世知辛い世界からしゅん先生は逃げてきたのだ。かわいい生徒たちを奇妙で寂しい世界に置いて、自分だけ逃げてきたことに罪悪感を覚えながら、逃げる以外に逃げ道がなかったのだから、いつも重複的に自分に言い聞かせることで、自分を勇気付けながら、しゅんさんは生暖かい逃亡地の中で、ひっそりと息をしていたけれど、老夫婦が通りかかったところでは、流石に泣いてしまうと思い、もう涙が流れてくるのを止められなかった。
老夫婦の間ではしゃぐ小さな生き物、私でさえ、あの歳なら、少しは可愛かったに違いない。今では思い出す術もなく、それ以上になす術もなく、そしてどちらの術もないことによって、ボロボロと泣けてきたのだった。そのために、逃げてきたのかもしれないとしゅん先生は思う。
いつ間にか会議は風船の中にすっぽりと呑み込まれている。遠慮のない活発な意見交換が望まれる、風船の中は淀んだ空気によってちょうどよい温かさになっていた。
「形じゃないだろう。会議というのは、そんなに形が大事なものかね」
「いいや、まずは形だ。形を整えなければ、最初から隙を作ってしまう」
「形の隙が何だと言うのかね。どこがそんなに問題かね?」
「些細な隙ほど、そこを狙っている奴にとってそれほど好都合なものがあるだろうか。なぜなら隙が小さければ小さいほど、その場を見出した時の快感は大きいとも言えるのだから」
「誰がそんなことを言ったのかね」
「多数決を取ったらどうだ」
「まだ議論が煮詰まっていないじゃないか。早く帰りたいのかね?」
「馬鹿なことを言うんじゃない。馬鹿野郎!」
「暴言を慎みなさい。これは議長命令である」
「そろそろ本題に入ろうじゃないか」
「誰か他に意見のある者はいますか?」
しゅん先生は、かわいそうな生徒たちを置いてきた町の風景を時々思い出した。
「私の子は、すべての問題において90%を解き終えたはず。なのにどうして90点がつけられない?」
「最後まで解き終えた問題が1つもなかったからです。残念ながら」
「0点というのはどういうわけか。ほとんど正解したも同然なんだぞ」
「残念ながら、採点の結果は0点です。努力は大いに認められますが、それを点数に反映させることは、やはりルール上できないことなのです」
「解こうと思えばできたとしてもかね?」
「結果がすべてですから。テスト的には」
「最後まで解かないのは、優しさからだとしてもかね」
「優しさ? やさしいのなら、全力で解いて、解き終えていただきたいのです」
「その優しさじゃない! 思いやりの優しさの方だ!」
「いったい誰に? 誰に対する優しさですか?」
「むろんそれはテストにだろうが」
「テストに? 出題者にですか、それとも答案用紙にですか?」
「私を試すつもりかね? だから先生というのは、つまらないんだよ。感性でわからないのかね、そんなことが」
「少しお話が、私には難しいものですから」
「とどめを刺せない子なんですよ」
「テストにですか?」
「そうだ。うちの子はラスボスにもいつも情けをかけます」
「優しい性格なんですね」
「だから、優しいと言ってるじゃないか!」
「私も、その優しさは素晴らしいと思います」
「解き終えることは簡単なんです。おそらくとても容易いことでしょう。だけど、あえて詰論を出さずにおく。いかなる問題についても、その最後の部分をあえて埋めずに、空けておいてあげるんだ」
「誰にでしょうか?」
「先生、それを私に訊くんですか?」
「はあ、すみません。気を悪くなさらないでください」
「先生は子供の才能を潰す気かね?」
「そんなつもりは決してありません」
「0点をつけておいてよく言えたものだ」
「採点は採点です。勿論、テストの結果がすべてではありません」
「あの子は問題ができなかったわけではない。むしろその逆で、できすぎて余裕がありすぎるのです。試しにもっと難しい問題を出してみるといい」
「他の生徒の兼ね合いもありましてね。今回のテストにしても、少し難しすぎるとの声もありまして」
「あの子にとってみれば、すべて簡単な問題でしたね。それでもあの子は、最後のところでセーブをかけなければならない。それがあの子のスタイルで、個性なんです。で、何点ですかね、あの子の点数は?」
「残念ながら、0点となります。テストの結果としては」
「子供の個性について、あなたはどう考えるのですか?」