この写真は、以前にも載せた。かれこれ、十四、五年前に観光で行った時買ったもの。富士山が一番きれいに見えるところ、忍野八海の観光バスの駐車場のはずれで、撮影した本人が、売っていた。ライトバンに、写真をべたべた貼ってあったのて、変な車だなぁと、行ってみた。ながめて、話しをした。すごい写真だと思い、一枚買った。カラーのものはと尋ねると、版を売ったので、カラーは売れないとのことだった。カラーのを見たが、迫力がすごかったのを、思い出す。撮影した時は、興奮して何枚も撮ったとか。数枚見せられたが、これが一番だと云っていた。今年も、閲覧くださいまして、誠にありがとうございました。皆々様方、良いお年をお迎えください。来年も、拙いブログに、お付き合いください。尚、閲覧感染阿呆症に付ける薬は、ありません。ご承知おきください。今年も一言多いで、〆くくりました。
今年もあと四時間で終わる。テレビの年末特別番組でも、戦後70年を、振り返ってが、見られた。もうすぐ、紅白歌合戦が始まる。でも、見ていない。年寄りには、わからないし、ついていけない。そうなると興味もない。食前酒は、350ミリリットルの、缶ビール一本で、十分なので、結局、ゴットファーザーを見て、今年も終わる。一巻目は昨日半分見た。続きはこれから見る。ビデオテープに録画をしたのが、最初だった。そのあとも、テレビから、録画をしたのを、繰り返し見ていた。数年前の、外科へ四日間の入院時は、これを持ち込み、四六時中、見ていた。登場人物のからみが、むずかしい。何回みても、毎回面白い。
今が旬の、いわきねぎをいただいた。ねぎは、一年中、産地は違っているものの、食べられる。以前は、販売もしていたようだ。いただいたときしか、食べられない。刻んで、ちょっと醤油をたらすと、柔らかくなり、口当たりのいい苦味と、甘みが味わえる。素朴な味は、今の時期だけだ。ゆでて、酢味噌あえも、美味だ。在宅介護中のばあちゃんが、元気な頃は、食卓に並んでいた。正月の御馳走、自分でさばいて作った、「アンコウ」の酢味噌あえにも、添えられていた。このばあちゃんが、いつも見ているテレビの前に、お供えを飾った。近所のお菓子屋さんで、ついてもらったお供え。見栄えがいいように、ちょつと大き目。しでと、裏白の葉、ゆずり葉を挟み、橙のかわりに、ミカンをのせた。「ばあちゃん、お正月だよ」と声をかけると、耳をそばたてたので、ゆっくりと話すと、「ううーん」と、うなずいた。元気で、百一歳を、越えられる。
今年も、赤い実がついた。本によると、ヤブコウジの常緑小低木。暖地の林の中に自生。庭木、鉢植えなどにする。葉は質厚く長楕円形で、波状の鋸歯がある。夏、白色の小花が散状につく。晩秋、液果が赤く熟くし、翌年、4月まで、木についている、と読んだ。万両の第一義は、一万両、多額の金とある。金は、天下のまわりものだなぁと、我が懐には、留まりもしない。せめて、宝くじが当たればと思う。ジャンボ宝くじは、十人のグループで買っている。券は手元にないので、夢にもででこない。まあ、否定的に考えているのでは、駄目だっぺぇ。「念力、岩をも徹す」と、いうこともある。「岩」では、しょうがないなぁと、一言多い。「神様、仏様、拙いブログを見ている人人に、ご加護を、お願いいたします」。皆々様、どうぞ、良いお年を、お迎えください。
今日、年賀のはがきの宛名書きが終わって、ポストへ。図柄が定まらず、素材集の中のを、コピーしだ。文字は、あれこれと迷い、時間切れで、まぁいいかぁだった。30年も前から、賀状だけの人に、今回で、年賀のあいさつは、終わりにすると、詫びを書いて、数人に送った。ちょつと、淋しいことだ。小生と同じ年代なので、時をみて、お断りは、しょうがないことだろう。
冬枯れの山。所用で山間部へ行った。退避場所で、車を停め、はるかかなたの、峰から峰へ、鉄塔がつらなるのを見ていた、線が張ってあるのだろう。電気を送ってるのだろうか。こんな遠くからなので、ロスはないのだろうか。寒々しい、山々の風景だ。
22日は、冬至。昼間の時間が、一番短い。夜の時間が、一番長い日。太陽の熱のエネルギーが、地球に伝わるのが一番少ない。一番少ない熱は、立春の頃になり、一番寒いのだろう。それからは、暖かくなっていくようだ。日本は、海に囲まれているので、太陽の熱が、地表を温めるのに、45日かかるという。冬至冬中冬ひじめと言われるので、寒さはこれからになる。梅の花が開花していた。12月の、この時期には、珍しいことなのかも。つぼみがふくらみ始めている。
ひと月前に、カシャッとした。花の名前は知らない。山茶花なのだろう。周りの木立は、冬枯れしていていた。ことわざに、「年々歳歳花相似たり。歳歳年々人同じからず」というのがある。花は季節になれば、同じように咲く。人の境遇は、年ごとに変わって、同じではないという。自分の体は、今のところは、まずまずだが、年齢なりに、老えがある。しかたがないこと。一番、気をつけなければならないのは、車の運転だ。気をつけることに、こしたことはないと、自覚している。えっ、それより、脳だっぺぇ。そうそう、これまた、失礼をしました。
テレビでは、今年も残すところ、あと二週間と、年賀はがきの受け付けが、始まったと報じている。画像は、1965年とあるので、昭和40年の切手。50年前かぁ。現在の郵便制度は、明治元年、1868年が始まりで、明治4年、1871年に、書状賃銀切手、いわゆる郵便切手、四種をはじめて、発行したと、郵便事業年表を読んだ。郵便の創始者は、前島蜜で、新制度を創案をしたと、読んだ。これより以前は、飛脚商が、役目をしていたとある。飛脚は、文明開化に逆行するようになったとある。官文書が、東京と京都間を往復するのに支払う賃銭は、毎月1500両あったと読んだ。現在では、どの位の金額になるのかなぁ。郵便制度が新しくなり、飛脚の禁止、均一料金制度と、変遷をしたと読んだ。小生は、まだ、年賀のあいさつの準備はこれからだ。
画像は、ひと月まえの、赤井嶽薬師、常福寺の、境内。初冬の風情が、すこし、うら淋しい。寒寒しい空模様だった。いつも、参詣の人が突く鐘の音もなく、静かだった。この時は、雨上がりのあとだったので、どこかに、路面の凍結があるかと、用心をして、走行した。今年も、あと、二十日余りとなった。今年は、どんな年だったかなぁと、振り返る。歳月、人を待たずを、実感している。
在宅介護中のばあちゃんは、百一歳と四カ月すぎた。脳梗塞と認知症で、ベットと車椅子で、寝ている。認知症は、喜怒哀楽が、はっきりしている。昨夜の夕食は、おお怒りをしていて食べない。夜は、眠らなかったようだ。時々、大声が、二階まで、聞こえてきた。なにか、もじもじと手を動かして、口をもぐもぐと、何かを話しているようだ。その続きで、今朝も食べない。このような時は、なにも話しをかけないで、ほっぽっておくのが、一番いい。ぐっすりと眠り、眼覚めると、何ごともなかったように、顔をみると、にこーっと笑う。画像のことだが、寝具の毛布を替えた。今までは、アクリルの毛布、手触りの良い物だったが、五年使っていたので、繊維がよれてしまい、風合いが悪くなった。今回は、メリノウールという、良いものにした。値段をいうのは、はばかるが、三万円弱だ。メリノは、ひつじの一品種で改良されて、特有の品種になり、フランス、アメリカ、オーストナリヤで飼育しているようだ。毛は、白色で、かなり高品質の、梳毛が、得られるという。毛皮は、ムートンとして利用している。ちよつとばかり、親孝行をしたつもり。
12月8日は、日本が、真珠湾を攻撃して、戦争に突入した日、。戦争には、お金が必要なので、債権を発行して、お金を集めたのだろう。償還は、昭和28年とある。戦いに敗れ、債権は、紙クズになった。終戦の頃は、米60キロは、18円80銭。そのあと、昭和22年には、700円になったと、本で読んだ。ようするに、ハイパーインフレになったとある。どうしてハイパーインフレになったのか。国の政策でなったのか。でも、その頃は占領されているので、、国がかかわっていたのかどうか。今の世の中は、デフレ脱却だぁと、報じている。インフレになるのか。考えても分からない。インフレに対応するには、物を買いこむという、方策があるようだ。この先は、「どおすりゃいいのさぁ、思案橋」と、嘆くだけかぁと、自嘲している。
画像は、2007年までの、エルニーニョ現象[赤色]及びラニーニャ現象[水色]の、発生期間[季節単位]の表。気象庁で発表していたもの。「経済活動と気象」という書物から引用すると、エルニーニョが発生すると、18ケ月後に、消費者物価は上がると、読んだ。「一次産品価格の上昇は、エルニーニヨと関連している」ともある。エルニーニョ、ラニーニャの発生サイクルに応じて、景気もサイクルを描いている、とある。1950年以降のエルニーニョのサイクルは、平均3.8年ともある。日本も、世界各地も、異常気象の影響が続くという。太平洋赤道海域の水温は、エルニーニヨから、ラニーニャヘ変わり、ラニーニャから、再びラニーニャに変わるサイクルを描いている、ともある。「寒冬」もあれば、「暖冬」もある。今年は暖冬と、報じている。「寒春」になるようだ。旧の正月は、二月の八日。昨年より11日早い。お天気は、どうなることやら。