●あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない 11話
個人的にとらドラの最終回が焦点になるんじゃ、と思った最終回だった。
というか『とらドラ』を反転させたらこうなるっていうアニメだったように思う。
裏とらドラっていうか。
とらドラはバラバラだったクラスメイトたちが集まってまた散っていく。
あの花は周囲と一回バラバラになってまた一緒に。
この違いが個人的には引っかかりかなぁ、と。
なんだろう。
『とらドラ』の最終話に対する批判で、
クラスメイトたちが大河を喪失してしまったこと、
竜児だけでなく全員で幸せを掴まないとダメなんじゃないか的な記事を読んだことがあって。
個人的に携帯で繋がれることと同じように、
互いに頑張ることで全員が伝説になるような道を歩んだっていう、
そういう幸福もあるということが示された最終回、
あんな奴がいたよなって頑張っていけることが示された終わり方のように思えてたので、
個人的に魚の骨がノドに刺さったかのような違和感があったんだけど、
この作品を通じてメンマの喪失を描くことでスタッフ陣の考える喪失のあり方が示されたのかなぁ、
という風に思えた。
しっかりとお別れしたからこそ、
またどこかで生きているメンマを意識できるからこそ歩めるっていう。
そのおかげか自分の中の傷口も癒えた気がしたので、まあ良かったんじゃなかいと思う。
星の見せ方とかもちょっと意識しちゃったかなぁ。
個人的には結局何がやりたかったんだろうって気がしたけど、
やっぱ裏とらドラだったのかなぁ。
個人的にとらドラの最終回が焦点になるんじゃ、と思った最終回だった。
というか『とらドラ』を反転させたらこうなるっていうアニメだったように思う。
裏とらドラっていうか。
とらドラはバラバラだったクラスメイトたちが集まってまた散っていく。
あの花は周囲と一回バラバラになってまた一緒に。
この違いが個人的には引っかかりかなぁ、と。
なんだろう。
『とらドラ』の最終話に対する批判で、
クラスメイトたちが大河を喪失してしまったこと、
竜児だけでなく全員で幸せを掴まないとダメなんじゃないか的な記事を読んだことがあって。
個人的に携帯で繋がれることと同じように、
互いに頑張ることで全員が伝説になるような道を歩んだっていう、
そういう幸福もあるということが示された最終回、
あんな奴がいたよなって頑張っていけることが示された終わり方のように思えてたので、
個人的に魚の骨がノドに刺さったかのような違和感があったんだけど、
この作品を通じてメンマの喪失を描くことでスタッフ陣の考える喪失のあり方が示されたのかなぁ、
という風に思えた。
しっかりとお別れしたからこそ、
またどこかで生きているメンマを意識できるからこそ歩めるっていう。
そのおかげか自分の中の傷口も癒えた気がしたので、まあ良かったんじゃなかいと思う。
星の見せ方とかもちょっと意識しちゃったかなぁ。
個人的には結局何がやりたかったんだろうって気がしたけど、
やっぱ裏とらドラだったのかなぁ。