眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

エンドレス・パス

2020-01-24 12:20:01 | ワンゴール

「やあ、どうだい?」

「さあ、どうでしょう」

「なんだい、それは」

「ああ、悪くないってことで」

「なあ、それでいいのかい?」

「いったい何がです?」

「挨拶くらいできないのか」

「はあ?」

「君は挨拶もろくにできないのか」

「お言葉ですが、監督。今はそんなことをしている場合じゃありません」

「そんなことだと?」

「はい」

「やはり、君はわかっていないようだな」

「何がわかってないんですか」

「一番大事なことが、君はわかっていない」

「ゴールの他に何かありましたか? ないと思いますけど」

「挨拶だ! 一番大事なのは挨拶だ」

「はあ。それは一般社会の話ですか。それとも試合の中?」

「そうか。君はそうして試合とそれ以外の世界を分けて考えるんだな」

「当然でしょう。試合に入ったらボールとゴールのことだけを考える。他のことを考える余裕なんてありません。僕は今、それだけに集中しているんです」

「我々の使う言葉の半分以上は挨拶と言える。すべては挨拶に始まり、挨拶に終わるのだ」

「そういうもんですかね」

「おはようで目覚め、おやすみで目を閉じるのだ」

「はあ、そうですか」

「はじめましてで出会い、さようならでお別れするのだ」

「何か寂しくなってきますね」

「その間に人と人の時間がある」

「はあ」

「挨拶を侮ったり、馬鹿にしてはならん」

「馬鹿になんてしてません」

「だから、もっと顔を出せ」

「どこに出すんです?」

「人と人の間だよ。間、間に顔を出して、呼ぶのだ」

「敵の間ですね」

「顔を出し、声を出して、呼びかけねばならない。こっちだよ。ここにいるよ。ここに出してくれよ。こんにちは」

「もっと動いて、パスを呼び込めということですね」

「そうだ。待っているだけでは駄目だ。自分から求めなければ」

「コミュニケーションを取れと言うんですね」

「その通りだ! それが私の言う挨拶だ。そして、パスを受けたら、また返してやる」

「せっかく受けたのに? まずはドリブルを考えなければ」

「ベストの選択をすることが重要だ。言い換えれば、最もゴールに近い選択をすることだ」

「例えばゴールに向かって突き進むことですね」

「君がいくら全力で走ったところで、ヒョウほど速くは走れないだろう。だが、パスは」

「ヒョウを超えると?」

「そうだ。出し方によっては、パスはヒョウよりも速い」

「強いパスはヒョウに勝つのですね」

「味方を信じて返すことだ」

「信頼のパスですか」

「パスとは挨拶そのものだ」

「また挨拶ですか?」

「人と人をつなぐのがパスだからだ。やあ。こんにちは。お元気ですか。僕は元気です。こっちだよ。ありがとう。いえいえ。こちらこそ。じゃあね。またね」

「言葉のようにつなぐということですね」

「挨拶はいくらしてもいいのだ。日に何度してもいいし、同じ言葉を何度繰り返してもいいのだ。こんにちは。こんにちは。こんにちは。こんにちは……」

「おかしくなりませんか。変に思われませんかね」

「心配は無用だ。挨拶されて、腹を立てる人がいるかね。君はどうだ?」

「まあ、別に。嫌ではありませんが」

「そうだろう。されなくて不機嫌になることは多いがね」

「はい」

「信じて返せば同じように返ってくる。返せば返されるだ」

「格言みたいですね」

「目覚めた時におはようのある暮らしがどれほど幸福なものか」

「テレビをつければ、おはようばかり聞こえてきますけどね」

「自分がそこにいることがわかる。生きているということが理解できる」

「言わなくてもわかると思いますが」

「強がりではないかな」

「強がり?」

「人間はそんなに強いものだろうか。二本の足で立ち、一息毎に吸ったり吐いたりを繰り返している。不安定なことにな」

「そうですかね」

「とても不安だ。常に確かめねばならないほどに、みんな不安で仕方がない」

「不安定が不安になるんですかね」

「だからパスを出し合わなければ。お元気ですか。こんにちは。大丈夫ですか。生きていますか。元気ですか。声が届いたら応えてください」

「まあ、元気がなければこのピッチには立てませんけどね」

「ハロー。調子はどう。一つ一つの言葉にはそれほど意味はないようにも思える。だが、すべての言葉に意味はあるのだ」

「言葉としては、ほとんど意味なんてないのでは?」

「表面だけを追ってはならない。言葉の意味以上に意味があることもあるのだ」

「言葉の外に意味があるんですか?」

「言葉は一つの道具にすぎない。言葉が行き交う間に様々なことが起きているということだ」

「パス交換の間に?」

「ハローをはなす。ハローが届く。ハローに触れる。ハローをかえす。ハロー・ボールが動く。それを繰り返す」

「パスが回る時間は悪くはないですね。ゲームを支配している気分になります」

「そうだ。自分たちだけでボールを回していれば、少なくとも失点の可能性はない」

「ずっとそれが可能ならですね」

「百パーセント保持し続ければ、完全な支配者となるだろう」

「絵空事ですね」

「どうかな」

「火を見るよりも明らかなことです」

「それほどかね?」

「それ以上です」

「火は人参やじゃが芋を煮込むことができる。では、パスは何を作り出すだろう?」

「リズムですか」

「もっと大きな」

「時間ですか」

「そうだ。パスは時の粒なのだ。パスはボールウォッチャーを作る。人も猫も見る者すべての視線が引き寄せられてしまう。その中には敵も含まれる。流れるパスの中では、みんな時の傍観者になってしまう」

「そうなるとゴールを狙うチャンスですね。そうならないようにも気をつけないと」

「わかっていても習性に逆らうことは難しい。おかしくも恐ろしくもある習性だ」

「行ったり来たり、行ったり戻ったり、ぐるぐると回ったり……。何がそんなに引きつけるんでしょうね。ただボールが動いているだけなのに」

「ライブだからだよ」

「当たり前じゃないですか。今、まさに僕らはサッカーをしているわけだから」

「そう、まさにそこなのだ。今という時間を見つめること。それが生きていることの証明になる」

「そんな証明が必要でしょうか」

「そして共に生きている時間に対して共感を抱くのだ」

「敵のチームは共感している場合ではないでしょう」

「わかっていても、心のどこかで抱く共感を打ち消すことは難しい。勝敗を超えた性がそこにあるからだ」

「どこにあるんですか?」

「単純な仕草で時を埋めていく。それがすべての人の営みというわけさ」

「そんなものでしょうか」

「わからないかね。それとも何か不満かね?」

「よくわかりません。だんだんと、色々と……」

「時間も時間だ。君もそろそろ疲れていることだろう」

「僕はまだまだ走れますよ」

「果たしてそうかな」

「うそだとでも?」

「自分では疲れていないと思っても、体の方はそうではないことがあると言っているんだ」

「そうですかね」

「ドリブルに偏っていないで、パスの輪を広げてみてはどうかね」

「ハロー・パスですか?」

「色んな言葉があれば相手は読みにくくなる。そうすれば君のドリブルはもっと生きるようになるだろう。じゃんけんだよ」

「じゃんけん?」

「晴れ、雨、曇り。晴れ時々曇り、ところにより一時雨」

「天気予報ですか?」

「雨しかないなら傘を持っていればいい。それはドリブルしかないドリブルだ」

「僕が?」

「しかないというのはとても止めやすいんだよ」

「僕には右も左もあります。シザーズもあるしルーレットもあります。もっと他にとっておきの奴もあります」

「足下に偏ってはならん。もっともっと広く見なければ」

「できればずっとキープしていたいです」

「ボールがそれほど好きか?」

「自分くらいに好きです」

「だったら自分から離してみることだ」

「なぜです?」

「離れてみればどれだけ必要だったかわかるだろう」

「離れなくてもわかっています。そんな必要はありません」

「離れている間に、もっと自身に問いかけるだろう」

「問わなくても、もうわかっているんです」

「巡り巡ってもう一度触れた時、愛はより深まっているはずだ」

「これ以上に深まることなんてあるんでしょうか」

「いずれにせよ、ずっと足下に置いておくことを世界が許さないだろう」

「それは僕のスキルが足りないせいです」

「それだけではない。君はボールを預けなければならない。そして君自身も変わらねばならない。動いて行かねばならない」

「ワンツー・パスを受けろと言っているんですか?」

「そうだ。それはドリブルではないのかね?」

「上手くいけば、ドリブルに戻れるでしょう」

「それは同じことなのだよ。ドリブルも、パスも、同じようにボールを運ぶための手段なのだよ」

「同じですか?」

「みんなつながっているのだよ。一つだけ、あるいは一人だけが孤立することなどできないのだ」

「パスもみんなで運ぶドリブルだと言うことですか?」

「コーヒー・タイム! 君もどうかね?」

「僕が口にできるのは水だけですよ。それだって、プレーが途切れた時にしか許されない」

「私だってコーヒーをじっくり味わう余裕なんてないさ」

「そうあってほしいですね。ここは戦場なんです」

「私も最初はコーヒーなんて飲めなかった。子供の頃は」

「子供の時はだいたいみんなそうでしょう」

「君がそうだったからそう言うのでは?」

「そうですかね」

「それで今はどうなのだ?」

「まあ、嗜む程度には」

「最初の一口は苦く感じられるものだ」

「子供は顔をしかめるほどに」

「だが、ある時、人は気づく」

「……」

「苦みもある意味必要であることに」

「ある意味?」

「いつの間にか苦みを欲している自分がいて、一口一口繰り返して受け入れている内に」

「内に……」

「苦みは笑みへと変わるのだ」

「薄気味悪いですね」

「大きな進歩と呼ぶこともできるだろう」

「進歩ですか」

「唇は触れ、唇は離れ、同じような仕草を繰り返しながら進んで行くのだ」

「いったいどこへです?」

「空に向けて」

「それでどうなるのです?」

「カップの底が現れる」

「まあ、そうでしょうね」

「それがコーヒーを飲むということだよ」

「それが何だと言うのです?」

「何だとは何だね」

「僕たちにとって重要なのは、コーヒーでもコーヒーカップでもありません」

「勿論そうだろう。もっと野心的なカップが必要だ」

「はい。もっと大きなカップを掲げなければなりません」

「その通り! 聞こえるか? あのチャントが聞こえるか?」

「聞こえます。ずっと同じ節を繰り返している」

「彼らも同じカップを望んでいるようだな。だから執拗に繰り返すことができるのだ」

「僕らには大きな力になります」

「繰り返すのは愛だ。彼らの歌声は、まるでパス回しに加わっているかのようだ」

「確かに良いリズムに乗っています」

「面白いようにパスが回っている」

「はい。今はチームがいい方に回っているように思えます」

「君が持ちすぎていないからだ」

「きついですね」

「ボールは疲れない」

「ずっと動いているのにね」

「だからさ。ハローをはなす。ハローが届く。ハローに触れる。ハローをかえす。ハロー・ボールが動く。それを繰り返す」

「行ったり来たり。リフレインですね」

「ボールは目的地を持たないものだ」

「でもみんな喜んでくれています」

「人はリフレインを好むものだからな」

「いつまで続くんでしょうね」

「いつまでも続くだろうさ」

「監督。夢でも見てるんですか?」

「パスは永遠だ」

「そんなことは……。ないはずです」

「笛が鳴っても続くだろう。終わらないパスだ」

「パスは試合の中に含まれているものです。限りある試合の中に」

「だから枠をはみ出すことはできないと?」

「それは誰でも知っていることです」

「さあ、来たぞ。君へのパスが」

「あの人たちはドローなんて望んでいない」

「さあ、来たぞ。君の足下へ」

「僕が変えてみせます。いいえ、決めてみせますとも」

「君はパスを受ける。そして、パスを返す」

「もっと、遠い、目的の場所へ届けます」

「つながっていくことこそ希望なのだ」

「つながっていくだけでは希望はありません」

「どうかな」

「絶対に」

「君はやはり返すだろう。君は慣習の中に含まれているのだから」

「いいえ、僕が変えてみせます」

「できるだろうか? 今まで、できなかった君に」

「今からです! 僕は前を向く選手なんだ!」

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

街の目覚め

2020-01-24 08:03:00 | 夢追い
 あれ?
 どうもホームの様子が違う。一駅手前で降りてしまった。次の電車はしばらく来ないようだ。仕方ない。ここから歩いて行くか。とりあえず地上に出れば……。出口の選択を間違えたのか、地上に出ても見慣れたものは何もなかった。道も建物も歩いている人にさえも違和感を感じる。
「本坊筋はどこですか」
「川を渡った向こうだよ」
 川だって?
 進路を決めかねて立ち止まっていると犬に足を噛まれる。飼い主が謝りながらリードを引っ張るが、その手は本気ではない。
 草の多い方に行けば犬が追ってくる。何もない方に行ってもやはり追ってくる。小走りを続けてなんとか犬を巻いた。
 信号はいつになっても変わらない。

(変わらない時はボタンを押してください)
 押しボタン式か?
 ボタンを押すと道に川が流れた。川の上に橋がかかる。匂いが戻ってきた。鰹出汁の匂い、チーズケーキの匂い。街が戻ってきた。
「トミー?」
 愛犬が駆けてきた。
 一緒に行くか。
 トミーと共に本坊筋を歩いて出勤だ。
「もう熱は下がったの?」
 店長がヘラヘラしながら訊いた。
 そうだ。セーブモードが働いていたのだった。
 
 先にレジで会計を済ませ後で受け取るシステムだった。コンビニ店員がボタンを押してもヘルプはやってこない。レジには次々に客が押し寄せている。コンビニ店員の体は迷っているようだった。
「急ぎませんから」
 僕はそう言ってレジが一段落するのを待った。数分してようやく間ができた。出てきたコンビニ店員に冷凍庫の鍵を開けてもらった。ちょうど340円の商品を選ばなければならない。カレーがほしかったがカレーは500円だった。僕が手にしたのは魚入りのうどんだ。「えーっ、サバですか?」

 横断歩道ではぐれた子犬が漂っていた。
「誰か、飼い主の人はいませんか」
「私です」
 女はすぐ先で電話中だった。慌てた様子もない。
 曲がり角の先に虹があるような予感がした。細い道だった。薄い虹が見えたが、工事車両が向かってくる。運転手はいない。車は壁の形をしていた。どちらに避けるべきか迷っていると壁車は横道に逸れた。建物と建物の間のはまってそのまま壁になった。
 マンションに帰るとエレベーターは2階に移動していた。5階まで行くと階段で下りて4階のエレベーターに乗らなければならない。10階まで行くともう階段しかなく、上がったり下がったりしながら、ようやく自分の部屋までたどり着く。どこの部屋もみんな壁が取っ払われている。リニューアルしたのだ。防犯カメラがあり安全だとしても、プライバシーはどこへ?
 荷物はそのままの形で置いてあった。こんなに筒抜けで上手く眠れるだろうか。広々として、誰もいないならいいけれど。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする