IZUNOHANA’s blog

     後期高齢驀進中者の戯言

体重の管理は万全?

2023-10-29 10:08:39 | この頃思う事

何故か「ススキ」が好きである。

箱根に「仙石原」と言う一面のススキが原があって、よく先輩友人がドライブに連れて行ってくれたが、その先輩友人も90歳を超えて入院中、もうその思い出さえ残っていないかも・・・と思うと少し寂しい。
富士山裾野一帯には、自衛隊の訓練基地が所在し、見渡す限り何もない、唯々広い野っぱらに戦車の走行跡が残っていたりの中で、「仙石原」は一般人も居住出来るところなので、晩秋に箱根方面に出かけた折には、必ず、訪れていて、一面に風になびく「ススキ群生」に魅了され、しばらくの間、車から出て佇んだものであった。
そこには、確かに、風に靡く「ススキ群」は存在している・・・が、私の心の中には、ススキが原一帯に「諸行無常感」が漂い始めて、いつの間にか己の欲も得も排除され、風景の中に埋没している自分自身を発見することとなる、あるのは自身の「無力感」なのに、何故か束縛からの「解放感」もある・・・そんな感じが私には心地よいと思えるのだろう。

上記写真は、「仙石原」ではなく、ご近所にある農業担い手(地元での幼友達だったが、現在は離農と共にこの町からも去った)が「放棄した田圃」であり、今はただ、「ススキ群」が茂っているのみの田で、我が気持ちに漂う「無常感」は、若しかすると、この田圃を放棄せざるを得なかったかつての友(地主)の「世の儚さ」感を、勝手に引き受け、過剰に反応して浸っているだけなのかもしれない、だから「仙石原」と少し違う「無常感」。



 

 

ここひと月ぐらい、他人様から見れば、何とバカバカしいと思われるような悩みの中に落ち込んでしまい、何もかも決断を下すことが出来なくなって、迷いに迷っていた。
だが、決断を下せないという状態の中の自分自身が許せなくて、最良の決断ではないと自認しつつも、一応の決着をつけた(ま、少々のご意見も頂いたが・・・)。
世に完璧は無い・・・と、自分を騙すのだが、そこから抜けるのにも、一日掛かかりで、何とも、諦めの悪い性格になったよな・・・とも思うが、まぁ、それも受け入れよう。

 

で、もっと心から踏ん切りをつけるために、友人に連絡して「少々しゃれたランチ」に誘ったという次第。
このレストランは、私には何がどうなのかはよく分からんが、「イタリアンコース料理」だそうだ。

勿論のこと、我が愛用の1000円のランチとは違うものと分かるが、ホントのところで、味の良し悪しは分かりません!だから、食事中に、地ビールを2本を空けました。
とは言っても、2時間程も、友人とあれこれ(他人様には全く意味のない)忌憚のない話が出来たことは、心中から迷いを遠ざけられたと感じている。
やはり、無駄話であってもオシャベリは大切な事なんだよね・・・と確信する。

レストランのある地方は「天草(てんぐさ)」の産地として有名である、現在では「天草」そのものより、加工された「心太」として販売しているので、早速、自分の分と姉の家へのお土産(私が遊んでばかりだからそれの言い訳で)として購入した、3000円くらいだったかな?姉に「心太」を渡したら、ご馳走様と言いながらも、我が家では好きな人がいない・・・なんて事を言うのだから、ホント、みやげを買う気力も無くなるというもの、まぁ、好みを強制できないし、仕方ないし・・・とこれも素直に受け入れる。
友人のランチ即反応のお陰で、バカみたいに悩みに悩んだ件も、消し去ることは不可能なものの、脳細胞の一番下に埋め込めたはずで、再び、「決断出来ない症候群」が発症して来ないことを願うのみ。

今朝(29日)は、昨日購入した「心太」を主食として、「野菜ジュース」と「珈琲」でお腹を満たす。
暫くはこの朝食が続くが、最近、随分と体が.重くなってきた(つまり太ったという事)ので、丁度イイ機会になるかも知れないと思っている。

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とうとう「喜寿」を迎えました!

2023-10-24 09:15:10 | この頃思う事

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もう、数十年前(私が家を離れている時期だったので詳しい事は不明)から、我が家の入り口には「金木犀」が植えてある。
15年前に我が家に戻って来た時には、既に、結構、大木と言えそうな程に大きく茂っており、周辺の庭木や草花にも影響して邪魔な存在になっていたので、思い切って(密かに、枯れてもイイやと思いながら)木の丈を半分くらいでのところで切り落とした。
その木は、今では当時に負けないくらいの大きさに成長を続けている。
季節の香りを楽しめる喜びと同時に、またもや、清々と切り落としたい気持ちが頭をもたげてくるのである。

 

 


 


10月24日で満77歳となった、そう、所謂「喜寿」を迎えたという事。
「喜寿」を迎えた朝、一番に感じたのは・・・とうとう「喜寿」なんだ・・・だった。

かつて「還暦」や「古稀」を迎えた時には、特に気になる思いもなく、ま、「節目」を順調に経過したぐらいにしか感じていなかった。
が、「喜寿」に到達した今、まず、思いに至ったのは「あと何年生きられるのかなぁ」だったのだ、つまり、ただの経過点通過と言う感覚ではなく、事務的に言うならば「我が生命の償却可能年数」とでも表現しようか・・・つまり、購入した資産は、日々、目減りはするけれど、ある一定の%の価値が、その物を完全に廃棄処分するまで残っている(残存価格という)ことを考えると、では、私と言う人間の残存価格(値打?)は如何ばかりかな?と、この「喜寿」到達で、急に意識し出し思考する、でも、迷走している。
我が家の系統としては、案外長生きだと思っていて(正確に調査はしないが・・・)、自分自身でも、口では「いつ死んでもおかしくない歳」と言いつつも、では、我が生命の残存年数はどのくらいあるのかなんて真剣に考えたことが無い、そう、何となく、自分も長生きするのではないか・・・と思っているだけなのだ。
今現在で償却期限の終わった私にも、多少の残存価格(価値)があるとしても、この先不明な残存生命年数を消化するうちに、すべて消失してしまうような気がする、若しかするとマイナスにだってあり得るし、それも悲しい、でも、だからと言って・・・とかね。

そんな意味もない迷走をしていること自体がオカシイのかもしれない。
ただ、この迷走するの中で、一つだけ明らかなものは、「不明な事に迷い込んでもイイ事無いよ」という事だ。
「喜寿」に到達した今、他人様からではなく、私自身が価値を認めていることを、日々、維持する努力が大切なんだ・・・と、自分に言い聞かせた。

      白ワイン(シャルドネ)

自分で「お祝い」しようと、久しぶりに「ワイン」を購入した。
飲みたい気分から遠ざかっていたのに、一口味わい、美味しい!と思えて・・・長生きしそうな気もする一方、何とな~く、それも困るし・・・と思ってしまった私である。

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順調に「雑草取り」が進んでいます!

2023-10-19 11:43:22 | この頃思う事

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我が家のご近所さん達は、以前では、大体「農業専業者」だったが、ご多分に漏れず、高齢化社会(所謂、三ちゃんちゃん農業化)で働き手が歳を取り、農業を専業とする家が少なくなって、空いた畑の片隅が花壇となり花の種類も増え、その面積も、年々大きくなって来ているようだ。
そのご近所さんの畑に咲く、秋には必需の「コスモス」だが・・・「コスモス」も、美しさを維持するのは、結構、管理が必要であり、私はその栽培権利をとうに放棄し、もっぱら、ご近所さん産で楽しませて貰っている。

 


 

 

10月に入ってからは、涼しさの為なのか、草取り義務感の為にか、気持ち的に高揚感が維持されていて、今月中には草取りを済ませたい・・・という思いと我が体力とが併存・調和している気配がある。
そこで、朝、起床すると同時に農作業着に着替えて(朝食は食べたり食べなかったりだが)、ともかくも畑に向かうのを日課とした。
その日の体調で、一時間程だったり2時間だったりと、持続時間はまちまちだが、畑の花壇の草取りは、ほぼ順調に片付いていった。
そうなると、草茫々の畑を見るのと違って、整備された花壇を眺めていると、あれこれと次の作業が脳裏をかすめて、意外に欲も出て来て、12月に植え替えしようと思っていた「水仙(春に球根を掘り上げて置いた)」を花壇への植え替えも2か月早く終了した・・・いやいやぁ、やっと今年の作業が完了した・・・と、たいした作業でもないのに肩の荷が下りると同時に達成感すら感じる。
だからと言って、今年中、花壇の手入れは何もないという訳ではないのだけれど・・・最近では、目先にぶら下がっている物の一つでも完了すると、ホント、心の底から安堵感を覚えるようになった、どこかに、明日のことは分からないという思いがあるんだなって感じかな?
とりあえず花壇の手入れはこのままを維持(実際は何もせず)し、空いた時間で、少し庭木の剪定をしようと考えているが、ま、これも、体調と気力次第になるだろうな。


おおよそ10月の予定は9月末頃に、11月は10月後半に予定を組む・・・という具合に、あまり先の長い予定は立てないことにしている。
というのは、最近は自分だけの体調で予定を立てられない場合が多くなって来たからだ。

半年毎に様子拝見でご自宅を訪ねていた先輩友人(90歳超え)は、この春から入院をしており、コロナ渦の為か、家族以外は面会出来ないとかで・・・もう前回の訪問から一年も会えずにいる。
で、先日、先輩友人の娘さんにご様子を伺ったところ、まだ入院中であり、一応元気だけれどよそ様との面会はいまだに出来ないそうだ。
とりあえず10月に訪問をと予定していたが、ややもすれば、このまま、もう会うことなくお別れもあり得ると考えている。
そんな時、他の町に嫁いだ同級生(我が家の近くに住んでいた親戚)から電話が来て、手術をするかもしれないので病院(我が家の近隣に所在する大学病院)で検査中だが、もしかすると手術に耐えられないかもしれない、だからその前に会えるならば会いたいと言うのである。
私は、「手術するかどうかは検査如何で決まるんでしょ?その結果が出たら、その時また電話をして。どうしたら貴方にとって一番良いかを、その時に判断するから」と伝えた、で、現在、その電話待ち。

こういう出来事を苦にしている訳ではない、が、予定が急に変更になること、全く予定に入れてないことが起こることなど、でも、これらの避けようもない出来事が日常的になって来ているのも事実。


予定したことが何の問題なく完了できた・・・という「達成感」は、ある意味、「安堵感」でもあるようだ。

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「中華料理と私」の因果関係?

2023-10-13 08:53:42 | この頃思う事

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以前には、花壇の縁取りとか道の堺目などに、纏めて植えてあった「タマスダレ」だが、ご多分に漏れずの放置状態という管理不足をしているうちに、その数がだんだんと少なくなって行った。
現在では、庭や花壇のあちこち、一株、二株とランダムな状態で生き残っている。
派手な花でもないから開花していても気が付かない時があるけれど、ある時、突然にその余りにも鮮烈な白色の花が目に飛び込んで来て、何か、神がかったような貴重な瞬間を目撃した感じになるのである。

 


 

        久しぶりに食した中華料理晩餐メニュー

                             (別途にグラスワインを注文)


元々が「中華料理」は好きだったと思う。

私が働き始めた昭和40年代には、現在より街のあちこちに「中華食堂」があり、結構、我が田舎であっても「中華レストラン」も存在して、偶に贅沢な食事をしたい時など、数名で、ディナーを催したりしていた。
その後、私も、中国旅行を楽しむようになった時、海外旅行での大事なポイントである食事に何の問題もなかったことが、さらに十数回と中国旅を重ねられた要因の一つ(中国での町中華は、日本にある中華レストランとは明らかに味覚は違ったが、何故か、私の口に合っていた)だったと思う。

数回の引っ越しをしたけれど、電車を利用すると、案外、横浜に近かったことで、一人であっても「横浜中華街」に出向いて、街をぶらつきながら、ランダムに選択した店で、軽いランチを取るという楽しみを続けた。

何時頃からだったか、その「横浜中華街」の風景が一変し、のんびりとしたノスタルジックな空気が無くなり、人々が騒がしく行き交う街になってしまったのに耐えきれず、横浜通いを止めてしまい、それに伴い、「中華料理」に対する私的な思い入れも自然と消えてしまっていた。
その後帰郷した故郷では、「中華食堂」も「レストラン」も少なくなっており、ほんとに偶に、ランチをする程度となり、ディナーなどで利用することは皆無となった。


今回、先輩友人の「ありがとう晩餐会(食事会)」を開こうと思った時、何故か、「中華でディナー」で締め括ろう・・と思い付いたのである。
それは、単に中華料理を久しく食していないという事もあるが、ある一方では、自分自身の心の整理もしたいのもあったように思う。
いつの間にやら中途半端になっていた私の「中華好き(=中国好き?)」に一応のケジメをしたかったのだ。
昨今の中国情勢を見る(聞く)につけ、私の好きだった中国はもう過去なのだと承知しながらも、どこかにノスタルジーを求めている自分がいる・・・それは、結構、切ないもので、そんな思いにもケジメを付けたかった(但し、私には中国人の友人がいるから、すべてをクリアする積りは無い)。


久しぶりの「中華ディナー」を、心行くまで堪能できたことで、すごく心が軽くなった、若しかして、ケジメが付いたのだろうか・・・厳しい現実を認識しつつ、長年、魅了し囚われていた過去を、心地よい満足感と共に整理できたと、今はそんな感じ。


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先輩友人が「運転免許証返納」する

2023-10-10 16:44:35 | この頃思う事

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屋敷内には、2カ所に「ムラサキシキブ」を植えてあったが、ちょい日陰に植えたあった木は、かなり大きく成長し見栄えも良くなっていたけれど、いつの間にか、枯れてしまったようだ。
残された一方の木は、日中の日差しが、結構当たる場所に植えてある為か、紫色の実を付ける頃になっても、わさわさと葉の勢いが良すぎて、どうも「ムラサキシキブ」に秋を感じる・・・という風情には程遠く、ま、何と言っても、原因の一番は「手入れ怠っている私自身」ということなんだろうと思っている。

 

 


 

 

17年前に、東京から故郷にUタ―ンすることを決めた時、一番に切なかったことは「都会から離れる」という事実だった。
若い頃から、自分の生まれた土地が嫌いで、なんとしてもここを離れたいという思いだけで、後先考えもせず、若しかしたら都会への転勤の機会があるやもしれずとまず近隣の街にある全国的(海外にもあった)に支店のある企業に就職したが、この希望はものの見事に外れ(当時、女子職員の転勤は無かった)、ただただマンネリと日を過ごすのみだった。
それでも、せめて街に住もうと転職と引越、それから県外へ転職と引越、さらに東京へと転職と引越と繰り返し、念願だった都会の暮らしを、精神的には何の不足もなく(金銭的は厳しかったけれど)十分に満喫したのだった。
実家の事情と言う事もあっての帰郷ではあるが、その快適な都会暮らしを止めてしまう事に未練たらたらであったのは間違いのない事実。
我が故郷の平和と言えば平和であり、穏やかな町であったけれど、自分勝手な感想ながら、実に変化の無い、刺激の無い日常が繰り返されているだけだったのだ・・・もう、退屈と言うしかない状況の中で、私はストレスにまみれていたと思う。

そんな時、退屈しのぎと通い始めた「市民生涯学習」で知り合ったのは、私より5歳年上の先輩友人だった(今思えば失礼な話だが、その時は年齢不詳だったので、私は同年齢のように接していた)。
先輩友人は、当時も専業主婦だったが、大人しく控えめな性格だけれど、車の免許も持っていて(田舎住まいには必需?私にとっては申し分ない)外出も億劫がらない人だったので、私が気楽に声をかけると、二つ返事でどこへでも同行してくれた。
ランチやお茶、時折はしゃれたレストランでの食事、コンサートに美術館、更には、東京への買い物等々、よく連れだって出かけ、いつの間にか15年も経過していたのである。
私にとっては、神様のような存在だ(救われたという意味で)・・・もう退屈で退屈で、半分死んだような生活から抜け出す機会を貰えたことに感謝しかない。
そんな風に、珈琲タイムや食事などを繰り返していくうちに、私も、気分転換できて田舎暮らしになじんでいったと思う。


その先輩友人は、この秋、「運転免許証返納」を決意したと言う。
これから車を運転しなくなっても、人生は続く、その人生を楽しむ為、前向きな行動を起すことに私は協力を惜しまない積りだし、自分自身が楽しむことは好きだから何時でも声をかけてほしいと伝えた。
多分、今までのように速攻という訳には行かないだろう、時間も手間も必要かも知れないが、じっくり思い出作りを続けようと話した。


その締め括りというか新たなスタート祝いというか、明日、先輩友人を「今までありがとうの晩餐会」に招待した、久しぶりの「中華でディナー」・・・私および先輩友人共々、これからも良い人生を送れますことを・・・





 

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宿願?の草取りを開始しました!

2023-10-06 10:37:37 | この頃思う事

 

この夏を彩ってくれた「おしろい花」も、さすがに最終に掛かって来たので、思い切って片付けることにした。
一応、「濃いピンク」「標準のピンク」「薄いピンク」の3種類の花色があったが、それぞれが、少~し、咲く時期がずれていて、「3種咲き揃い」という訳には行かなかったけれど、咲いている時期も案外長くて、十分、楽しむことが出来たと思っている、でも、種を取っていないから、来年、自発的に芽を出すものにどの花が咲くのかは、殆ど、賭けのようなものだが、それも楽しもうと思う。

 

 


 

畑の花壇の草取りを10月3日と10月5日の2日間に、それぞれ2時間程の作業をした。
もう強制的に・・・というより、やらねばならぬという強迫じみた圧力をかけてであった。

毎日畑に出向き、草茫々の花壇を見つめて、このままの草畑でいいのか、このまま放置していられるのか・・・と自問自答を重ね、いやいや、このまま放置したって誰も手を出してはくれない、自分がやるしかないのだよ、もっと放置し続ければ、結局、自分が大変になるだけ・・・と、重い重い腰(というより思い重い心)を叱咤激励して始めたという次第。
開始当日に、日課の犬の散歩をしていた同級生が通りかかり(午前7時頃)、「よくやるねぇ」と声を掛けられた。ホントのところ、声を掛けられるだけても、やる気が失せそうで・・・「嫌だけれど仕方ないのよね、自分がやるしか無いからね」と、我がテンションを意識的に引き上げて答えるのみ。

それから1時間余で作業を終了し帰宅・・・シャワーを浴びて、作業着を洗濯をして、珈琲でブレイクタイム後、バタンキュー。

翌日は雨だったので、大手を振って、今日は休養日・・・となった。

で、翌々日・・・昨日の雨で、まだ地面は乾いていないだろうと思ったが、今日も休養すると、また、暫くは行動を起せなくなると感じたので、奮励努力し、かなり強制圧迫して畑に向かった。
今日は、春に挿し芽をして地に植え替えた「小菊」の救出し作業に取り掛かるが、草を取り除いた時、ホントに成長貧弱な「小菊たち」の姿が現れる度に、如何に、花に対する愛情がイイ加減だったかと反省するのみで、心が痛む(上記画像参照)。
夕刻に出直し、小菊に追肥する・・・もう遅いけれどね。
ざっと見渡しても、花壇が花壇らしくなるには、まだ2日乃至3日は必要だろうと目算する。

で、本日・・・あまりにも寒い朝にすべての気持ちが挫けてしまった。
だから、本日は休養日。
多分、次回は来週になりそうな気配がするが、前半には、ランチの予定が、2回、入っているから、作業は後半だろうな(これもやる気が続いていたならばの話)と、ホットミルクを啜りながら考えている。
何しろ、こんな具合に考える時間が多くなっている・・・「人間は考える葦である」と言い訳の用意もあるが、何とも空々しいというのが現状の私なのである。

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十月、神無月です!

2023-10-01 10:17:58 | この頃思う事

「酔芙蓉」・・・上段画像:AM8:44撮影 下段画像:PM3:29撮影

鉢植えにしてある「酔芙蓉」を花瓶に飾っていたら、随分と根が伸びて来た、そのまま捨てるのはかわいそうに思い、畑の隅に植えて置いてから、3年か4年?経つが、かなり成長し、花をたくさんつけてくれる。
でも、畑にあるので、ちょうどいい開花時を観ることが出来ない(忘れるから)が、思いがけず、開花に遭遇すると、すごくラッキー!な気分になる・・・「大自然に癒される」って、こういう事?

 

 


 

     

十月、「神無月」である。
爽やかな秋空の下には、この夏に手つかずで放置したままの花壇があることに、「ため息と焦り」を感じる(上記画像参照)。
そもそも「神無月」とは、「八百万の神々が出雲大社に集まり,他の地には不在になる月」だそうで、我が身辺にも神の存在があり、程よい解決策を講じてくれる・・・など期待してはいけないのだと、既に諦めの境地にいる。
とは言うものの、神や仏がいないからって、この花壇を放置したままと言うのは、明らかに神への冒涜(大袈裟でスミマセン)であるから、ともかく、10月第一週から、花壇の草取りを開始する覚悟をした。



「十月」は我が誕生月であって、月後半には満77歳となる。
私自身は、基本的に、年齢にこだわる気持ちは殆ど無い、だから、年齢で行動(決断)が変わることも無い。
が、しかしである・・・心とは裏腹に身体が動かない、疲れる、興味が湧かない、持続しない・・・のが、紛れもなく事実であると認識せざるを得ないようになった。
2、3日前のこと。
知人に、一日でも早く、どうしてもお届けしなければならない物が有り、歩いては行けないし、タクシーを呼ぶのも面倒だし・・・と、いろいろ難癖をつけ迷っていた時に、ふと、車を持っている友人を思い出し、時間があったら同行してほしい旨を話すと、二つ返事でOKを貰った。
その帰り道、お礼にと、珈琲でもおごると言うと、「だったら行きたいところがあるけどいいかな?」と言う・・勿論、どこでOKなのだが、その場所が、私自身が何となく予想していた場所より遠くて、心の内で密かにビビったのが本音で。
こんな具合に、ちょいエネルギーが不足していることを実感し、その調整に、結構、難儀しているのだ。


小さな出来事であっても、ほんの少しずつ、思いの「狂い」と言うか「距離」と言うか、現実との差を認識するようになった。
だから、おとなしくお家にいれば・・・という事も出来ないのも事実。
どうも、これからは自分勝手に思うままに振る舞う・・・ということには行かないだろうと認識はある。

誰かのお世話になることもあり、誰かをお世話することもあり・・・そんな風にして、だんだんと人間らしく変化して行く自分(今までは、大きな顔をして「私は人間」と言えない状態であったしね)を感じ始めている・・・これって、やはり「老境の域に達した」ことなのかね。

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