見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

2025年3月展覧会拾遺

2025-04-02 23:42:21 | 行ったもの(美術館・見仏)

荏原畠山美術館 開館記念展 II(破)『琳派から近代洋画へ-数寄者と芸術パトロン:即翁、酒井億尋』(2025年1月18日~3月16日)

 開館記念展の第二弾として琳派の歴史を彩る名品が勢ぞろいし、開館記念展Ⅰにつづき、即翁の甥で、荏原製作所社長を継いだ酒井億尋の近代洋画コレクションを紹介する。私は鈴木其一の『向日葵図』が久しぶりに見たかったので、後期を待って出かけた。向日葵は17世紀に日本にもたらされた植物で、絵画化された早い例には抱一の作品があるという。今、ヒマワリを絵に描くなら、花の中心部を茶色で塗ると思うのだが、其一の向日葵は花全体が黄色で、中央は少し緑がかっている。まっすぐな茎と合わせて、可憐で瑞々しい。

 抱一の『十二ヶ月花鳥図』も堪能した。茶器は光悦の赤楽茶碗『銘:雪峯』と『銘:李白』を見ることができた。前者はわりと厚手、赤楽というけどほぼ茶色に白い釉薬が流れている。大きな火割れに施された金粉漆繕い(金継ぎではないのだな)が稲妻のよう。後者は桶みたいにずん胴で、つるんとした造り。酒樽に見立てた命名だろう。

根津美術館 特別展『片桐石州の茶:武家の正統』(2025年2月22 日~3月30日)

 片桐石州(1605-1673)は大和国小泉藩第2代藩主であり、武家を中心に広まった茶道・石州流の祖。茶道史上に極めて重要な位置を占めながらも、これまで注目されることが少なかった石州と石州流の茶の湯を顕彰する。私は石州の名前はほとんど知らなかったので、小堀遠州や鳳林承章との交流の跡を見て、あの時代の人か、と納得する。そして松平不昧や井伊直弼も石州流の系譜に位置づけられている。展示室5は季節もので『百椿図』。展示室6の『春情の茶の湯』は、ほのかな春の兆しを感じさせる道具がどれもよかった。

目黒区立美術館 『中世の華・黄金テンペラ画-石原靖夫の復元模写:チェンニーノ・チェンニーニ「絵画術の書」を巡る旅』(2025年2月15日~3月23日)

 石原靖夫(1943ー)が1970年代に制作したシモーネ・マルティーニ『受胎告知』の復元模写と周辺資料を展示し、テンペラ画の技法と表現の魅力に迫る。特に金箔の黄金背景に、顔料を卵黄で練って描き上げていく「卵黄テンペラ」は14世紀から15世紀前半のイタリアで発展した“中世の華” というべきもの。ちょっと他で見たことのない展覧会で、とても面白かった。同館では、過去に石原を中心としたテンぺラ画のワークショップも開催しており、その受講生の作品も展示されていた。テンぺラ画は非常に手間のかかる技法で、その工芸的な不自由さがかえって魅力的である。

東京国立近代美術館 『美術館の春まつり』(2025年3月13日~4月6日)

 春なので「MOMATコレクション」展を見て来た。10室では恒例「美術館の春まつり」に合わせて、花を描いた作品を集めて展示する。川合玉堂『行く春』、菊池芳文『小雨ふる吉野』など、毎年おなじみの作品なのだが、必ずこの時期に見ることができるのは嬉しい。「明治の中ごろ~」の部屋に出ていた小林古径『極楽井』もよかった。小石川伝通院裏の宗慶寺にあった極楽井の水を描いたとさせ、佇む少女のひとりは、イエズス会の紋章「IHS」を象った模様の着物を着ている。小杉放菴(未醒)『羅摩物語』はインド風の豊満な肉体の女性たちが描かれており「ローマ?」と首を傾げたら、『ラーマーヤナ」の「ラーマ王」だった。こういう戦前のエキゾチック趣味には惹かれる。「風景の誕生」や「シュルレアリスム100年」などの個別テーマも興味深く、「『相手』がいる」と題された戦争絵画を毎年この時期に見直すのもよい経験になっている。

國學院大學博物館 企画展『江戸の本屋さん-板元と庶民文学の隆盛-』(2025年2月22日~4月20日)

 今年の大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』を、今のところ期待どおり楽しんで見ている。そして各地の博物館で、江戸の出版文化をテーマにした展覧会が次々に開催されているのが嬉しくてたまらない。本展は、江戸戯作群の製作、出版、販売を担った本屋の活動を概観するとともに、甘露堂文庫(伊藤孝一旧蔵)と小柴文庫(小柴値一旧蔵)の江戸戯作コレクション蔵本を展示する。私はいちおう日本文学を学んだので、蔦重、須原屋くらいは知っていたが、鱗形屋孫兵衛とか鶴屋喜右衛門の名前に、おお!と目が輝いてしまうのは、全く大河ドラマの影響である。冒頭に「大本」「中本」「半紙本」などの版型が並べてあったのも楽しかった。

国立公文書館 令和7年春の特別展『書物がひらく泰平-江戸時代の出版文化-』(2025年3月20日〜5月11日)

 江戸時代の出版文化に着目し、近世文学作品を中心に、江戸時代に特徴的な版本の数々をご紹介する。ここでもやはり、須原屋や鱗形屋の刊記にしみじみ見入ってしまう。あと『江戸買物独案内』から書店の案内がパネル写真で紹介されていた。これは国立国会図書館のデジタルコレクションにあるはず、と思って見つけたものの、どのぺージを見ればいいのか分からない。初めからぺージを送っていたら「いろは順」の「ほ」の部(本屋)に出て来た。「書物問屋」を名乗る店と「書物/地本問屋」を名乗る店がある。「小伝馬町二丁目/書物問屋/新吉原細見板本/蔦屋重三郎」の記載もあるが、これは文政7年刊行なので後継者。そのままぺージを送って、銘茶所やら紙問屋やら煙草問屋やら、飽きずに眺めてしまった。

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東京へようこそ/青池保子展(弥生美術館)

2025-03-31 22:30:20 | 行ったもの(美術館・見仏)

弥生美術館 漫画家生活60周年記念『青池保子展 Contrail 航跡のかがやき』(2025年2月1日~6月1日)

 1963年、15歳でデビューした青池保子(1948-)の漫画家生活60周年を記念する展覧会。緻密なカラー原画とモノクロ原稿、約300点(前後期の合計点数)を展示する。2023年の秋、神戸市立小磯記念美術館で参観した展覧会だが、東京で開催されるのが嬉しくて、また見てきた。

 私が少女マンガを熱心に読んでいたのは70年代から80年代前半で、青池先生の作品でいうと「イブの息子たち」「エロイカより愛をこめて」の時代。ただし私は集英社&白泉社びいきだったので、青池先生が執筆していた講談社・秋田書店の雑誌には縁がなかった。けれども、上述の2作品は、マンガ好きの友人の手から手へまわってきたように記憶している。あと「エロイカ」のスピンオフ的な「Z(ツェット)」が愛読誌「LaLa」(白泉社)に掲載されたときは嬉しかった。あれは本当に例外的な執筆だったんだな、というようなことを、作者の年表を見ながらしみじみ思いめぐらせた。

 青池作品は、ストーリーも面白いし、登場人物も魅力的なのだが、こうして展覧会で見ると、とにかく絵の巧さが際立つ。色彩の美しさ、デザインの緻密さ。時には中世絵画を模し、時には帆船や戦闘機の硬質な美学を追求する。有名な美術作品のパロディもあって、「エロイカ」の伯爵が、ゴヤの「アルバ侯爵夫人」(黒のドレス)に扮して、地面の「Solo Eberbach」の文字を指さしている図のウィットとセンスには笑ってしまった。

 残念ながら会場内は撮影禁止だが、一部撮影可能な作品がある。これは東京会場向けの描き下ろし。

 これは下関会場向け。青池先生は下関出身で、デビュー前に同郷の水野英子さんに会いに行っているそうだ。好きな漫画家は水野英子、望月あきら、松本あきら(松本零士)だったというのが、時代と傾向を感じて興味深かった。

 併設のカフェ「港や」で展覧会コラボメニューの「いのししカプチーノ」と「カルトフェルトルテ」(ドイツ伝統のイモケーキ)をいただき、特製コースター2種類もGET。ランチタイムの少し前だったので入れたが、展覧会帰りのお客さん(一人ないしグループの女性客)で賑わっていた。

 「港や」、この季節は向かいの東大キャンパスの桜が窓いっぱいに見えるのだな。むかしは職場の昼休みにランチに来たこともあるので懐かしかった。

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おまけに蔦屋重三郎墓碑拓本/豊原国周(太田記念)+歌舞伎を描く(静嘉堂)

2025-03-28 23:53:45 | 行ったもの(美術館・見仏)

太田記念美術館 生誕190年記念『豊原国周』(2025年2月1日~3月26日)

 終わった展覧会だが書いておく。2025年が豊原国周(とよはら くにちか、1835-1900)の生誕190年となることを記念した回顧展。国周は幕末から明治にかけて役者絵の第一人者として君臨し、月岡芳年や小林清親らと並ぶ人気絵師として活躍した。芳年や清親に比べて紹介される機会の少なかった知られざる巨匠・国周の画業を約210点の作品で紹介する。

 正直、私は名前を聞いてもピンと来なかったが、作品を見ていくと、ああこの絵柄の人か、と分かるものも多かった。やっぱり魅力的なのは役者絵である。細い眉、切れ長の釣り目に小さすぎる瞳、高い鷲鼻、唇の薄いへの字口。こう並べると、国周以外の役者絵にもだいたい当てはまってしまうのだが、最も特徴的なのは極端な三白眼の目かなあ。作り過ぎない躍動感と臨場感のあるポージングもカッコいい。髪の乱れ、着物の柄や背景も丁寧で、どれも手抜きがない。金目銀目の巨大な蝦蟇を背景にした『天竺徳兵衛 尾上菊五郎』は、むかしから私のお気に入りの作品である。

 明治の歌舞伎界の消息がいろいろ分かるのも面白かった。背広姿で空に舞い上がる気球乗りスペンサーを菊五郎が演じた『風船乗評判高閣(ふうせんのり うわさのたかどの)』は、河竹黙阿弥の脚本で明治24年初演。西南戦争を題材にした『西南雲晴朝東風(おきげのくも はらうあさごち)』では団十郎が「西条高盛」を演じた(面長で美男)。『初代市川左団次の誉堂龍蔵』は美丈夫が雪の中で小さいクマ(子グマ?)を投げ飛ばす図で、近藤重蔵をモデルにした芝居らしい。こういう忘れられた演目を知るのはちょっと楽しい。

静嘉堂文庫美術館 豊原国周生誕190年『歌舞伎を描く-秘蔵の浮世絵初公開!』(2025年1月25日~3月23日)

 初期浮世絵から錦絵時代、明治錦絵まで役者絵の歴史をたどる。冒頭には江戸時代17世紀の『歌舞伎図屏風』(二曲一隻)。解説に「3人の幼女が舞台で踊っている」と書かれていて、え?と驚いてしまったが、室町末期から江戸初期にかけて「ややこ踊り」といって、2~3人の子供が舞台で扇を持って踊る芸能が流行し、これを基に出雲の阿国が「歌舞伎踊り」を創始したと言われているのだそうだ。描かれた3人は(現代語で)幼女というほど幼くはなくて、まあ少女というところ。しかし日本人は、この時代から少女の群舞が好きだったのか。

 浮世絵も、江戸初期の鳥居派から北斎、豊国(国貞)を経て、豊原国周まで、変遷を追える展示になっていた。岩崎彌之助夫人・早苗が愛玩した『錦絵帖』は以前にも見たことがあったが、中身は圧倒的に国周作品が多いのだな。

 なお、今年の大河ドラマにからめて蔦屋重三郎関連資料を展示したミニコーナーが設けられており、その中に『蔦屋重三郎墓碑拓本』があったのにはびっくりした。東浅草の正法寺に建てられたものだが、碑は震災・戦災で失われ、現存していないという。

 冒頭は「喜多川柯理本姓丸山称蔦屋重三郎」で始まる。

 この拓本の由来は特に説明されていなかったが、よく持っていたなあ、静嘉堂。まさかこんなふうに脚光を浴びるとは思ってもいなかっただろう。

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2025桜咲く

2025-03-27 21:19:27 | なごみ写真帖

昨日、3月26日(火)の朝、ようやく窓の外の桜の木に白い花が認識できるようになった。

そして、昨日は1日初夏のように暖かかったので、今日27日(水)の桜はこんな感じ。

窓の外の遊歩道は、大横川の護岸工事のため、昨年夏頃からずっと通行止めだったが、サクラの季節だけは通行止めが解除されたので、久しぶりに人の姿がある。今日は在宅勤務だったので、私も昼時に桜の下を歩いてきた。

ひとつ残念なのは、遊歩道の入口(茶色いビルの前)にソメイヨシノとは別種の、緑の葉に白い花を咲かせる桜の樹があって、薄ピンクのソメイヨシノと競い合うような美しさが好きだったのだが、護岸工事が始まったと思ったら、いつの間にか跡形もなく撤去されてしまった。かなりの大木だったのに。もう戻ってはこないのだろうな。

「年々歳々花相似たり」というけれど、今年の花を来年も拝めるとは限らないのだ。そう思って、目の前のサクラを楽しもう。

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権利と責任の主体/消費者と日本経済の歴史(満薗勇)

2025-03-26 22:28:59 | 読んだもの(書籍)

〇満薗勇『消費者と日本経済の歴史:高度成長から社会運動、推し活ブームまで』(中公新書) 中央公論新社 2024.8

 本書は戦後日本の社会と経済の変化を消費者の姿から読み解いていく。「消費者」という言葉が学問の議論を超えて使われ始めるのは1920年代、さらに一般化するのは1960年代以降だという。

 1946年に創立された経済同友会は少壮の進歩的な経済人から成る団体で(占領政策で大企業経営者が追放された影響)、修正資本主義の構想を持ち、消費者に強い関心を寄せた。大塚萬丈は「そもそも社会構成員は一人残らず消費者である。従って社会における最も普遍的・包括的の利益は消費者の利益である」と述べ、資本家中心の資本主義と労働者中心の社会主義の双方を批判し、消費者の利益を実現する主体=専門経営者の正統性を主張した。この発想は生産向上運動における消費者主権への着眼につながっていく。

 生産性向上運動は、労働者から見れば、労働強化や配置転換、賃金抑制を強いられる側面があるが、「究極において雇用を増大する」とうたわれ、官民の協力が求められた。同時にその成果は消費者・労働者・経営者が等しく享受するもので、経営者は、株主に奉仕するだけでなく、株主・消費者・従業員の「三点の頂点に立つ」自覚が必要とされた。古い考え方だろうけれど、私はこうした経営思想を好ましく思う。

 生産性向上運動が重視した「消費者の利益の追求」は「消費者は王様である」という言葉を生み、消費者団体である日本消費者協会が生まれた。しかし日本の消費者運動はアマチュアの女性たちによるボランタリーな活動が主流で、アメリカのようにプロフェッショナルな消費者団体は育たず、個人の生活自衛をベースにした「かしこい消費者」モデルには「消費者の権利」という発想が希薄だった。この「権利なき主体化」に、商品テストで有名な花森安治が批判的な視線を向けているのが興味深い。

 次に企業の側から、ダイエー・中内功の「バリュー主義」(商品のバリューは消費者の二ーズで決まる)と松下幸之助の「水道哲学」(水道水は生産量が豊富なのでタダ同然=大量生産すれば低価格が可能になり貧困をなくせる)を紹介する。現在の地点から見ると、どちらも危うさしか感じない。松下は「適正利潤の確保」を重視して消費者主権を閑却した結果、公取委の勧告を受け批判を浴びたし、中内による消費者利益の追求は労働者の利益を掘り崩してしまうという指摘に同意する。

 1970年代半ば、消費水準の向上と中流意識の定着に加え、食品公害など、科学技術文明がもたらす根源的な不安を背景に「消費者」から「生活者」への転換が起こる。ただし、この言葉には、消費行動に伴う社会的責任を厳しく問う「生活者」と、画一的な消費を否定し生活様式の個性化に向かう「生活者」という2つの立場があった。これを洗練・先鋭化していくのが、80年代の堤清二である。画一的な大量消費は、環境問題に対する消費者の加害責任の観点からも、個性化に向かう人間的な欲求という消費者の利益の観点からも否定された。

 平成バブルの崩壊を経て、1980年代半ばから日本経済は長期停滞の時代を迎える。産業構造が変わり、サービス経済の比重が高まった結果、持続的な経済成長が困難になった。グローバルな低賃金競争の圧力もあり、雇用の不安定化が進み、格差社会の生きづらさが広がった。景気回復のために必要とされた政策が一連の規制緩和である。政府の諮問委員会の報告書には、規制緩和は消費者の利益になるのに、消費者が不安を理由に自己責任を回避するから規制緩和が進まない、という論調が見られる。消費者団体は、価格の引き下げだけが消費者の利益ではないと反論しているが、実際、万人が納得する「消費者の利益」を定義するのは難しいと思う。

 企業では、1980年代末から「顧客満足の追求」という課題に関心が集まった。ここで紹介されるのは、イトーヨーカドー創業者の伊藤雅俊、セブンイレブンの鈴木敏文など。しかしこの「お客様」志向というのものが、私はあまり好きではない。個人的には、売り手と買い手の間に、もう少し溝というか距離があるほうが、かえって居心地がいい気がする。また、顧客満足の追求は、必ずしも企業成長に結びつくものではなく、徐々に個別企業の持続的成長を難しくしていく、という指摘も覚えておきたい。

 終章には、いま流行りの「推し活」・応援消費がはらむ危険も論じられている。応援消費は、消費論というより、贈与論(互酬性が成立しないと片方のプレッシャーになり、危うい)の文脈で考える必要があるという指摘にも考えさせられた。

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2025桜を待つ

2025-03-23 22:32:31 | なごみ写真帖

今年の2月~3月は旅行と出張続きで、梅も桃も、おかめ桜も河津桜も見逃してしまった。そして、ソメイヨシノは例年より遅いような気がする。我が家の窓の下の大横川では、お江戸深川さくらまつりの遊覧船の運航が始まったが、まだ全く花は咲いていない。

それでも昨日から少し暖かくなったので、清澄庭園を覗いてきた。ちょうど見頃だったのは、梅に似ているが、アンズの花とのこと。5~6月には実が成るらしいので、また見に行こう。

早咲きの寒緋桜(カンヒザクラ)はもう散り始めだった。

かなり気温が上がっていたので、大泉水を渡ってくる風が、笹や竹の葉をそよがせるのが気持ちよかった。

我が家の前のソメイヨシノ、夕方に見たら、糠星のように小さな花が、わずかに1つ2つ開いていた。

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出会い、包み込まれるまで/アメリカ・イン・ジャパン(吉見俊哉)

2025-03-22 22:44:44 | 読んだもの(書籍)

〇吉見俊哉『アメリカ・イン・ジャパン:ハーバード講義録』(岩波新書) 岩波書店 2025.1

 本書は、著者がハーバード大学の客員教授として2018年春学期に行った講義「日本の中のアメリカ」を活字化したものである。ちなみに2018年は最初のトランプ政権の2年目だった。全般的には、日本という小国が、海の向こうの大国に出会い、包み込まれてしまう歴史だが、そこに抗った人々の存在が印象的である。

 講義は、日本がアメリカに出会う「ぺリー来航」の前史から始まる。18世紀半ば、対仏戦争に勝利したアメリカでは「西漸運動」と呼ばれる西への不可逆的拡張が始まる。西谷修は「アメリカ」とは「ヨーロッパ国際秩序」の外部の「無主の地」にもたらされた、〈自由〉の制度空間の名前であると論じているという。そして大陸西岸に行き着いた西漸運動は、さらにその西へ、太平洋へと乗り出していく。

 第1講、ぺリーの遠征。ペリーの使命は、日本を開国させ、アメリカ西海岸を起点とする太平洋航路を開く道筋をつけることだった。ぺリーは、巨大な蒸気船など、進んだ文明を見せつける効果をよく理解しており、日本人は狙いどおりに反応した。ぺリーは遠征前に、可能な限り日本関連の情報を集めて交渉準備をしており、さらに二度の日本訪問を通じて、以下のように結論している。日本という国は「それぞれの組織が相互監視を徹底させて失敗を許さない仕組みを発達させており、内部からの変化はきわめて起こりにくい」。あまりにも的確で、21世紀の日本にも通じそうなので、唸ってしまった。

 第2講、捕鯨船と漂流者について。実はぺリーの遠征に先立って、アメリカの捕鯨産業は日本近海に達しており、日本の漁師たちと遭遇することもあった。土佐の漁師万次郎は漂流中をアメリカの捕鯨船に助けられ、公平で愛情深い船長に才覚を認められ、アメリカ市民としての教育を受ける。このジョン万次郎を論じた鶴見俊輔の著作も読みたい。のちに日本に帰国した万次郎は幕府の小笠原調査に参加するが、小笠原諸島が、船乗りをはじめとする移動民のコンタクトゾーン(無縁無主の地)だったという指摘も興味深い。

 第3講、宣教師と教育の近代。近代日本の私立大学や女子教育は、アメリカン・ボード(海外宣教組織)の影響を大きく受けている。「自国の文明が西洋文明を超えると信じていた中国や中東では、ボードの宣教は必ずしも成功しなかった」という著者の評価には苦笑してしまった。日本は外部の影響力に弱いんだよな。なかなか衝撃だったのは、未読の内村鑑三『余は如何にして基督信徒となりし乎』が、アメリカの拝金主義や人種差別を告発し、真実の「アメリカ」がいかに非キリスト教的であるかを批判した書であるということ。初めて知った。

 第4講、モダンガール。有島武郎の『或る女』を取り上げる。主人公の葉子は、女というものが日本とは違って見られているらしいアメリカを目指して、客船で太平洋を渡るが、結局、上陸せずに帰国してしまう。彼女の不安定な自意識は「アメリカ」でも「日本」でもない海の上に漂い続けるのである。

 第5講、空爆。日米戦争において、アメリカは徹底的に日本を調査研究し、最も効果的な空爆を実行した。一方、日本は「アメリカとは何か」をまるで理解しないまま、無謀な戦争を仕掛けてしまった。この非対称性は、現代でも解消されていないように思う。

 第6講、マッカーサーと天皇。占領下の日本人がマッカーサーに熱烈なファンレターを送ったことはよく知られているが、「日本を米国の属国にして下され」「なるべくならば植民地にしてください」等の文面があったと聞くと苦々しい。日本人は、自分たちがこんなふうなので、かつて日本が占領した地域の住民は日本に感謝しているはずだと考えるのではないか。著者はこうした態度を「要するに権力ある者に一体化していこうとする願望」と要約する。マッカーサーは、最初から東洋人を「勝者にへつらい敗者をさげすむ」人種と見做していたというが、敗戦後の日本人はこの偏見を実証してしまったようで悔しい。

 第7講の原子力、第8講の米軍基地は、著者の他の著作でも詳述されているので省略。第9講は、アメリカの表象としての星条旗、自由の女神、ディズニーランド。自由の女神は、日本以外の国では「自由」「共和国」「独立」「革命」といった観念と結びついているが、日本では、アメリカ的な豊かさやギャンブルやセックスの自由奔放など、通俗的な欲望のキッチュとして受け入れられてきた。1960年代以前のアメリカは、大衆の欲望を投影する先だったが、70年代以降、「アメリカ」は日常的に消費可能な環境として日本人を包み込んでいく。その成功例が東京ディズニーランド。日本人の日常意識が、既に深く「アメリカ」に取り込まれているという指摘は、現下のトランプ政権を支持する日本人を見ても当たっていそうである。今こそ、内村鑑三に学ぶべきかもしれない。

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五大明王と襖絵の寺/大覚寺(東京国立博物館)

2025-03-20 22:53:16 | 行ったもの(美術館・見仏)

東京国立博物館 開創1150年記念特別展『旧嵯峨御所 大覚寺-百花繚乱 御所ゆかりの絵画-」(2025年1月21日~3月16日)

 平安時代初期、嵯峨天皇は嵯峨に離宮・嵯峨院を造営し、空海の勧めで持仏堂に五大明王像(現存せず)を安置した。貞観18年(876)、皇女・正子内親王の願いにより寺に改められ、開創されたのが大覚寺である。来たる2026年に開創1150年を迎えるのに先立ち、優れた寺宝の数々を一挙に紹介する。

 昨年3月の今頃、関西の桜を見に行ったついでに、久しぶりに大覚寺を訪ねてみたら、大変魅力的な仏像(平安時代の五大明王像)があったりして、この展覧会を楽しみにしていたのだが、結局、最終日の駆け込み鑑賞になってしまった。しかし、見逃さなくてよかった。

 展示室の冒頭には、嵯峨天皇像(江戸時代、画幅)と弘法大師像(鎌倉時代、画幅)。『六通貞記』は、空海の実弟にして弟子の真雅が空海の教えを書き留めたもので、「青龍和尚曰」の文字が見えた。青龍寺の恵果のことだろうか。大覚寺は、嵯峨天皇が自ら書写した『勅封般若心経』を伝えており、60年に一度、戊戌の年に開封されるのだそうだ。直近は2018年だったとのこと。知らなかった!

 そして、第1展示室からいきなり巨大な五大明王像が登場。中尊の不動明王と、大威徳、軍荼利は室町時代、院信作。右側の降三世、金剛夜叉は江戸時代の作だが、造形は古作と調和していて、なかなかよかった。「キツネが…」と話している女性グループがいたので、何のことかと思ったら、軍荼利明王が腰に巻いている毛皮にキツネ(?)の顔が付いているのである。これは珍しいのではないか。

 続いて、小振りながら神経の行き届いた技巧の五大明王像(平安時代)が1躯ずつ単立ケースに入れて展示されていた。確か大覚寺の宝物館ではお厨子に納められていたものだ。解説によれば、安元2~3年(1176-1177)に仏師・明円が後白河上皇の御所で制作されたという。御所ってどこ?と思って調べたら、後白河上皇は安元2年に50歳を迎え、法住寺殿で賀宴を開いていた。この五大明王、得物を執ったり、印を結んだりする指先がふっくらして無類に美しい。大威徳明王の(片側)三本足の指先がつくるリズムも肉感的。なお、軍荼利明王の腰の巻物には、やっぱりキツネ?の顔が付いていた。

 隣に並んでいた愛染明王坐像は鎌倉時代の作だが、五大明王と共通する趣味のよさ・品のよさを感じた。愛染明王本体も頭上の獅子冠も玉眼で、清冽な光を放っていた。構えた弓矢(Bow and Arrow)がカッコいい。

 それから、大覚寺にかかわった歴代天皇や戦国大名ゆかりの品々を展示。太刀(名物:薄緑/膝丸)は安井門跡に伝わり、明治維新後に大覚寺に移ったもの。太刀(名物:鬼切丸/髭切)(北野天満宮所蔵)と並べての展示だった。どちらも源氏の重宝である。私は刀剣の良し悪しは全く分からないが、このくらい古いと、いろいろ物語が思い起こされて興味深い。

 後半の第2会場は、広いスペースを大胆に使って、大覚寺の宸殿と正寝殿の障壁画(前期100面、後期103面)を一挙に公開。ふだん非公開の正寝殿「御冠の間」の復元が展示されていたのも面白かった。渡辺始興筆『野兎図』は12面くらい続く明り障子の腰板に、さまざまなポーズのウサギたちが描かれている。これをぬいぐるみキーチェーンにしたグッズは大人気で、最終日には完売していた。

 渡辺始興は他にも雪景山水図や竹林七賢図の襖絵を描いているが、私が気になったのは、むしろ狩野山楽。展示サイド的には『牡丹図』18面が推し(確かに豪奢で美しい)のようだったが、『竹図』『紅白梅図』などのほうが山楽らしさを感じられてよかった。へえ~大覚寺ってこんなに山楽を持っていたのか、と思ったら、近年の研究の進展で山楽筆と認識されたものも多いそうである。

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2025年3月関西:大阪市立美術館、大和文華館

2025-03-16 23:49:11 | 行ったもの(美術館・見仏)

大阪市立美術館 リニューアルオープン記念特別展『What’s New! 大阪市立美術館 名品珍品大公開!!』( 2025年3月1日~3月30日)

 2022年春の『華風到来』展から、2年半に及ぶ休館期間を経て、リニューアルオープンを記念する特別展。施設の印象は既に書いたので、本稿は展覧会そのものについて書く。会場は1階に2つ、2階に2つ。各会場がさらに複数の展示室の連なりになっており、考古から近代絵画まで、幅広い分野の作品約250件を一堂に展観する。ボリュームとクオリティは、国立博物館の常設展示並みかそれ以上だと思う。

 第1会場は近世の風俗画から。田万コレクションの『洛中洛外図屏風』(江戸時代17世紀)、こんなのも持っていたんだっけと驚く。そのほかにも『寛文美人図』『舞妓図』『扇屋軒先図屏風』など。江戸初期の風俗図が好きなので嬉しい。今年の大河ドラマで名前を覚えた磯田湖龍斎の『秋野美人図』にも目が留まった。

 次いで日中の金工品→日中朝鮮の考古コレクション。古代中国の銅製の小物(水滴や文鎮)の造型があやしげで楽しい。このへんで、ときどき展示キャプションに「珍品」「名品」のマークが入っていることに気づく。次いで仏教絵画と経典。

 第2会場は、同館コレクションの粋(と私が考える)中国の仏像から。冒頭の石造如来坐像に「はつらつと弾力のある肉体を堪能ください」というキャプションが付いていて、ちょっと笑ってしまったのだが、その後も北斉の如来坐像頭部に「波のようにうねる唇がセクシー」とか、唐代の如来像頭部に「切れ長の目のほとけさまはお好きですか?」などとあって、学芸員さんの仏像愛を感じてしまった。一番好きだったのは西魏の石造四面像に加えられていた「両手を挙げて悲しむ女性の癖が強すぎます」というやつで、こんな作品。

 それから酒器(漆工)、拓本が続いた。日本民藝館のコレクションで親しんでいる『開通褒斜道刻石』の拓本は同館にもあるのだな。

 第3会場は中国絵画から。鄭思肖『墨蘭図』(元時代)は根を描かないことで、異民族支配に抵抗する姿勢を示したというが、乾隆帝はじめ清朝皇帝の鑑賞印がたくさん押されていた。かなり大きめの普通の風景画『彩筆山水図』に朱耷(八大山人)の名前があったのにはびっくりした。そして奥まった別室には、見上げるような巨幅の謝時臣『湖堤春暁図』『巫峡雲濤図』が掛けてあり、キャプションに「ようやく展示できた~」とあって微笑ましかった。改修で新造された展示スペースだとしたら、おめでとうございます。次いで、陶磁器、近世絵画。

 第4会場は住友コレクションの近代絵画、富本憲吉と近現代のうつわ、大阪の洋画。最後に「広報大使就任記念」の『青銅鍍金銀 羽人』が展示されていたけれど、ポツンとひとりぼっちで少し寂しそうだった。同時代の仲間と一緒に置いてあげればいいのに。

■大和文華館 『春の訪れ-梅と桜-』(2025年3月1日~4月6日)

 もう1ヶ所寄っていきたかったので、奈良の学園前に出た。本展は、春の代表的な花である梅と桜を表した絵画や工芸を展示する。同館の庭園では、色鮮やかな梅が盛りを迎えていたが、三春桜はまだつぼみも見えなかった。

 展示品は梅と桜が半分ずつかと思ったら、梅が四分の三くらいを占めていた。美術品(特に工芸品)には梅のほうが取り入れやすいのかもしれない。気に入ったのは『五彩飛馬文碗』(清前期)。全体に青色の釉薬を掛け、黄色と水色の馬が波の上(?)を走っている。舞い散る梅の花も、白、黄、水色などで表現される。本展のポスターにも使われている『青花梅文皿』(天啓年製)は、古染付らしい、ゆるゆるの雰囲気が大変よい。『織部梅文香合』は、藍色の下に着色が覗く不思議な色合い。梅といえば紅白という先入観を完全に裏切られて、おもしろかった。

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2025年3月大阪市立美術館リニューアル

2025-03-15 22:02:42 | なごみ写真帖

 水曜の午後から金曜まで広島出張の仕事が入っていたので、私費で1泊付け足して、大阪と奈良でちょっとだけのんびりしてきた。大阪のお目当ては、大阪市立美術館のリニューアルオープン展。展示の参観レポートは別に書くとして、まずは施設情報から。外観は基本的に変わっていないが、大階段の横に新しい入口ができた。最近のリニューアルにはよくある改修スタイル。エスカレータで展示室階に行けるのは、足の弱い高齢者にはありがたいだろう。

 エントランスホールに入って天井を見上げると…何もない! 「展示室1はこちらで~す」と案内をしていた女性に、思わず「シャンデリア、無くなっちゃったんですね!」と話しかけてしまった(※シャンデリア→これです)

 案内スタッフの方は、「そうなんですよ、でもこの白い天井が本来の色なんだそうです」と教えてくれた。『美術手帖』の記事によれば、シャンデリアは耐震のために撤去されたそうで、やむを得ないけど、残念である。

 参観中に気づいたのだが、展示室の入口の上枠(かなり高いところ)には古風な字体で室名が表示されている。いつの頃からあるのか知らないが、そのまま残ってよかった。

 『青銅鍍金銀 羽人』(後漢時代1~2世紀)は、今回のリニューアルオープンを機に、正式に同館のマスコットに就任したらしい。この3Dアニメ風キャラはちょっと怖い。

 1階の奥におしゃれなカフェもできた。

 もともと素晴らしいコレクションを持っている美術館なので、それにふさわしい施設になってよかったと思う。しかし今回のチケットは1,800円。招来の特別展はともかく、館蔵品展はもう少し安く設定してほしいなあ、公立美術館なのだから。カフェのケーキとコーヒーも美味しかったけど、気軽に利用できるお値段ではなかった。

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