照る日曇る日第861回
「栄光への門出」という副題が付けられているように、この本は、1788年から1791年12月5日までのモザールの最後の4年間を、早すぎる死という悲劇的な破局に固定化せず、むしろ新しい音楽史のはじまりとして取り扱おうとしている。
1987年の終りに皇帝ヨーゼフ2世から「皇王室尊賓室楽団」の作曲家、1791年5月の聖シュテファン大聖堂次期楽長という権威ある称号と特権をフルに活用しながら、その音楽生産力をフル・スロットルで駆動させ始めたこの天才は、深刻な負債を抱えながらも、ウイーンの内外で深謀に満ちた野心的なコネクション作りと営業を仕掛け、それは彼の死の直前には「幸運の扉の前」に立ち、かつていかなる音楽家も達成したことのない豊かな藝術的・商業的果実をもたらそうとしていたという。
本書の後半は、頂点に達したモザールの音楽的成果が譜例を交えて具体的に指摘されており、とりわけ超超革命的なオペラ「魔笛」と“崇高劇的様式”による教会音楽の先駆としての「レクイエム」「アベ・ヴェルム・コルプス」の再評価は、大いにうなずけるものがある。
バッハやベートーヴェンと違ってモザール選手は常に曲の全体を頭の中で作曲してから一気に書き下ろすのが常であったが、本書で紹介されている「ついに聞かれることなく終わった」数多くの未完成曲の断片やリストを眺めていると、著者の意図とは裏腹に、やはりこの異常な天才の夭折がますます惜しまれてならなくなるのである。
心身ともに尾花打ち枯らした衰弱死ではなく、未聞の黄金時代への飛躍を目前に頓死した、というのが著者の自信満々の主張なんであるが、さて実態はどうじゃったんだろうなあ、モザール君。
なにゆえにモーツァルトをモザールと打つキーボードでァを打つのが面倒くさいから 蝶人