昭和レトロと思い、昭和34年ー1959年ーの切手。案内には、栄之作版画、浮世源氏八景のうちまぼろしの落雁とある。切手を使っての便りを書くのは、年に数回だが、84円切手は、準備をしてある。たまあーに行く、郵便局の窓口に、各種の記念切手が並んでいる。突然ですが、「サラリーマンの一番の楽しみの○○の日とかけて、漁師が、ずいぶんと長い○○だったなぁと、懐古しているととく。そのこころは」。「整いました。どちらの○○も、給料―休漁」。最近のテレビの報道で、定額減税のことで、給与明細に記入で難儀だぁと、国会の討論を見た。今時、給与明細の記入は、電子計算機で、計算式を使えば簡単なことではないかなぁと。小生は給与を支給する側だったので、簡単にできた。はるか昔は、給与明細は、複写用紙に手書きは、難儀はした。この手書きの給与明細のことを、落語で、三遊亭圓歌が、「月給日」と題して、新作落語なっている。現金での支給なので、給与から差し引く科目を多くして、支給額を少なくしたりの様子。飲み屋さんで陽気に騒ぐ爆笑の連続。今の時代は、振り込みでの支給なので、意味が分からないかも。
画像は、いずれ破棄する積ん読く本。三島由紀夫著、金閣寺、昭和31年刊。松本清張著、黒地の絵、眼の壁、昭和33年刊。井上靖著、氷壁、昭和32年刊。川端康成著、伊豆の踊子、昭和26年刊。伊豆の踊子は、友人が、ひょんなところから、出てきたから、返却すると、数年前だが戻った。奥付けに読了の日が書いてあってので、分かり、返すよぉだった。画像には無いが、三島由紀夫著の、「美徳のよろめき」は、初版本で購入してあった。三島由紀夫が自害した後で、初版本の価格が高くなった覚えがある。今回、ぺらぺらめくって見た。その時代の活字で、読みずらい。読み続けられない。また、積ん読くして置く。突然ですが、「横殴りの雨のときに、はおるものとかけて、胡瓜が好物の仮想の水中動物ととく、そのこころは」。「ととのいました。どちらも、かっぱー合羽ー河童ー」。今の時代、合羽は、レインコートだっべぇですね。「合羽からげぇてぇ、三度笠ーー」です。「河童の川流れ」とか、「河童の屁」とか、「河童の水練」とか、「河童の寒稽古」とか、仮想の動物でも、ことわざが、あるものだなぁでした。
画像は、南天の花。数年前に、生え出した。難を転ずるとの縁起の樹とかで、育てた。花ことばは、「福をなす」とか「よき家庭」とあり、誕生日の花としては、12月27日とある。難を転ずるというので、これから先先の、我が身は、難症、難病で、難儀するかもと、覚悟する。この世に、七難ありとか、迷信という七難九厄もあり、七と九の年まわりは、とかく災難に会いやすいとか、念のために、注意をする。先々の生活で、困まったり、苦しんだりの、困難、苦難もあるだろう。避難は、東京電力の原発事故で、自主避難をしたり、これから先、原発の過酷事故の時は、160キロメートル先へ、避難するルートが、指示されている。別のこと。今夜は大雨になるようだ。河川の氾濫が無いことを祈り、万が一の、垂直避難も考える。突然ですが、「○○も予定がないなぁと、のたりのたりしていると、かけて、十風五雨の温暖なお天気で、○○の収穫が楽しみと、とく、そのこころは」。「ととのいました。どちらの○○は、こんしゅうー今週ー今秋」。お粗末でした。
画像は、26日の10時30分頃に、二階の窓から、カシャッとした。10時過ぎに消防車のサイレンが聞こえ、何処かなぁと、消防署から、市中火災のサイレンが聞こえた。いわき駅近くの、中高層ビルで消火活動と、防災メールを読んだ。窓から見た時は、画像の煙の倍の大きさの黒煙が立ち上り、あれは何だろうと、見続けていた。黒煙は、北寄りの風で流れたので、我が方には、影響なしだなぁだった。11時30分頃、所用でいわき駅前の道路を通行した。市街地から出るのはすんなりで、入って来る車は、渋滞。建物密集した地域の細い道路では、未だ消火活動をしていた。画像のような煙が立ち上がっていて、かなりひどいんだなぁだった。午後三時過ぎの帰途は、別の道。夜の九時過ぎに、消火活動が終了と、防災メールがあった。突然ですが、落語の八五郎出世の噺で、八五郎の妹のおつるが、世継ぎの男の子を出産、殿との面会の宴席で、八五郎は、「殿様、目出度いから、歌でも歌おうかなぁ」と、殿さまは、「なにか○○はあるか」と、かけて、中高層ビル火災で、長時間の消火活動が終わり、○○。ご苦労様でした。そのこころは。ととのいました。「どちらの○○は、ちんかー珍歌ー鎮火ー」。
画像は、またまたサツキ。花の盛りは終わりのようだ。表題の電気料金の値上げ。政府の補助金が、廃止になるためとある。ぺらぺらとめくって読んだこと。2020年度の全国の総発電量は、再生エネルギーで、約20%、原子力で、4%、化石火力で、76%とある。化石火力は、ガス、石油、石炭の合計とある。原子力での発電は、10基とある。東京電力福島第一と第二の原子力発電所の10基は、廃炉になると読んだ。難しいことは分からず、へぇーそうなんだぁです。はるか昔し、火力発電所を見学したことがある。火力発電所は、電気の消費の増大や減少を予測して、気温の上昇や下降に合わせて、発電するという。今ではテレビで視聴できる雨雲レーダーの画面があって、見学当日は、積雪だったが、モニター画面で、雪雲は、もうすぐ消えますと、説明されたのを思い出す。突然ですが、「24時間闘って、今の居場所は窓際と、かけて、のたりのたりして、アンパンを食べるととく、そのこころは」。「整いました。どちらも、かんしょく。ー閑職ー間食ー」。
五月も下旬に差し掛かっている。二十四節気の小満が過ぎて、芒種ー夏至ー小暑ー大暑で、夏の期間が終わり、八月の七日に、立秋になる。旧暦の七夕は、八月の十日になる。昨年は、八月の二十二日だった。今日は暑かった。昨年の五月で、28.3度の日があったり、14.1度の日があったりだった。暑い日の連続は、これからになるようだ。画像のサツキは、一樹で二色。さつき愛好家は、花の形と花の柄で、千紫万紅の花柄を楽しむとか。突然ですが、「持たざる者が、テレビのニュース番組で、上がったあ、下がったをみている」と、かけて、「ちょい漏れしそうだぁ」と、とく、そのこころは、どちらも、かぶが気になる。「かぶ」ー株ー下部。またまた、あつちゃこっちゃです。
地植えのサツキ。盆栽状なので、花が少ない。花の形も、色も、多種多様。順送りで咲きだしている。別の事。ひねもすのたりのたりの、ながら聴きしているラジオからの落語を、たまぁーに、聞いている。演者と演目は、失念。噺のまくらで、雑穀米を食べているのを聴いた。健康のために良いというので、毎回食べていると。収録で訪れた会館の二階から、素晴らしい景色を眺めていたら、ちょっとだけ飛べましたと。雑穀の粟、稗は、小鳥の餌でしたと。あっはっはぁでした。突然ですが、「物価高とかけて、武士は食わねど高楊枝の状況で、暮らしている老人ととく、そのこころは」、「整いました。どちらも、ねをあげるー値をあげるー音をあげる」。「音を上げる」を、辞典をめくると、「もう耐えられない、という」。「悲鳴をあげる」とある。なるほど、なるほどです。
画像は、一週間ほど前のもの。開いた花は、散り始めている。「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」、ご来訪のご婦人の皆さまのことだなぁ。芍薬と牡丹は、似てるなぁだが、葉の形が違うようだ。花と花ひとばをめくると、芍薬は、五月の24日の誕生日の花とあり、はじらい、はにかみが、花ことばとある。牡丹は、四月30日が誕生日の花で、花ことばは、風格とある。牡丹は、別名、木芍薬とか。漢方薬の芍薬と思い、めくると、芍薬も牡丹も、栽培をして、根を太くして、薬用にするとある。芍薬は、根の外皮をはいだ残りを、ボタンは、根皮を使うとある。それぞれが薬用として、別の用途になっているとある。あちこちとめくって書きました。見たりしたことを、すぐに書きました。突然ですが、「買い物は何時と、問われた老人とかけて、人生訓の著者ととく、そのこころは」、「ととのいました、その老人も著者も、どちらも、きょうようがあるー今日、用があるー教養があるー」。またまた、パクリです。
画像は、一休みした帽子。隣地からの枯れ葉や、根が張ってきた竹の根切りを、日射しの中で、かたずけをした。今の時期は、雑草が伸びる。日照時間は、五月が一番多いようだ。夏至の頃かなぁだが、梅雨の時期で、日照時間は五月より少ないようだ。またまた、突然ですが、「年寄りの診察日とかけて、学校ととく。そのこころは」。「ととのいました。どちらも、キョウイク。―今日行くー教育」。テレビかラジオの落語で聴いた、パクリです。
母の日が過ぎても、食べた。連日食べると、食傷気味にもなる。つべこべ言わずに、ありがとさんだっぺぇと、自戒する。「食わず貧楽高枕」の日々で、暮らしている。突然ですが、「母の日」とかけて、「経済の動向」ととく、そのこころは、「ととのいました。どちらも、ケーキの好し悪しが、気にかかる」。物価高、値上げ、増税、いろいろの使用料金の値上、増税、などなど。経済が好循環して、やがて、我が身にたどり着くのかなぁ。体が年齢なりの衰えで、これから先の不健康が、気になる。いろいろと、思いをめぐらして、まあ、「なるようになるさぁ」です。湿っぽい書いて、またまた、年寄りのボヤキです。
今朝は、ほぼ十分間の、所在無し状。いつも、新聞の大きな活字を、目を通し、気象の情報を読み、必要ならば、切り抜きして、お悔やみ情報を丹念に見て終わる。長い習慣で、気温と日の出と入りは、書き残している。お悔やみの事は、近直の二年間で、告別式へは、12家、弔電で済ませたのが、遠方で三家。家族葬とあったのが二家、遠方で、家族葬で執り行ったのが一家、弔意不要と、添え書きがあった。昨年の暮れに、年賀欠礼とのはがきが、二家あったので、弔意で、欠礼したと言い訳をした。お悔やみ情報には、掲載しなかったという。二年ほど前のお盆明けに、義母の葬儀を執り行った。前述した件数は、義母の葬儀のあとからの件数で、返礼の意味もあって多い。仕事をしていた時の知り合い、小生よりほぼ一回り若い七人の告別で、これは寂しい辛い気持ちが強い。親戚関係は、病いと、漏れ伝え聞いていた。別のこと。時々ながら聴きしている落語番組で、なぞかけで、「お坊さんと新聞とかけて」と、「ととのいました」、「けさきて、きょう読む」。「今朝ー袈裟」、「今日ー経」。有名な謎かけようです。画像は画像は、昨日の折込のお知らせ。
画像は、サザエより。1970年10月10日、朝日新聞に掲載されたもの。「エッチ」と題してだが、この一コマをみてると、いずれ、なるだろうの、我が身を思うと、もの悲しくなる。今は、歳なりで、まずまずで生きている。我が身は、どのようなんだっぺぇなぁと、親の事と比べても、参考にもならない。願望は、PPKーピンピンコロリー。「病に主なし」とか、「元気でいても、何かに取りつかれてしまう」とある。今は、「食うに倒れず」の、「ひもじい時にまずい物なし」で、食べている。サザエさんのおばあさんも、美味しそうに食べている。「あやかりたい、あやかりたい」です。別のことで、近所に一人暮らしの女性がいる。しばらく顔を見てないので、元気にしているのかなぁ。何かあったらば、電話よこしてと、伝えてはある。今の時代は、介護のサービスも、施設もある。近所だからと、心配することもない。
前回、「季節がずれる」と題して、季節が実感できる期間のグラフを載せた。画像は、そのグラフの基の表を使って、帯グラフにした。パソコンの画面なので、見ずらいと思うが、ご容赦。はるか昔しの、マイコンと云われる時代に、導入した当時は、とりあえず、表を作って、データーとする数値を入れるのが、一番の仕事だった。この、とりあえずで作った表が、一つが二つになりして、増えて、フロッピーディスク一枚が、台帳となった。とりあえずで作った表が、1500頁として使えるハードディスクに残っている。その一つが気温の数値を記入してある。その延長で、拙いブログに載せている。画像のパソコンの画面は、Windows7のもの。二種のソフトを目的別にして使っている。古い話で、これも昭和レトロだなぁです。
画像のグラフは、縦軸が、365日。左端の積重ね縦棒は、下から、冬の一月と二月。春の三月、四月、五月。夏の六月、七月、八月。秋の、九月、十月、十一月。冬の十二月。旧暦での、2022年は、季節のズレは、ほとんどなく無く。図の真ん中の、昨年、2023年は、春の期間が、117日間だった。来年の、2025年は、夏の期間が、118日間になる。今年、2024年は、ずれがあまりないので、季節の巡りは、順調のようだ。旧暦での春夏秋冬の、それぞれの期間は、88日か89日間になる。太陽暦でいう春夏秋冬の期間は、91日か92日間になる。旧暦での日数は、年によって、一日ほどの違いがでる。画像のグラフは、仕事をしていた時から、作成をしていた。グラフにする前の数値が入っている表は、保存をしてあり、その数値を使って帯グラフも作っていた。参考までに、昨年の、9月16日付けの、「温故知新」に、その帯グラフを、のせました。仕事をしていた当時は、入梅入りは、梅雨明けはとか、冷夏、暑夏、猛暑、残暑は、とか、旧暦に頼っていた。今回は、脳みその錆び落としと思い、グラフを載せました。ご来訪の方々には、失礼な事と、承知はしています。月を愛でるスローライフの方も、おられるとか。「いつも月夜に米の飯」とか、「昔の人にとって、月の光と米の飯は、貴重だつた」とある。「月夜半分、闇半分」とか、「人の世には、よいときもあれば、悪い時もあるたとえ。人生は悲観したものではないことをいう」とある。あっちゃこっちゃでした。
画像は、数日前のさつき。「歳歳年々、花相似たり」で、咲いた。一昨年の夏の頃、手抜きの徐草をして、蔦状の雑草に覆われて、葉が落ち、枯れ木状になった。でも、昨年、今年と咲いた。葉の数は少ない。庭木の数本のサツキは、白が終わり、赤系の花が、順送りで咲く。盆栽状のが、ポチポチと咲く。さしずめ、今の時期は、「花紅柳緑」ーかこうりゅうりょくー「春の美しい景色の形容」。サツキの漢字は「皐」ー「皋」。難しなぁです。今日、八日は、旧暦で、五月一日。旧暦で、四月、五月、六月の、夏の月になる。今のカレンダーの五月は、、三月、四月、五月は、春の月。今の時代に、わざわざ、旧暦だぁ、なんて書いてしょうがないことです。