三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」

2023年05月28日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」を観た。
映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』公式サイト

映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』公式サイト

岸辺露伴は動かない, 5.26fri公開 この世で最も黒く、邪悪な絵の謎を追い、美の殿堂へ-

映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』公式サイト

 映画サイト以外の予備知識なしで鑑賞したが、逆にそれがよくて新鮮な印象だった。序盤は若いのに偏屈な漫画家の珍道中の物語かと思っていたが、中盤以降は怒涛の展開と言ってよく、露伴の名に恥じぬ洞察力と古典への敬意を存分に発揮する。これは面白い。
 相棒の編集者の名前が泉京香というのも洒落ている。明治の文豪泉鏡花は幸田露伴よりも6歳下で、露伴と同じようにリインカーネーションについての考え方を持っていた。本作品にも輪廻転生の思想が影を落としている。

 高橋一生は昨年(2022年)の7月に渋谷のパルコ劇場で一人芝居を観劇した。この人は台詞に独特の緩急と間があって、身のこなしにぎこちなさと滑らかさの両方を持っている。そして視線には人懐こさと孤高の拒絶の両方がある。それらが総合して高橋一生ワールドとなっている。演技の幅の広さは指折りで、怪物級の悪役から、陽だまりのようなお人好しまで、どんな役でもこなせる。
 本作品では、ややエキセントリックだが頭が切れて用意周到で特異な能力の持ち主という破天荒な役柄を楽々と演じてみせた。高橋一生ワールドの炸裂である。しかしそのままでは観客がついていけないので、物語を現実に引き戻すために登場させたおちゃらけたキャラクターが泉京香だ。美人すぎずバカすぎずという丁度いい役柄を飯豊まりえがうまく演じた。
 中盤から登場する見るからに怪しげなキュレーターを安藤政信が好演。この人はどんな役でも器用にこなす。器用すぎるが故に主役よりも脇役が多いのかもしれない。木村文乃は可もなく不可もなし。

 本作品は主人公の設定は突拍子もないが、登場人物のバランスもよく、過去と現在の繋がりもわかりやすかった。主人公の設定だけで既に位置エネルギーを持っているから、あとは登場人物を配置するだけで自動的に物語が動き出しそうである。脳天気な編集者の泉京香の過去の秘密に迫るような続編があれば、ぜひ観たいと思う。

映画「THE WITCH 魔女 増殖」

2023年05月28日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「THE WITCH 魔女 増殖」を観た。
映画『THE WITCH/魔女 ―増殖―』オフィシャルサイト

映画『THE WITCH/魔女 ―増殖―』オフィシャルサイト

2023年5月26日(金)新宿ピカデリーほか全国ロードショー|“魔女ユニバース”の幕開けを告げる、謎が謎を呼ぶ、予測不能なストーリー展開を豪華キャストで魅せるサイキック・...

映画『THE WITCH/魔女 ―増殖―』オフィシャルサイト

 結論から言えば、第一作の方がずっと面白かった。本作品は登場人物が多すぎて、それぞれの能力や関係性が分かりにくい。主人公以外にも特殊能力の持ち主が登場するから、主人公の特異性が損なわれている。他のキャラクターに時間を割いた分だけ主人公のシーンが減って、その人となりがわからない。本線と別の時系列が回想シーンを順不同に入れてくるから、頭の中で整理するのに忙しくて、シーンそのものをあまり楽しめない。

 思うに、アクションシーンのキレにこだわりすぎて、物語という本質を見失っているか、あるいは放棄しているようだ。荒唐無稽な能力なら誰でもある程度は思いつくし、それをVFXで観せられても大した感動はない。MARVELの二番煎じみたいな印象さえ覚える。
 それに登場人物の誰にも優しさがないから、物語に深みがない。第一作には優しい人間が何人か登場したが、本作品は自己都合の人間ばかりが登場して自分の都合を押し付け合う。不良同士の縄張り争いみたいなシーンの連続で、登場人物の誰にも感情移入できないばかりか、単細胞ばかりで不愉快になる。巨大悪徳企業の黒幕は影さえ現わさず、抗争の全体像が見えてこない。ストーリーと登場人物の両方にイライラする。

 アクション第一でストーリーや人物造形はあとづけみたいな製作だから、アクションシーンと主人公の圧倒的な強さだけを楽しみたい人は満足だろうが、映画として観たときには、世界観の浅薄さに呆れてしまう。さらなる続編があっても、超能力披露のエスカレーションに終始するだけだろう。多分観ない。

映画「アフターサン」

2023年05月28日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「アフターサン」を観た。
映画『aftersun/アフターサン』公式サイト 5/26(金)公開。

映画『aftersun/アフターサン』公式サイト 5/26(金)公開。

映画『aftersun/アフターサン』公式サイト。5/26(金)公開!アカデミー賞(R)ノミネート<主演男優賞:ポール・メスカル>!11歳のソフィが父親とふたりきりで過ごした夏休...

映画『aftersun/アフターサン』公式サイト 5/26(金)公開

 トルコと言えば、新約聖書に「アジア」と記されている場所であり、ローマ帝国の一部であった古い歴史の地で、古くはコンスタンティノープルと呼ばれたイスタンブールと、名勝地のカッパドキア、それに世界三大料理のひとつがトルコ料理であるという知識くらいだ。イスタンブールは街猫でも有名である。それから、映画「海難1890」で紹介されたように、座礁したトルコの船を和歌山の民間人が助け、トルコはその恩をずっと忘れず、100年後に起きた中東危機に際してテヘランの日本人を脱出させてくれたという話も有名だ。行ったことがないから、頭でっかちの情報だけである。
 
 ということで、トルコのリゾート地はあまりピンとこなかったが、トルコの地形はアナトリア半島が大部分であり、南は地中海に面しているから、リゾート地には事欠かないだろうことはわかる。本作品を観たら誰でもトルコに行きたくなるだろう。当方もリゾートでぼうっとしたりツアーに行ったりアクティビティを体験したり、その後でトルコ料理に舌鼓を打ったりしたくなった。
 
 インスツルメンタル中心の音楽がいい。ダンスも泳ぎも水球も上手な父親カラムと、泳ぎも水球も歌も下手な娘ソフィがトルコのリゾートで過ごす二人きりの夏休み。時間が淡々と過ぎていく。自分が二十歳そこそこのときに生まれた娘の存在に少し戸惑っている若い父親。父の戸惑いと懸命に自分を楽しませようしてくれる態度を敏感に感じ取る娘。
 思い切り楽しく遊んで帰った部屋で、何故か感じる憂鬱。なりたい自分になれ、生きたいように生きろ、時間はたっぷりあると父は言う。しかし時間がたっぷりありすぎることへの不安もある。どうなりたいのか、どう生きたいのか、はっきりしない不安。生きていくこと、生きていることそのものの憂鬱。
 楽しいけれども寂しい。悲しいけれども嬉しい。人生の光と影が、父娘を包み込む。太陽を浴びても後でクリームを塗れば日焼けはしない。父との思い出のビデオは日焼け止めクリームのようだ。
 
 35歳のシャーロット・ウェルズ監督はエディンバラ出身。大した才能だ。主人公カラムもエディンバラ出身に設定されていて、そこはもう故郷とは思えないと娘に打ち明ける。監督もエディンバラには複雑な思いを抱えているのだろう。カラムはエディンバラに帰る娘を見送ったあと、もしかしたら若くして亡くなったのかもしれない。そんな気がした。印象に残る作品だ。