見もの・読みもの日記

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野蛮な時代/国会開設と政党秘話(伊藤痴遊)

2016-02-01 23:22:14 | 読んだもの(書籍)
○伊藤痴遊『国会開設と政党秘話』上・下 国書刊行会 2015.9

 伊藤痴遊(1867-1938)の名前は、彼の旧蔵書の一部を見たことがあって(東京大学情報学環図書室が所蔵)知っていた。しかし、ずっと昔の人だと思っていたので、昨年末、新刊書の棚で痴遊の名前を見たときはびっくりした。出版社が、どういう意図で本書を企画したのかよく分からないのだが、面白い作品を掘り出してくれたものだ。伊藤痴遊は13歳で小学校を卒業したあと、14歳で自由党に入党し、星亨に師事した。明治23年頃から「政治講談」で人気を集める一方、昭和3年の第1回普通選挙に当選し、衆議院議員もつとめた。

 本書は痴遊の生前に刊行された『伊藤痴遊全集』第15巻(1930)を底本にした現代語訳である(訳者は国書刊行会)。内容は、明治6年(1873)の征韓論と国会運動の起源に始まり、明治22年(1889)の大日本憲法発布に終わる。だいたい時系列順に話は進むが、人物列伝ふうなところもあり、痴遊が身近に接した政治家たちの姿が、印象深く描き出されている。

 一般的な歴史の括りでは「自由民権運動の時代」ということになるのだろうが、学校の教科書で習った時代の雰囲気とはずいぶん違う。なんというか、めちゃくちゃだ。演説会はたびたび乱闘になり、血気さかんな壮士たちは多勢をたのんで反対党に殴り込みをかけたり、糞汁をあびせたり、死人が出たり、まるで田舎の成人式に集まるヤンキーだ。特に自由党は、とにかく薩長藩閥政府に不満を抱く旧藩の士族や中流以下の農民が集まったから、「理性にも乏しく、新しい書物にも遠ざかって、単に気を負って立つ」だけの粗暴過激な連中が多かった。遅れて成立した立憲改進党は、学者肌のハイカラな才子が多かったが、「口舌の連中ばかりで、議論はよくするが、さらに真剣味はなかった」と著者の評価はきびしい。要するに、国家の体制が変わっても、人はそんなに簡単に文明人にはなれなかったということだろう。

 ついでにいうと、政党活動の妨害を使命と心得る巡査(警察権力)の頭の固さ。逆に何でも政府批判を書いていれば売れる新聞。藩閥政治の是正が目的であるはずなのに、微細な差異をめぐって叩き合う政党どうし。権力の介入によって骨抜きにされる「大同団結」など、日本の政治の風景は、21世紀の今もあまり変わらない気がする。でも、演説に厳しい規制をかけられた党員たちが、講談や落語の鑑札をもらって、政治活動を続けようとしたというのは面白かった。メディアの中で「話芸」が今よりずっと重要な位置を占めていた時代なのだ。

 登場人物のうちでは、伊藤博文、井上馨は後半にちらっと出てくるだけだが、だいたい従前のイメージどおり。黒田清隆は好きでなかったが、本書で少しイメージを改めた。「性質の淡泊な、あまり小策を弄しない、まことにいい人であった」と著者は評価している。ちなみに北海道の開拓使官有物払い下げ事件は、「黒田が、我欲の強かったためにしたことでなく、皆淡泊な性質に突き込んで、周囲の者が、いろいろに言って騙し込んだために、引っ掛かった」とも。意外だ。いま話題の五代友厚にも言及あり。中江兆民は(分かっていたけど)奇行が過ぎて、いやなオヤジだ。

 維新後の後藤象二郎の事蹟は、初めて詳しく知ることができた。私は、2010年の大河ドラマ『龍馬伝』の後藤が好きだったので、たいへん満足。細かい理屈をいわず、何事も大づかみに決めていく人、と評されている。自由党内で後藤支持派と板垣退助支持派が対立しているときでも、後藤は理屈屋の板垣とうまくやっていくことができた。長崎の高島炭坑をめぐって、後藤を訴えた商社の代言人であった星亨との因縁も面白い。『龍馬伝』の冒頭に登場する新聞記者の坂崎紫瀾も本書に出て来た。自由党員で、のちに落語家に転身している。

 痴遊の師匠にあたる星亨という政治家も、初めて人物像が明らかになった。あわせてWikiを読んでみたら、いろいろ面白かった。明治34年(1901)に東京で暗殺されるが、その翌日、かつて新潟の演説会で、星に演説中止を命じた警察署長が面会の約束を入れていたという逸話が紹介されていて、やるせない。何しろ物騒な時代だったから、本書には、板垣退助の遭難(このとき板垣を診察した若い病院長が後藤新平)、森有礼の暗殺の顛末も描かれている。森を襲った犯人は、新聞や雑報の森批判に感奮して凶行に及んだという。著者は皮肉を込めて「筆の力も、なかなか侮り難い」と書いているが、こういう事件は願い下げにしたい。
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