千束の背中で語るアニメなのかなという感が強いかな。
顔を見せるまでの溜めを作るはよくある演出ですけど、
千束のよく動くキャラというのは後姿や顔の動きで強調されていて、
割と正面を向きがちなたきなと対比される1話かな、と感じていたんですが、
話数を重ねるごとに千束の動かし方、回転、振り向きの積み重ねがきいてきて、
いったい千束に何をさせたいのかという感じになってくる。
意味不明な描写の積み重ねは可愛さだけではない何かを予感させられる。
そこがそこはかとなく不気味、ではあるかな。
安済知佳 のイメージは響け!ユーフォニアムの高坂麗奈が基本イメージなので、
全然イメージと違うキャラ、むしろ相棒のたきなの方が安済キャラっぽいので、
途中までEDでクレジットを見たときたきなが主役だったのかと早合点したほど。
タイトルのデザインがダリフラを思い出すなど色んなイメージの集合っぽさみたいな、
そういうのはちょっと感じるかな。
ドアの開け方。
正面から入るたきなに対して背中から入る。
表情を見せるという意味では同じだけど、
この背中から、を一度意識するとそのイメージの連続に興味が惹かれる感じ。
顔を隠してる風からしっかり表情を見せたり。
IN/OUTは濃淡であるような。
スクライド始まったな、と思わないでもない。
2人組だし拳を作るし。
たきな動くときに千束は逆に動かない、みたいな。
たきなが動くと千束の明るい顔が迎える、とか。
もちろん当てはまらない事例は多々あるし、
アクション中はむしろ千束はずっと正面から描かれるパターンが多い。
1話で最後にお店に入ってきた人は背中を見せてドアを閉め、正面を向く。
千束の振り向き、背中から、という共通項があるのがやや引っかかる感じ。
4話。
背中を見せる、なのか、背中を取られる、なのか。
千束、振り向きの絵、多すぎだよな、と改めて感じた5話。
2,3話は録画ミスったのでとくには触れず。
3話の背中を見せずに回転し、たきなを正面から捉える、
というのと、背中を見せる千束がどう絡んでくるのか気になるかな。
5話は車いすのじいさんがよく回るな、と感じたな。
ホームで見失う辺りも千束が背中を見せてから車いすを回して振り向いて、
それから移動したり、このカットの振り向きだったり。
車いすでよくやるやるなぁ、みたいな。
千束は不意打ちをくらうと正面の表情を取られるお約束、なのか。
EDの回転とスライドと顔を見せない千束は割と作品のイメージが凝縮されてる気がする、かな。
カット割りでアクションは作れるという実践をアニメーター出身者がやっているのは興味深いかも。
OPも対比的なようで千束は後姿をよく見せてる感。
この千束を追うようなイメージは語るたびに千束愛を語る風に勘違いされそうなのが個人的にちょっと不快ではあるかな。
作品を追う興味を得る対象がただの追っかけみたいにさせられるてる感じが。
なので今作は個人的にちょっと苦手です。
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