今日も、初夏を思わせる。日本各地の桜の満開を、ニュースで見ている。手元に撮ってあったのを、額装をして、玄関先に掲げた。桜も種別に、順ぐりに咲いて、楽しめる。なんか、季節の進みが早いようだ
。年度変わりで、年金の支給額が、0.1%が減額なるとか。介護関係の負担の割合が、少し増額になるとか。在宅のばあちゃんの負担額も、多くなる。介護をお願いしているので、当然のこと。医療と介護のおかげで、感謝をしながら、長生きをしている。八月には、百七歳になる。
禅語百選より。「一華開五葉」、「いっけごようをひらく」。禅の初祖の達磨大師が、二祖の慧可大師に与えた偈の一句とある。「偈とは、仏力をほめたたえた韻文付の経文」とある。「一華開」は、自分の中に、五つの知恵の花が開く。第一の花弁は、大きな円鏡は、ありのままに、映す。第二の花弁は、ほとけのこころを、拝める知恵。第三の花弁は、平等に、真、善、聖、を、感じる。第四の花弁は、他によくしてさしあげる知恵。第五の花弁は、ほとけのこころの現れとうけとれる知恵。五つの知恵を総合して一華となる。要約を載せました。下衆の身なので、良く理解してないのを、載せました。画像は、だいぶ前に書いたもの。今の時期、いろいろの花が開花するので、玄関先に掲げた。ある書家の本を、ぺらぺらとめくっていたら、「来客の目に触れるところに、自分の書いたものを掛けるというのは、見苦しい、悪趣味、それはうぬぼれに、ほかならない」とある。また、「落書きを楽しむ」とある。そのたぐいのものだなぁ、思いながら、玄関先に掲げた。
今日は初夏のように、暑かった。「三日見ぬ間の桜」だぁなぁと、夏井川渓谷へ走行した。途中にあった神社の境内では、桜祭りのようで、多くの車が、行き来していた。画像は、籠場の滝の対岸。切り立つ岩肌に、薄赤紫の花の樹。あたりの木々は、まだ冬木立。見上げれば、春の陽光が眩しい。
春の彼岸が終わり、日本各地から、花見の賑わいが、報じている。近くの桜の枝を見上げた。たまぁーに走行した車のガラス越に、満開になった桜を見ている。日々は、「花の下より鼻の下」の、生活をしている。明日の日曜日は、風雨が激しくなるとの、予報がある。今日は、昼頃までは、春の陽光、昼過ぎてからは、雲が広がってきた。嵐の前の静けさかなぁ。季節区分の表を見ると、四月四日は、「春の荒れ」とある。お天気の特徴は、低気圧が通過、風雨となり、あと寒冷前線が通過、気温がさがるとある。日付は前後しても、特異日があって、季節が巡ってくる。話は別になるが、さつきの盆栽を、地植えにしたのをよく見ると、つぼみが出ていた。地植えで、木に勢いが付いたのかも。でも、樹いっぱいの花は、見られないないかも。
今の福島第一原発のことの、お知らせが届いた。報道によると、一号機に、毎時、3トンだったのを、4トンに増して、水位計で、計測できる水位まで、水を注水しているという。先の2月13日の大地震、6強のが発生した。格納容器の損傷分部が、拡大して、原子炉建屋内に漏れる水の量が、増えている可能性があるという。燃料デブリの冷却は、続いている。難しいことは別にして、「廃炉を知る」には、原子力防災訓練ー図上訓練、住民避難訓練ーが、昨年行われたとある。「事故等想定」は、福島県沖で、震度6弱の地震が発生、福島第一原発1号機使用済燃料プールの水位低下、ある地区で空間線量率20マイクロシーベルト~時を超過の、想定とある。いわき市でも、ある地区で、訓練が行われている。損傷している原発が、これ以上の損傷が、拡大しないように、大地震が発生しないよう、願うだけ。
3月20日、18時9分に、暮れゆく外を、ぼおーっと、見ていた。その時、「地震です地震です地震です」と、けたたましく聞こえてきた。「うおーっ、来るぞぉ」と、叫んだ。家人が、「うぅんうぅん」と声をだして、それぞれが、身構えたと、同時に「くらっくらっくらっ」と揺れ始め、「ぐらっぐらっぐらっ」と、激しく、大きく横に揺さぶれが始まった。「たてが来るぞぉ」と、大声で叫び、家人それぞれが、食器入れの戸棚を支えるように、体も、支えていた。体は、前後左右に、上下に激しい揺れは、かき混ぜられているような状態だった。揺れが止んで、落下物はなく、凄かったなぁと、胸をなでおろした。震源地は、牝鹿半島北東20キロ付近、深さ59キロという。地震速報を聞いてから、身構えられた。先の大地震の余震という。二月の時は、震源が、福島県沖と近かったので、「地震です地震です地震です」と、聞いたと同時に、一瞬体が、ふわーっと宙に浮いた感じがして、どっかーんと落下しように感じて、激しく、体が揺さぶられた。「がだぁ、がった、がった、がだっ」と、長く続いた。今後も、余震が発生するという。災害が発生しないよう、願っている。
画像は、数年前の、三月二十五日に撮ったもの。街路樹のモクレン。葉より先に、六弁花を開く。庭木として、植えられている。報道では、桜の開花がある。日中のガラス戸越しの陽光は、暖かい。今日は、冷たい風が、吹き荒れている。三月は、寒気のかたまりと、暖気のかたまりが、ぶっかりあって、春のあらしになることが、多いとある。今日は、彼岸の入り。二十日は、春分の日になる。昼間の時間と、夜の時間が、ほぼ同じになる。春分を過ぎると、昼間の時間が、多くなっていく。寒い日が三日続くと、そのあと四日間ぐらいは、暖かい、「三寒四温」、冬場に云う言葉だが、お天気が、だんだん暖かくなっていく、意味もある。今年は、季節の巡りは、順調のようだ。
画像は、へぼの小冊子に挟む、しおり。台紙は、購入したもの。毎回、書き添える文言を考える。今回は、「春夏秋冬」とした。思い返すと、以前の冊子には、「閑話休題」、「温故知新」、「喝」など、書いて、コピーをして、一枚一枚に貼った。今回も、禅語からとか、四字熟語からの、言葉にするはずだったが、ちょろっと書いてみたのが、いいと、自賛している。「春夏秋冬」と、思いついた時、筆ペンで手元にあった厚紙に、十数回書いたもののうちの、二回目のもの。台紙には、原本を、80%縮小したのを貼りつけた。表面は、台紙と薄紙の間に、押し花を挟み、アイロンで、圧着すれば出来上がる。押し花の愛好家向けと思う。挟んだ花の絵は、雑誌から切り取った。最後に、リボン糸を通す。冊子を受け取った人が、リボンを見て、ほっとした気分になれば、良いのだがね。
画像は、東日本大震災と原発事故があつた、12日と13、15日の新聞、福島民報です。そのころは、原発事故は、50キロ先の、対岸の火事だろうと、思っていた。12日の夕方、原発地域から非難をしてきた知人が、ヨウ素を持って非難してきたと、云うので、驚いた。15日の昼頃になって、原発は、ダメになるのかもと、考えて、福島市に行くことにした。当時の朝頃に、福島市でも、電気が使えるようになったというので、六日間、世話になり、20日の昼前に出発して、いわきに、夕刻に戻った。原発は、まだまだ、悪いなりに、不安定のようだ。世の中は、コロナ禍の最中。これから先の、災害、災難が、発生しないことを、願っている。
前に、小冊子の表紙のことを書いた。何か、いまいちだなぁと、頁を揃えていた。綴じる前に、作り直した。仕上げたのは、画像の右側、鉛筆画は、縮小して、枠を付けた。題字にも、枠を付けた。台紙は、色の強いものにしたので、少しは、見栄えがいいかぁ。印刷は、À4を半分に切った。印刷の時間も、早くできたし、表面は、写真が付いたのを印刷して、裏は、文字だけ印刷するのもあるので、色調ができた。製本は、和綴じする。電動ドリルで、三か所穴をあけ、縫い糸で綴じる。そのあとに、製本テープを貼る。これで、出来上がり。いいのができたなぁと、自賛している。
小冊子は、60ページになった。拙いブログから、赤井嶽薬師常福寺への、参詣時のこと、季節のめぐり、日々のこと、災害のこと、駄筆字、大震災の当時の、市役所からの、「お知らせ」の一部、などなどに、振り分けて、綴り込んだ。それぞれの項目に、仕切りを入れる。その仕切りも、絵の具の、青色と黄緑色と白色を、刷毛を使って描いた。用紙の裁断、A4を半分する。発色の良い用紙の、両面印刷できるものと、片面が、文字だけを印刷るもの、「いわきの伝説」からの、転載した12ページは、文字だけの印刷なので、上質の用紙などになった。表裏に印刷をするので、表裏が逆になってのが、十枚あった。印刷のやり直しをする。ページの整いは、ほぼ終了。ドリルで、三か所穴をあける。穴に糸を通して、和綴じ状にする。製本テープを貼りつけて、仕上げる。熱で糊を溶かして、圧着できる製本機があるが、表紙と裏表紙が、手造りのは、ダメ。手造り感を出すので、画像のものになった。
画像は、2016年11月22日のもの。画像ホルダーを、めくってみた。この時も、かなり大きな地震だった。その時の、NHKのテレビの画面を、撮ったもの。今日は、はるか遠くの、ニュージランドで、かなり大きい地震があったと、報じていた。津波も、心配しなくていいと、報じていた。地震の予知は、できないという。気構えだけは、しておく。
気分的には、春を感じる。夕暮れも、遅くなっている。暦には、五日は、二十四節気の、啓蟄になる。太陽の動く黄径を、360度を15度ずつに、分割すると、二十四になる。昔の陰暦での、考え方という。啓蟄は、「啓」は、ひらく、あけるという意味で、「蟄」は、虫類が土中にこもるという意味と、辞典で読んだ。大震災から、十年になる。画像は、拙い冊子に綴り込む、震災当時に、市役所から、市民に「お知らせ」があった。その主たるものをの、表題。大地震は、少しの間は、ないだろうなんて、思っていたら、ひと月前の、強地震だった。十年前の余震なのだろうか。想定外のことが、発生しないよう、願うしかない。