映画「Un beau matin」(邦題「それでも私は生きていく」)を観た。
シャンソン歌手の金子由香利のリサイタルに一度だけ行ったことがある。本作品に出てくる介護施設でみんなで合唱するのが、彼女の持ち歌である「サンジャンの私の恋人」だ。
アコルディオンの流れに誘われいつの間にか
サンジャンの人波に私は抱かれていた
甘い囁きなら 信じてしまうもの
あの腕に抱かれれば
誰だってそれっきりよ
あの眼差しに見つめられたときから
もう私はあの人のものよ
本作品は、ミウミウが主演した映画「夜よさようなら」に似ていて、一曲のシャンソンみたいな物語である。昔ながらの恋の紆余曲折に加えて、高齢化時代らしく介護や尊厳死の問題も登場する。
レア・セドゥが演じたサンドラは、母として、時にはひとりの女として、人生に向き合い、時代に向き合う。その態度は率直であり真摯だ。他人に対してというより、自分自身に対して真摯なのである。
見栄や保身のために自分を飾るのは、見苦しい上に、つらい。本人にとってもつらいが、周囲にとってもつらい。見栄や保身はそもそもその人の人生観ではなく、社会のパラダイムだから、その人らしさがなくて、人間的な魅力を失う。
逆に飾らない人間は強い。変な虚勢がないから、気が楽だ。その人らしさが現われるから、人間的な魅力もある。サンドラはレア・セドゥがこれまで演じた中で、群を抜いて素晴らしい女性だ。クレマンがそんなサンドラに魅せられたのは当然の流れだろう。
原題の「Un beau matin」は「ある晴れた朝」である。ドイツ語では「Ein sonniger Morgen」で、痴呆症になってしまった哲学者の父親が自伝のタイトルにしようとしていた。父親のドイツ語の蔵書が紹介されるから、ドイツ哲学が専門だったのかもしれない。父親の人となりが知れるエピソードであり、その人となりを愛した娘の愛情も同時に感じられた。とても温かい、いい映画だ。