コーヒーは冷めてはいたが、まだ半分残っていた。ちょうど話が広がりかけた頃だった。新しい表情を彼女の顔の中に幾つか発見した。店の終わりは突然やってきた。
「当店はこれより回送レストランとなります。どなた様もお食事できません」恐れ入ります。
「どこか行こうか」
もう一度最初から話を聞こうか。あるいは何か食べながら話すのもいい。彼女は先に店を出た。僕には色々とすることがあったのだ。テーブルの上に広げたノートやファイルをすべて閉じる。夏服を畳んで鞄に詰める。雨用のシューズも忘れずに持っていかなければ。テーブルの隅に彼女のスマホが残っていた。(案外落ち着きのない人なのだろうか)スマホをポケットに入れて店を出る頃には1時間が過ぎていた。荷物の多さを見ればきっと納得してくれるだろう。
街を歩きながら次の店について考えていた。地下街への入り口が開いていた。あれはいつか来た……。いや似ているだけだろう。地下街への扉はどこも似て見えるものだ。記憶のとは違い何もない廃れた地下街かもしれない。何もない地下街を延々と歩くことの不安。それにも増してハンドルを持つことの不安。不安の中で駐車場に着いた。
駐車場のすぐ前の食堂に入ることになった。
「お腹が空いたらすぐに食べる主義なの」
色々と不安があったが食堂は明るく清潔そうだった。
「スマホ」
レストランから持ってきたスマホを見せた。
「捨てたのよ」
スマホはもう持たないことにしたと彼女は言った。
「いつ? いつの話なの?」
もしかして他人のスマホを持ってきたのではと心配になった。一切捨てることにしたけれど、少し前には持っていたらしい。
「これは君の?」
どうやら彼女のスマホだったものに違いなかった。
パスタがあり、うどんがあり、ハンバーグもある。隣の席の二人組の男が何がおすすめかを訊いている。店員の女性はニコニコとして愛想がよい。
「今日家にいたらどんな酷い目に遭っていたか……」
前の店にいた時とは打って変わってディープな話題になった。僕はそれをどう受け止めていいかわからず黙り込んだ。多分おかしな顔をしていたことだろう。
「嫌な女よね」
そう言って自分を責め始めた瞬間、彼女は十年老いた。
「いやいや。背景がわからないから」
言い訳ではない。正論だ。本当はもっとプロローグを聞いていたいのだ。それが一番平和な時間ではないか。濃密な話は急速に結末へ向かう。二人組の注文を通した店員が僕らの席にやってきた。彼女はパスタを注文した。
「持ち帰りで!」
それには驚いたけれど、僕はうどんを注文した。初めての店で肉を噛み砕く自信はなかった。
「僕はここで」
一人で落ち着いて食べるのもいいだろう。
「うちをみくびっとったらあかんのや!」
突然の関西弁。彼女は激変を繰り返す。
「実るものも実らへんくなるゆうのがわからへんゆうんかいな!
狢の通訳は狢に頼みやー!
上辺だけみとったらあんたらもほんまあかんくなるでー!」
隣の席の二人組が会話を止めて彼女を見た。主演女優を見上げるような目をして。
「Vシネマだ!」