということを強調したいのかな、と思いました。
この小説を書き始めたところを見て、
「あー、これは彼の小説だったのかぁ」と妙に納得してしまいました。
登場人物のコントロールや限定された場所。それに文字でシーンの副題をつける。
小説・・・だということなんだと思う。舞台装置として読み解くと未来の彼等の成功を裏付けてる深みを出そうとしてるのかなぁ、とちょっと妄想。仮に小説だとすると、とりあえず彼は自分の体験を小説にすることはできたことが物語で証明されたんだと思う。そう考えてとりあえず納得する。だから演出も叙事的で正解なんだろうと思う。読み取り方が人それぞれというのをあくまで強調したような格好というか。「ぱにぽに」や「ネギま!?」的な部分を多く含んだ最終回という感じがします。
最後の屋上のシーン、全員屋上で将来を語ってるようで実は全員を映してるカットが無いのが悪戯っぽくて個人的に引っかかった。一応、景と千尋の繋がりもあるし紘も千尋のことを知ってるし、もしかしたら会っていたのかも知れない。でもこの千尋と蓮治サイドは蓮治の書いた物語で、余計な部分を省いていたのかもしれない。紘たちの物語は小説の外伝的な部分、客観的な事実を描く部分だったのかも。今回は蓮治サイド中心だったけど、もしかしたら漫画的な演出になっていたかもしれないし、もっと映像重視、つまり京介が撮った世界を流しても良かったのかもしれない。そういう部分を考えてみるのも面白いのかも。最後の屋上はお互いがそういう存在になれたかもしれない、という意味も篭っているのかも・・・。
書いてて思い出したんですが、携帯電話は2つの物語を結ぶ重要アイテムの1つだったなぁ。
これも少し気になるところ。うまい使い方だったのかもしれません。
千尋と蓮治が再会して抱き合うシーンの前後、表情の付け方、音楽、声優さんの演技がうまくマッチしていて、別にそこまで入れ込んでもいないのにグッと来るものがあってやれたなー、と思いました。画面の感情の盛り上がり方が良いなー、と。羽で戻された気もするんですが、初TVシリーズ監督作品として結構うまくまとめてくれたんじゃないかなぁ、と個人的には思いました。個人的にやっぱこういう最終回好きなので。最終回が一番良い、と感じさせてくれたところで、もう大沼さんは見逃せない方になったというか(笑)
これがもう少し自分好みな題材だったらもう少し良かったのにねぇ・・・。
まあ、なんだかんだで今期の中では最後まで楽しませてもらえてよかったです。
しかしボーカル曲はどれも肌に合わなくてそこも最後までビックリです。
あとどうでもいい話だけど、
個人的に新房シャフトのアニメははネギま!?のように「?」が付きまとうんだと思う。
作品や手法を視聴者が疑いながら見るというか、うまく書けないんだけど。
これでいいのアニメ?という部分とかね。もっと動かせとかの話ね。
そういう「?」が面白いんだと思う。これがアニメだって?っていうところ。
まあ、そんなことを思ったという話。
OPの改編などからこういうことやってくれるのは素直にうれしいなぁ、と思っていたらですよ。個人的に大沼さんのイメージが少し変わりました。監修で新房さんが入ってるのでなんとも言えませんが(前回見ると新房さんが口出してるイメージがあるので)、こういう落とし方に持っていくかぁ、と楽しんで見れました。個人的には好きだなぁ。脚本的な内容は別として。
絵コンテ:草川啓造 大沼心 演出:大沼心
なぜここで羽?と思ったんですが、
あくまでファンタジーだということを強調したいのかな、と思いました。
この小説を書き始めたところを見て、
「あー、これは彼の小説だったのかぁ」と妙に納得してしまいました。
登場人物のコントロールや限定された場所。それに文字でシーンの副題をつける。
小説・・・だということなんだと思う。舞台装置として読み解くと未来の彼等の成功を裏付けてる深みを出そうとしてるのかなぁ、とちょっと妄想。仮に小説だとすると、とりあえず彼は自分の体験を小説にすることはできたことが物語で証明されたんだと思う。そう考えてとりあえず納得する。だから演出も叙事的で正解なんだろうと思う。読み取り方が人それぞれというのをあくまで強調したような格好というか。「ぱにぽに」や「ネギま!?」的な部分を多く含んだ最終回という感じがします。
最後の屋上のシーン、全員屋上で将来を語ってるようで実は全員を映してるカットが無いのが悪戯っぽくて個人的に引っかかった。一応、景と千尋の繋がりもあるし紘も千尋のことを知ってるし、もしかしたら会っていたのかも知れない。でもこの千尋と蓮治サイドは蓮治の書いた物語で、余計な部分を省いていたのかもしれない。紘たちの物語は小説の外伝的な部分、客観的な事実を描く部分だったのかも。今回は蓮治サイド中心だったけど、もしかしたら漫画的な演出になっていたかもしれないし、もっと映像重視、つまり京介が撮った世界を流しても良かったのかもしれない。そういう部分を考えてみるのも面白いのかも。最後の屋上はお互いがそういう存在になれたかもしれない、という意味も篭っているのかも・・・。
書いてて思い出したんですが、携帯電話は2つの物語を結ぶ重要アイテムの1つだったなぁ。
これも少し気になるところ。うまい使い方だったのかもしれません。
千尋と蓮治が再会して抱き合うシーンの前後、表情の付け方、音楽、声優さんの演技がうまくマッチしていて、別にそこまで入れ込んでもいないのにグッと来るものがあってやれたなー、と思いました。画面の感情の盛り上がり方が良いなー、と。羽で戻された気もするんですが、初TVシリーズ監督作品として結構うまくまとめてくれたんじゃないかなぁ、と個人的には思いました。個人的にやっぱこういう最終回好きなので。最終回が一番良い、と感じさせてくれたところで、もう大沼さんは見逃せない方になったというか(笑)
これがもう少し自分好みな題材だったらもう少し良かったのにねぇ・・・。
まあ、なんだかんだで今期の中では最後まで楽しませてもらえてよかったです。
しかしボーカル曲はどれも肌に合わなくてそこも最後までビックリです。
あとどうでもいい話だけど、
個人的に新房シャフトのアニメははネギま!?のように「?」が付きまとうんだと思う。
作品や手法を視聴者が疑いながら見るというか、うまく書けないんだけど。
これでいいのアニメ?という部分とかね。もっと動かせとかの話ね。
そういう「?」が面白いんだと思う。これがアニメだって?っていうところ。
まあ、そんなことを思ったという話。