前回に続いて。義母のこと。「からすの歌、七つの子」っというのかな。「おっぱいちょうだい、おっぱいちょうだい」っていうのは、幼い我が娘のことか。戦火に追われ、都会から逃れ、着のみ着のまま、疎開してきて、食料もない時代を、認知症の頭で記憶が廻っているのかもしれない。近現代の、若い人達の中で「竹の子族」っていう世代があった。同じ「竹の子」ても、義母の子育ての時代は「竹の子生活」だったようだ。着ているものや、金目のものを一枚、一個ずつ売って、生活をしていた時代なのだろう。その時代の貧困を、さびしげに思い出しているのかもしれない。小生も、かろうじて、昭和二桁生まれなのだか、戦後の占領政策で、祖父が所有していた農地がなくなり、その後は貧困であった。大正、昭和の初期に、一介の国有鉄道の機関手をしていた、小生の祖父が、当時、なぜ農地を持っていたのか疑問だった。農地を持っていると、徴税やら、年貢の取り立てなとで、苦しかったので、手放すのを、買ったようだった。今の時代とは比べ物にならない、貧困の時代のことだった。画像の切手は、50銭、昭和27年は、5円になった。5年で100倍。これがインフレか