三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「658km、陽子の旅」

2023年08月04日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「658km、陽子の旅」を観た。
『658㎞、陽子の旅』映画公式サイト/7月28日(金)全国順次公開

『658㎞、陽子の旅』映画公式サイト/7月28日(金)全国順次公開

7月28日(金)全国順次公開 菊地凛子 初の邦画単独主演!熊切和嘉監督と20年ぶりの再タッグで送る極上のロードムービーが誕生!!

カルチュア・パブリッシャーズ

 いい作品だと思う。冒頭のチャットだけで、主人公陽子の倦怠感や不満、小さな怒りといった感情がよく表現されている。人見知り、出不精、寡黙といった、陽子の人となりも分かる。訪ねてきた従兄弟に素直に従ったのは、ある種の諦観だろう。何故私が行かなければならないのかという疑問は当然あった筈だ。

 原始の時代はいざ知らず、社会や経済が複雑化している現代社会では、人と関わらなければ生きていけない。陽子にはそれが煩わしい。大抵は他人の存在が鬱陶しくて仕方がないが、ときには世話になることもある。自分は生かされているのだと自覚することもあって、そのときは感謝の気持ちが生じる。しかしときには自分は搾取されていると感じるときもある。被害者意識で怒りを覚える。

 季節は初冬だろうか。青森までの長い道のり。陽子の心は風にそよぐ葦のように揺れ動く。怒りと憎悪から感謝まで、その振れ幅はとても大きい。しかし徐々に落ち着いてくる。過去と未来は線で繋がっているが、存在しているのはいまだけだ。いまを受け入れることは過去を受け入れることだ。そうして初めて、足の付いた未来が展望できる。気づくのが遅かったのだろうか。いや、何事も遅すぎるということはない。

 途中の語りは余計だった印象があるが、いまを生きていくという陽子の決意表明を表現したかったのだろう。寡黙な陽子に少しだけ語らせたかった。言葉には力がある。口に出して言う言葉は、自分に跳ね返ってくる。打ちのめされて涙が溢れる。しかし怒りと憎悪を涙で流してしまえば、感謝だけが残る。これからは優しい人間になるのだ。

 菊地凛子は見事だった。