今頃になって、1月の気温のグラフを載せた。普通に、冬の期間は、12月、1月、2月で、今日で、冬が終わる。明日から、春で、3月、4月、5月。桜の開花予測はと、報じていた。例によって旧暦は、2月10日が元旦。昨年は、1月の22日で、旧暦の二月が、二回あった。春を実感するのは、3月の10日頃からかなぁ。前回、余寒と題して載せたが、余寒が少ないかも。気象庁は、「今年の夏は、地球温暖化に加え、エルニーニョ現象の影響で、全国的に気温が高く、猛暑日が増えると予想、四月ころから暑くなる可能性がある。」と、報じていた。「経済活動と気象」という書物を読むと、エルニーニョ現象は、「冬は暖かな日が多く、北陸の積雪は少ない。梅雨明けが遅れ、雨量や梅雨寒が多い。夏は涼しい日が多く、雨量も多い。秋の訪れは早いが、しだいに暖秋になる。台風発生数は減少する。」と、読んだ。旧暦研究者の、小林弦彦著を読むと、今年の、春は、余寒少なく春爛漫が満喫できる。夏は、空梅雨酷暑気配だが短期決戦の短い夏。秋は、秋風爽やかに名月紅葉も美しい。冬は、寒気到来早く厳しいが清楚な冬」と、読んだ。今年はどのような一年になるのかなぁです。
画像は、花が終わった紅梅。昨日今日の強風で、枯れ木状になった。ここ数日の寒さは、余寒とか。「立春の後の寒さ」、「寒が明けてまだ残る寒さ」、「残寒」と、辞典で読んだ。俳句の季語は、「春」とある。年々歳歳花相似たりとか、季節が巡ってくる。ガラス戸越の陽光は、暖かい。座布団を枕に、虎落笛を聞きながら、ごろりと横になるのもいい。日向ぽっこもいい。ぼけーっとしても、老い行く先のことしか、浮かんでこない。ああでもない、こうでもないと、頭の中が、ぐるぐるぐるってなると、「なるよおになるさぁっ」に、なって起き出す。別の事。はるか昔のこと。風邪ぎみで、お医者さんへ。「先生、なんか注射して」と。「一発で治らないよぉ。ならば点滴をする」と。窓際のベットは、陽だまりで暖かい。「見回りにくるから、よく眠るように」と。お昼前後で、病室は、静が、心地よく眠っていた。時々、ぺたぺたぺたと、スリッパの音。点滴液の落ちるのを確認にきた。今は毎月、定期の診察で、子息に世話になっている。その時の先生は、小生より三歳年上、数年前、入り口先で、ばったり会い、「おっ、元気がぁ」だった。
画像は、花が終わった鉢植えの梅。今年は早めに咲きだして、五、六日ほど前の荒天を境に、花の盛りは終わった。「暖冬のあとは寒さが遅れてくる」とか。二月も残り少ないが、まだ冬の期間。今の時期は、寒暖を繰り返えす。雪のことで、「二、二六事件」があった映像で、雪が積もっていたのを見た。二月でも、かなりの積雪がある年も、あるんだなぁです。春の日差しので、梅の花が見られるのは、二月のはじめ頃、花が終われば、桜の花になる。桜の開花予測が、話題になってくる。もうすぐ三月、ひな祭り。「あかりをつけましょ ぼんぼりに お花をあげましょ 桃の花ーー」桃の花の咲くのは、まだまだ先のと思う。今の時代、屁理屈言っても、しょうがないこと。季節の訪れを、旧暦で感じていればいいこと。それもお天気次第。今年は、エルニーニョ現象の影響は、どのようになるのかなぁです。
画像は、訓読み般若心経の後半部分。写経といえば、二百六十二文字の音読み。用紙は一枚。今回の訓読みは、珍らしさで、書いてみた。用紙は二枚になった。かなり難しい。写経は、決まりことがあり、それに従って書く。願い文があるので、そして納経する。これが本来のこと。
拙い冊子の印刷は終わり、ページを揃える段階になった。今回の冊子のメイーンは、「訓読みの般若心経」にした。畏れ多いことと、心経をまだまだ理解していないと、気おくれがした。でも、あえて載せることにした。昨秋ころ、拙いブログに、要所を数回載せた。そのころ、訓読みの全文を写経してみた。数回書いて、写経用紙、二枚になった。なるほどなるほどとだった。今回、冊子のメイーンにしようと、数回、書き改めてみた。結局、昨年に写経したのが、収まりがいいので、画像のものにした。画像は、前半部分。今回の訓読み般若心経は、「ごま書房」昭和62年初版の、「聞く実用書」ゴマカセットブックのテキストからです。
画像の、右側は表紙、左側は裏表紙。拙い冊子は、予定していたページ数を、オーバーして終了した。裏表紙の片側に、あとがきにかえてを貼り付ける。これは、以前にブログに載せたものを使った。ー12月になったーを。目次は、中仕切りに、一言添えたのが、確定したので、変更なしで、最後の最後に印刷をして終わった。表紙の題目の、やそぢおりおりには、以前に書いて置いたのか、どこへやらで、書き直した。サツキの花は、これを表紙に使うと決めて置いた。裏表紙の、筆文字は、今回も中仕切りに、筆文字で書いたのをと、思案をしていたときに、ちょこっと書いたもの。これ一枚は使えると思い、遊び心で貼り付けた。過去の冊子は、筆文字を多用した。今回は、筆文字は、訓読みの般若心経だけ。筆文字を添えるだけで、手造り感が分かるかも。これからの冊子の作業は、ページを揃える。和綴じになる。これらは、多くの時間がかかる。のんびりと、作業をしていく。画像の左側の文字は、「明慎」ー「明るく慎しみ深い」。
画像は、中仕切りに使う。またまた、やり直し。添える一言が、まずかったのと、製本の時の綴じる側を、少し多めに余裕を取っておくのを、忘れて、使えなくなった。まぁ台紙は、印刷をすればいい。印刷は、残り10ページになった。この残りに差し掛かって、やり直しが、四ページ。別のことだが、「百里行く者は、九十里を半ばとす」だなぁと、思い出した。拙い冊子は、予定していた百ページが、百十ページになった。ページの整えに、追加の二ページをする。これを思案しながらなので、気が緩んでいた。物事は、やり直しは、時間も費用も増す。ページ設計で、使う用紙の数を、余分に買い置きしていたので、事は済んでいる。拙い冊子の作成に、あれやこれやの思案は終わり、印刷が終われば、ぺーじを揃えて製本になる。まだまだ、先が長い。「百里行く者はーー」は、はるか昔しに、あるセミナーで、本人の講演を拝聴して、購入をした。本の発行は、1987年とある。守屋洋著、「中国古典の名言録」を読み、胆に命じていた。でも何か事が起こってから、そうなんだょなぁとなる。原理原則は、変わらないんだなぁと、自嘲をしている。
画像は、中仕切りで、「歳歳年々人同じからず」を、前回載せたのを作り直した。なんかすっきりしたと思う。中仕切りに書き入れる題は、なかなか思い付かない。なけなしの脳なので、出来上がったのをみて、ちょっと違うかなぁで、作り直すこともある。回り燈籠は、当初、走馬灯で書いたが、事典を読むと、回り燈籠が、主と知った。亡ばあちゃんの一年忌と、お盆の事をまとめたもの。サツキの花も白色にした。項目別の題は、「古図」、これは、磐城平城の図と、閼伽井嶽の常福寺の銅板図を綴る。「ぽつねんとー」と考えているのは、老域の愚痴、是は読みたくもないかも。「一里塚がーー」と、考えているのは、師走に年賀はがきのことと、以前のはがきのこと、正月飾りのことなどになる。「門松は冥土の旅の一里塚」を、もじってみたもの。プリンターの作動は、快調で、インクの補充も、予備の分もありで、印刷は、終盤に差し掛かっている。「自慢高慢、馬鹿の内」とか、「自慢は知恵の行き止まり」とか、ご来訪の方々には、失礼なことと、承知はしております。ご容赦のほど。
画像は、NHK財団刊の、新、介護百人一首。6855人の応募があり、その半数は、10代20代の若い世代からとある。祖父母、父母の介護のことや、介護の現場でのことや、介護の実習の事を、詠んだものとある。百人百様の、介護の苦労が分かる。百首の中に、排泄の介助で、摘便の事がある。我が家の、摘便の事を振り返ると、おむつにした時は、🔲印、おまるでの排泄は、〇印、摘便は、▲印を、カレンダーに書き入れた。おまるでの排泄は、看護師さん、ヘルパーさん、入浴サービスが来る一時間前からで、終れば、体の清掃をしていたたいた。寒い季節には、部屋を暖め、体を温めて、ベットからおまるに、リフトで移乗する。時間をかけて排泄をさせる。その間は、ベットを温めておく。臭気を消すために、エアコンでの換気と、空気清浄機は、フル回転。ストーブで、部屋の暖める。このエアコンの設置は、電気配線工事に来た人のアドバイスで、高額だが、あとあとはいいよぉの、添え言葉があった。部屋の換気が出来たのは、ありがたかった。別の事になったが、排泄させるために、食べる物も、考慮して、排泄がないなぁの時は、例えば、プルーンを柔らかく刻み食べさせた。掲載されている一首一首に、涙涙になる。
今日は、建国記念の日。明日は、振替休日。この歳になると、休日といつても、普段通りの日。休日でも、可燃ごみの収集はある。休日でも、働いているひとが多い。小生は、収集の指定場所に、ごみ箱を設置して、終われば撤収している。順送りで、当番を決めて設置と撤収をすればいいのだが、ごみ箱をどこに置くか、その場所は、家の脇が良いだろうで、長年続けている。話はもどして、建国記念の日とは、なんて、考えみた。先の戦争中までは、紀元節だったとか。敗戦になり、新しい憲法が制定されて、祝日になり、紀元節は廃止になった。昭和36年ころに、「祝日三倍増法案」とかで、審議されたとか。昭和41年頃に、「建国記念の日」と「敬老の日」と「体育の日」を、祝日にすることが、公布して施行するようになったと、読んだ。紀元節は、「日本国は、神武天皇の即位をもって建国とか。へぇーそぅなんだぁと。別のこと。今日も北風が吹いて寒い。天気予報で、気温の事を報じている時、「平年と比べて」とがある。この気温の平年値で、当地方は、日中の最高気温と最低気温は、上昇に転じている。「日の入り」の時刻は、17時過ぎになっていて、夕暮れ時が遅くなっている。気分的に春になってきたなぁです。
画像は、中仕切りを、二枚作った。右側のが、般若心経関係のことと、身辺のことを綴る。その項目の目次にする。左側は、我が身の、日々の雑事の項目で、目次にする。拙い冊子に、般若心経を綴るのは、どうかなぁだったが、訓読みの心経を写経して置いたを、あえて綴り込む。カセットテープの訓読みは、はるか昔しに、ちょこっと聞いていた。昨秋に、雑多なものを、入れていた箱を、整理した。その箱にカセットテープが。そういえば、聞いていたなぁと、思いだしたもの。それに添付してあったテキストのを、写経をした。ひらがなが入っているので、写経用紙が二枚になった。音読みの心経は、誰もが馴染んでいる。あえて訓読みを綴るのは、畏れ多いとは、承知をしている。別のこと。中仕切りは、あと六枚、思案する。印刷は、残り5ページ分で終わる。ページを揃えるのにも、かなり時間がかかる。その後、製本。今回も、和綴じする。
画像は、冊子の中仕切りに貼り付ける、サツキの花。見栄えよく額縁状にした。ふちの色は、積ん読く本の表紙をコピーをした。前回の、絵の具の塗ったぐりも、今回の縁のいろも、自前。以前に紙店で探したが、思わしくないので、ならば、やってみっかぁーだった。サツキの花は、SDカードに保存をしていたものから、これかなぁのものを、十数枚、中仕切りの書き込む項目を、見比べて貼り付ける。書き込む項目は、これから先になる。サツキの花は、鉢植えなので、花を愛でたようだ。ほとんどが、愛好家から、頂戴したも。ある愛好家に、おねだりしたら、水だけは、絶やさないことと、念を押された。にわか愛好したので、手入れはできないと、見透かされしまつた。愛好家は、春夏秋冬、それぞれの季節に、手入れをして栽培しているのだろう。枝ぶりも、千紫万紅の、花の大きさも、花の形も、色も愛でて、楽しんでいるのだろう。庭木のサツキは、適当な剪定をしている。花の時期に花が少ないと、ちょっとがつかりしている。
画像は、中仕切りに使うために、描いた。使うのは、上側の二枚。下側のは、昨年のものと同じようなのでダメ。絵の具は、有り合わせの残り物で、済ませた。それぞれを、数枚描いた。色が混濁しない物を残した。左側上のは、数枚使う予定。右側上のを、主にして、使う予定。それぞれを、発色がいい、スーパーハァイン紙に印刷をして、いいところをA5判に切る。厳密には、原版大と、90%に縮小と、110%に拡大したものを、見比べて、いい方を使う。A5判にしたものに、サツキの花の画像を、貼り付け、項目ごとに、題目のひと言を書き添える。この方は、未だ思案中。ページの予定数は、86ページと、A4判の写真が8枚と、訓読みの般若心経が2枚とになる。拙いブログから拾い出して、読み直すと、内容が重なったり、支離滅裂だったりで、捨てたのがある。今回は、気張って、100部を作製するので、印刷は遅れ気味で、ちょつと焦っている。
二月になつた。明日三日は、節分。翌四日は、立春。節分とは、季節の変わる前日とある。二十四節気は、春が、立春から始まる。旧暦なんて言っても時代遅れと承知している。旧の元旦は、二月十日になる。昨年は、1月の22日だった。来年は、1月の29日になる。旧暦で、季節の訪れを見ている。過去の二月はと、書き残したのには、「暖冬中の暖冬」、「爆弾低気圧」、「北暖西冷傾向」、「暖冬ストップ」、「後半寒い」、「北日本中心に寒波」、「インフルエンザ流行」とある。「暖冬のあとは低温の春」と。いうこともある。日本の季節区分には、2月15日頃は、冬の終わりとある。今日のお天気予報では、南岸低気圧とかで、雪が降るのかも。別のこと。節分で豆まきをする。一年の邪気を払うとか。節分の豆は、福豆とかで、立春で、一つ歳をかさねるので、年齢プラス一個を、食べるとか。小生は、89個食べるのだが、歳を取りたくないので、食べないことにする。