〇静嘉堂文庫美術館 『平安文学、いとをかし-国宝「源氏物語関屋澪標図屏風」と王朝美のあゆみ』(2024年11月16日~2025年1月13日)
新年の展覧会参観は本展から。平安文学を題材とした絵画や書の名品と、静嘉堂文庫が所蔵する古典籍から「いとをかし」な平安文学の魅力を紹介する。
と言っても最初の展示室に並んでいた古典籍は、作品時代は平安文学でも、江戸時代の版本や南北朝・室町時代の写本が中心だったので、まあそうだよね~というゆるい気持ちで眺めた。その中で『平中物語(平仲物語)』は静嘉堂文庫本(鎌倉時代写)が現存唯一の伝本だという。『今昔物語集』は享保の版本が出ていて、室町時代には南都周辺で読まれていたらしいと解説にあった。『うつほ物語』『栄花物語』『大鏡』なども版本があって、江戸の出版文化すごいな、と思った。
鎌倉時代の文芸評論である『無名草子』(私は藤原俊成女の著作として習った)も江戸の版本が出ていた。壁のパネルの紹介を読んで「歌集の撰者に女性がいないことは残念」という趣旨の記述があることを初めて知った。言われてみればそのとおりで、平安時代は多くの女性文学者が活躍し、勅撰和歌集には女性の和歌も採られているけれど、撰者は全て(21代集まで下っても)男性なのである。それを「残念」と思ったことのなかった私には、ちょっと衝撃だった。『無名草子』、ちゃんと読んでみたくなった。
続いて絵巻物。『平治物語絵巻・信西巻』は、信西の首級が運ばれ、獄門に晒される場面が開いていた。信西の死は12月なので真冬のはずだが、下級武士たちは、短い甲冑の下は裸の太ももをさらしていて、身軽だが寒そう。見物の群衆には女性が描かれていない(牛車の中は不明だが)。『駒競行幸絵巻』(鎌倉時代)は駒競(こまくらべ)に先立ち、頼道の高陽院に上東門院彰子が行啓した場面を描く。多くの人物が描かれ、さまざまな仕草や表情を見せており、華やかで楽しい。劣化(焼損)が激しいのが惜しいが、このたび『平治物語絵巻』ともども修復が行われたそうだ。
さらに『源氏物語』の世界へ。俵屋宗達の『源氏物語関屋澪標図屏風』はやっぱりいいなあ。人も牛も、松も岩も藁ぶき屋根の小屋も、全てがザ・宗達である。波に浮かぶ船の人の大きさがどう見てもおかしい(小さすぎる)のだが、源氏との身分差に気後れする明石の君の船だと思うと、あれでいいのかもしれない。あと、2台の牛車はどちらも全体に九曜紋が描かれていることを確認。住吉具慶の『源氏物語図屏風』は、「葵」に碁盤の上に立った紫上の髪を切る源氏が描かれていた。室町~江戸時代の『白描源氏物語絵巻・賢木』(小絵サイズ)がユニークで可愛かったことも書き留めておこう。一種のファンアートだと思う。截金ガラス作家・山本茜さんの『空蝉』『橋姫』にも一目惚れした。「源氏物語シリーズ」は54帖全てあるのだろうか(オフィシャルサイトには15点掲載)。
最後の展示室は平安古筆の名品揃いだが、なんといっても『高野切』(第三種)があって、わずか2行の断簡に目を奪われてしまう。しかも記されているのが「わが庵は三輪の山もと 恋しくはとぶらひ来ませ 杉立る門」(古今982)という私の大好きな和歌。実は最後の1句が読めず(思い出せず)悩んでしまったが、眼福だった。