「2名様ですか。
座敷へどうぞ! ご注文はパネルの方でお願いします。
奥2名様入りまーす!」
「3名様ですか。
奥の座敷へどうぞ! 続いて入りまーす!
おひとり様? 座敷へどうぞ! どうぞどうぞ!」
「はい。4名様、カウンターへどうぞ!
5名様、続いてカウンターの方へどうぞ!
詰めてお願いしまーす!
はい、ちょうどピッタリでーす!」
「お2人様? 座敷へどうぞ!
はい、席埋まりました!」
「満席でーす!」
「ごめんなさい。今、満席なんですよー。
2時間待ちです。
またお願いしまーす!」
「まーたお願いしまーす!」
「よーし休憩!
みなさん休憩取ってくださーい!」
思ったことを素直に口にすることができたなら……。物心がついた頃から、言葉を呑み込み始めた。何かを伝えることはいつだって難しい。相手は自分とは違う。それは取るに足りないこと? 既に知っていること。余計なお世話かもしれない。自分から発信することを迷い、躊躇い、ほとんどはスルーすることが多い。相手のことを想像すると怖くなる。他人は誰かと似ているようでも、常に未知の存在なのだから。
肩についたほこりなどを、どうして見過ごせなかったのか。きっとその時の私はどうかしていた。いつもの私ではなかったのだ。完璧な身なりの一点に浮いたそれをわざわざ声に出してまで伝えようとは。
「あの、ちょっとよろしいですか……」
紳士は無言のままゆっくりと動き出した。
振り返った刹那、肩が瞬いた。
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放熱の冥王星がこびりつく
ロングコートの紳士の肩に
(折句「ほめ殺し」短歌)