IZUNOHANA’s blog

     後期高齢驀進中者の戯言

気が付けば月末に・・・

2022-08-30 13:10:44 | この頃思う事

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遠目では「仙台名物小茄子」かと勘違いをしたご近所さんの畑の植物は「バタフライピー」と言うのだそうで・・・つまり、ハーブの一種で、花の香も悪くはないし、濃いブルーの花色もかなり良い。
花(のみだそうだ)をハーブティにするとき、レモン果汁を、数滴、垂らすと赤く変化するとか、私は試していない、申し訳ないが、ハーブティなるものに、あまり興味がない(好みでないかも)からだ。
でも、ご近所さんから、最近、かなり流行っている(らしい?)ものだそうだから、是非とも、ブログで紹介してと依頼された・・・ホントに流行っているのかなぁ?

 


 

 

日曜日に畑の草の様子を見て、そろそろ、またザッとでも草取りをしなければイケないな・・・と感じ、天気予報を確認すると、月曜日は、ほゞ一日、「曇り」と予報されている。
そうか、午前中に作業に入らなくても、午後からでもOKかも・・・と、決断には至らない弱気の圧力をかけたが、案の定、月曜日には、何も、出来なかった・・・ま、当然と言えば当然で・・・つまり、当初からやる気がなかったという事。
しかし、火曜日の朝、やはりこのまま放置した後の畑の行く末に考えを巡らせば恐ろしい結果があるのみで・・・午前7時から畑に出向き、大雑把な草取り(草刈?)を始めたという次第である。


確かに、まだ秋とは言えない時期だから、日差しは強いものの、風(台風の風かも知れないが)が何とも心地良い、そうなのよね、もう8月も終わりに近づいているんだから・・・季節が変わると、結構、しなければならないことが出てくるのに、それが一向に片付かないと言うジレンマの中にいる。
「夏草や つわものどもが 夢のあと」・・・って、別に私が戦った訳でもないが、取っても取っても生えてくる雑草を、汗にまみれて必死に作業し続けた(でもないか?)日々は何だったのか、自然に逆らうってことのムナシサみたいな感情に襲われている(秋の所為かなぁ)、こんな感情に支配されている自分が嫌!とつくづく思う。


先日、ランチを一緒にした友人から、今度、箱根のホテル(友人とは関係があるところらしい)でランチをしようと誘われたので、「いいよ、で、何時にする?」と聞いたら、「来年の大型連休前くらいがいいね」と言うのだ。
いやいやいや~、行こうと決めたならば、来年まで待ちたくない、せめてこの9月にしてよ・・・というのが私の本音だ。
この気の短さも問題なのだろうなぁ・・・・でも、それでも「そう、了解!」と答えてしまい、その場を適当に繕うとする自分が、更に、嫌!

夏の終わり(ばかりでは無いなぁ、この頃は)、何時になく、バカげた感情に支配されるこの病(ちょい鬱な)、悪化する一方で、もう治療法なし・・・なのかも。
ホントのところ、やっぱり、暇な人間の病なんだよね、きっと・・・そう思う。

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猛暑の中、EI邸の庭では・・・

2022-08-24 18:44:11 | 三六趣味の会便り

 

 

昨日の「ZOOM DE 36趣味の会」、お世話様でした。

3か月振りに参加出来てよかったです。

 

 

酷暑のこの夏、我が家の庭では、大きな花が咲くことを期待して植えたダリアや百合が、余りの高温で枯れてしまったため、さみしい庭になりました。

そんな中、つぼみの状態で枯れつつあった百合を花瓶に挿し、毎日水を替えて世話した甲斐があって、奇跡的に開花してくれました、こんなことが、案外、嬉しいものですね。

 

元気なのは、暑さに強いセンニチコウ、ポーチュラカ、インパチェンス等地味な花や、金魚鉢の睡蓮や芝生ぐらいですね。

  

  

 

 

余りの暑さに、アマリリスが、1株、狂い咲きしました。

 

 

また、酷暑の前に咲いてくれた紫陽花が1株で150もの花をつけてくれて見事でしたが、花後の剪定で出てきた新芽がコガネムシに食害され、来年の花が心配です。

  

 

塀に沿って植えてあるブラックベリーが沢山実をつけてくれ、昨年の2倍位の収穫があったのも嬉しい出来事でした。

  

ピンクの花が可憐で、いろんな種類の蜂が集まってブンブンと賑やかでしたね。

 収穫した実はジャムになり、朝の食卓を賑やかにしてくれています。

 

そう、猛暑でよかったこともありましたよ・・・毎年悩まされている蚊が、ほとんど、発生しなかったのですから。

 

次回のZOOM楽しみにしています。 (写真・文章共 From EI)

 

 

・・・・・・・・・・・後記・・・・

人間は、暑い!暑い!と文句や悲鳴を上げるだけですが、EI邸では、熱心なお手入れあってのことですが、植物たちが、異常気象の中、それなりに懸命に生きている様子が窺われるお庭の風景で・・・何か、ちょっと嬉しいです。 From 伊豆の花

 

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秋の気配が、何となく・・・

2022-08-20 11:16:38 | この頃思う事

何だろう・・・毎日、台所の窓を開けてみている目の前の風景が、8月20日の朝、違った風景に見える。
素材は一年中変わらず、同じ空き瓶と実のならない柿の木・・・なのに、空気が違う、これって秋の気配?

 


 

 

前回のブログ更新から一週間・・・毎度のごとくにPCかTVの前に座っていただけ、否、一日1時間から1時間半程度、庭の枯葉を掃いたり、足に纏わりつく雑草を摘まんだり・・・とか、その位は動いていたけれど、これといった働きもせずにいることに、事実と違って、本心では、案外、罪悪感みたいなもの(あくまでも、みたいなもの)を感じている。

毎度のように、前日から自分自身に、「明日は畑で草取り、明日は草取り」と圧力を加えて、漸く、畑に出かけたものの、やはり1時間で気力が消えてしまった。
作業の結果は下記の写真のごとくで、何やら、作業前とどこも変わらず草が目立つ。

 

左:畑としての使用地 右:花壇としての使用地

必死に作業をしていない証明みたいなもので、畑への道すがら、庭の掃き掃除や草取り中に、思いがけに場所で野菜(かな?)が芽を出して生長しているのを発見する。

 

 

  左上:玄関前に自然発芽した「紫蘇」
  右上:ご近所さんが植えたという道路脇の「スイカ」(実が目立ち始めたら、案の定、小動物のご馳走に)


上:自宅花壇のブロックの隙間から発芽・成長している「ミニトマト」だが、収穫までは期待なし 



等々、畑に植えた野菜は、雑草が・・とか、日照りで水不足が・・とか、欲も絡んで悩みの種は尽きないけれど、自然に発芽した野菜たちには、枯れても元々と、ホント、無責任にその生長を楽しんでいる。

朝夕に涼しさも感じられてきたから、若しかしたら、畑の草取りにやる気が出てくるかもしれない・・・と、思う。

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Getしたマイナポイントの使い道?

2022-08-13 11:58:10 | この頃思う事

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もう10年位前に、先端部分をバッサリと切り落とした「百日紅」だが、その後もすくすくと成長し、もう見上げなければその花を確認不可能な程に伸びてしまっている。
こうなると、とても素人(私の事)には剪定は無理で、植木屋さんに頼まなければいけないと思っているが、それも、何となく許せない感じで・・・この屈折した思いを理解しろと言うのは、ちょい無理筋だと分かっている。

 


 

 

7月初旬にマイナポイント取得手続きが完了し、7月末に20.000ポイントGetが完了した。

60歳になるまでは、運転免許証もパスポートも持っていたし、ま、会社勤めだったから、ある程度の身分を保証できていたが、退職し無職になり、免許証もパスポートも廃棄したために、わが身を保証できる物理的な資料がなくなってしまうことで、日常生活に不便を強いられる機会が多くなって行った。
そんな時、現在の自分には「マイナカード」が必要なんだという認識の下でカード作成を申請した。

だから、特にマイナポイント(当初5,000ポイント)を取得しようとは思わなかったが、パソコンを使う人間として、一度、PCからチャレンジしてみなければと勢い込んで取り組んでみたら、余りの複雑さ(我が能力不足?)に嫌気がさして放棄していたけれど、いかに能力がないといえどもその資格を有するのに、それを放棄する自分に腹が立って、殆どを市役所に依頼したもののポイントGet完了に至ったという次第(ま、言う程には簡単ではなかったけれどね)。
そう、「出来ないからそのまま放棄」でなく「人様に出来ることを私も出来た」ことで、とても満足感を得られたほうが重要であって、ポイントの使い道にたいした関心はなかったといってもイイ、要は、不労所得の感じかな?

私自身、定職を持ちながら(会社によっては就業規則違反だったが)、結構、バイトで僅かながら収入を得ていた。
その収入は、何となく「不労所得」に似ていて、それを自身の生活費に組み込むことは避け、友人らと飲んだり食べたりに使い果たしたが、気分転換用収入として重宝した。


で、今回の不労所得である「マイナポイント」は、他人のふんどしながら、日頃の借りを返そうと、すべて、姉にプレゼント(近隣の特定スーパーでしか使えない電子マネー)して、「こういう機会は滅多にあるものではないから、チマチマ使わないで、あと腐れないよう一気に使って」と言って手渡したものの、姉も、一気に、20,000ポイントを使いきれず(というよりも、一応、遠慮したのかも)数千点を残してカードを返してきた。

実際のところ、誰のお手本にもならない自堕落な私の生活ではあるが、お金の使い方に無駄はしていないとオカシナ自尊心があって、それが今の現ナマのない生活(安定した生活とは言えないが)を支えているところがある。
それは、したいと思ったことは、たとえ一度できりあっても、成しえてきたという満足感?否、達成感?それが為せた一部は不労所得的なバイトの収入であり、それが自身の足場を作ってきた・・・だから、姉にもそうして欲しいと思っている。

姉の人生も、いろいろと難関を抱え、もがく日々だと承知しているけれど、その中で、世間様から見れば贅沢とも無駄とも感じない(だろう)ような金額(20,000円)であっても、いつの日にか「あの無駄使いは楽しかったな」と思い出してくれたならば、こんな有意義な使い道はないだろう・・・と、私自身が楽しくなってくるのである、なんだって、完全なる不労所得・・・だからねぇ。

 

 

・・・・・・番外編・・・・・

 

2、3か月前の事(写真を掲載する機会がなくて)、屋敷内の片隅に「キヌガサダケガ」が顔を出したが、小一時間程で消滅した。

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また雨の所為にして・・・

2022-08-09 18:57:09 | この頃思う事

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以前は、種が拡散して庭のあちこちで自発的に咲いていた「笹百合」が、何故か、ここ数年、急に、絶えてしまい、唯一、生き残った場所が玄関脇の芝生の中で(特に世話をした訳でもないのに)・・・今年の笹百合は、背丈もあり、花の数もそれなりにあって、結構、見栄えもするが、さて、来年は?

 

 


 


8月8日(月)から、畑にある「里芋」と「九条ネギ」の草取りを始めるつもりでいたのに、なんと、雨だったのですよね・・・だから、草取りは出来ないのよ・・・なんてことを言い訳に使う訳でして。
でも・・・あぁ、この雨で潤ったら、またまた草茫々になってしまう・・・という強迫観念に襲われて、気分的には、居ても立っても居られない状態なってくるのですよ。
午後。晴れ間を縫って畑に出向き、地面の湿り具合を見ると、明日には、多少、泥まみれになっても草取りは可能と判断した。

9日午前4時半に目覚め、まだ薄暗い(明けるのが遅くなった?)戸外に出ると、路面が濡れている、あれ、昨晩も雨が降ったのだろうか、とすると、今日の畑も無理かなぁ・・・とか、いろいろ考えるも、やはり、草茫々の脅迫は強くて、草茫々の畑の様子がバーチャル映像のごとくに目の前に浮かんでくる。
本日の我が町の天気予報を調べると、午前7時に雨が降るとある、只今、午前5時を回ったところで、先ほどより明るくなってきていた。
大急ぎで、とりあえず完全武装(あちこちにホコロビがある、だから虫に襲われる)の身支度をして畑に向かった。

     ←(何時ものイイ加減な)草取りが完了した「里芋畑」

嬉しいことに、案外、顔面を襲う「ぶよ」などの虫が少なく、ストレスなく作業が進んで、予定していた「里芋」と「九条ネギ」の草取りは終わった頃に、ポツリポツリと雨が頬を打ち始めたから、これが潮時と帰宅する。
家に戻り、シャワーを浴びて、作業着の洗濯(案の定泥まみれで)を済ませ、時計を見ると午前7時半・・・作業時間としては一時間程だったようだが、ま、気が晴れたと言うか脅迫観念から逃れられたと言うか・・・

かなり雨脚が強かった雨も、小一時間ほどで止んだ。
たった一時間ほどの作業で気が晴れるというのに、何故にこんなに億劫にするのだろうか、実際は年の所為で体力・気力が落ちているに間違いないが、今は、一応、「あまりにも雨が降るから気力が萎える」という事にしておこうと思う、まだしばらくは草と格闘しなけrばならないから・・・ね。

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たまには目をつぶって・・・と

2022-08-07 11:07:25 | この頃思う事

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毎年、種が落ちで自発的発芽する「トレニア」が、今年も、庭中に咲いている。
でも、今年のトレニアは、葉の勢いは強いが、咲く花の数が少ないように思えるのは気のせいだろうか・・・まぁ、すべて自然にお任せなのだから、だんだん原種に近くなっているのかもしれないよね。

 

 


 

8月6日だったか毎日新聞「心の眼」欄(佐木理人氏著)で、無声映画を活動写真弁士の語りとピアノの生演奏で楽しむイベントが紹介されていた。
その文中に・・・視覚偏重と言われる今の時代、たまには目をつぶり、いつもと違う世界を感じてみる。そんな体験ができる場の広がりに期待している・・・というのがあって、はたと思い当るものがあった。

日頃から、あまり映画を見ることが少なかったのに、無料の映画配信アプリ(期間限定)に引かれて、約一月間、連日、映画鑑賞三昧に陥り、有料で継続しようかとも考えたけれど、いやいや、何を観ようという目的もない、ただ、暇な時間を費やすのに打ってつけ・・・ぐらいの感覚しかないのに、画面上に映像がない事に耐えられない自分を発見した、これって依存症?・・・で、それを振り切るがごとくに配信を解約した。
その後一週間、TVでニュースと時折ドラマ(映画)を、メールとブログはPCで、とけじめをつけたつもりが、TVもPCも退屈極まりないというのは何故?という訳で、「Netflix(映画が多いという事と、月額料金が安かったから)」の契約した。
つまり、すっかり、敵(配信業者)の罠に嵌ったのである。


「心の眼」欄の「たまには目をつぶって」との表題に「ドキッ」として、文章の内容を読むと、あぁ、私の今の状態の事では無いなと確認したものの、やはり、今の私は「目だけを開けているだけで、耳も心も閉じている」状態だと知ったのだ。
TVのニュースで映像は目にしていても内容(音声)は無視(聞きたくない)しているし、映画を見ていても面白くない箇所は飛ばしているし(内容に関わらず、自分の好みでない俳優が出ると絶対飛ばす)、第一、映画の筋書き(内容)に至っては、殆ど、記憶に残らない(というより一方的に削除しているのかも)。
ただただ、目の前で動き回るものを追っているに過ぎないのが実情。

「たまには目をつぶって」、つまり、TVもPCも電源を切って、この暑さの中であっても、かすかに、でも確実に、忍び寄ってくる秋の気配を感じ、聞き取ってみるのが必須だよ・・・という警告のように思えるのである。

 

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