夢は第2の人生である 第43回
西暦2016年水無月蝶人酔生夢死幾百夜
幻の歌舞伎の蘇演で、私は主役を演じていた。公演が進むにつれて、毎晩異なる死者がどんどん甦ってくるという副産物があって楽しみだったが、今夜は舞台に超珍しい黒い蛾が飛んで来たので、新種発見を確信した私は、舞台はそっちのけでそれを追いかけた。6/1
以前から私は、どうも前世で一人殺しているような気がしていたのだが、前々世でもすでに一人を殺しているようなので、戦慄した。6/2
僕は、その狭い空間に彼女が入ってきたとき、僕にどうされてもいいと彼女が思っていたことを分かっていたが、なぜかその権利を行使する気にはなれなかった。6/3
10人の乙女の真ん中の雄蕊のところにいると、五月蠅くて煩くて敵わなかったが、私は「なるほどこれが百花斉放百家争鳴というやつか」と腑に落ちた。6/4
エンドウ君が九州支店でトランプ販売を命じられて途方に暮れているというので、とっておきのアイデアをメモしておいたら、なんと社長のヤギがこっそり盗みだしてしまったようだ。6/4
まだきわめて少数のファンしかいない、超マイナーなパンクバンドなのに、とち狂ったマネージャーが、ぬあんと武道館を押さえてしまったので、私らは、ほとんど無人のだだっぴろい会場で、やけくその演奏を続けていた。6/5
苦節半世紀、ついに反重力無軌道玉乗りマシーンが完成した。これにまたがると、重力に逆らって自由自在に玉乗りが出来るので、世界中のサーカス団から引き合いが殺到し、開発者の私は、嬉しい悲鳴を上げていた。6/6
よく見ると田のクロの部分に、巨大なお萩が並んでいた。我われは、知らんぷりをして田のクロを何回もぐるぐる回っていたのだが、たまりかねた誰かが喰らいつくと、みなそれに倣ったが、私は泥だらけのお萩を口にする勇気がなかったので、黙ってその光景を眺めていた。6/7
若くして新社長になったアベに会見を申し込んだ私は、大阪の居酒屋に招かれた。そこで私は、さてどうやって彼奴を料理してやろうかと思案しながら、公衆便所の入り口に似た地下に降りてゆく入口を潜った。6/8
ミレーヌ・ドモンジョは、死んだ蝶のような目で、私を見つめた。6/9
さとうさんに連れられて東中野に行くと、メリーゴーランドがぐるぐる回っていた。輪っかの上下2段の上には、ビールやワインや酒類が、下にはコップなどの容器が収納されていた。下戸の私が湯呑を取り出そうとしていると、さとうさんは「これからは毎晩東中野ですが、宜しいですか」とのたもうた。6/10
サッカーの大事な試合に出場している。1点取って先行していたが、たちまち同点に追いつかれてしまい、チームには動揺が広がった。そこで、往年の名選手たちの精霊を競技場の上空に呼び出して勝利を祈願したら、終了間際に待望の勝ち越し点が入った。6/12
国法を犯したとかいう重大な罪で、すでに課長は割腹自殺を遂げ、部下の桐野もそのあとを追ったので、私も自分を亡き者にしたほうがよいのではないかと一応は思うのだが、いったい全体、どうしてそんなことをしなければならないのか、てんで呑みこめないのだ。6/13
恐ろしく透明な海の中には、いままで見たこともない美しい海藻の間を、見たこともない美しい魚の大群がすいすい泳いでいた。そのおばあさんは、「どうやすごいやろ。こんな立派な海藻や魚は、世界中でここにしかないんやで」と、私に向かって自慢した。6/14
田中君は「ここは最高だよ!」と自慢しながら、私を青山の裏通りの隠れレストランに案内してくれたのだが、そのコンソメスープの不味さには閉口した。6/15
久しぶりに自分の足を使って歩いてみると、たのしくてうれしくて、涙がこぼれるような思いで山を下った。6/16
その作家の唯一の貴重な作品集全一巻をむかし読んだことをすっかり忘れていた私だったが、いままたそれを読みだしても、ちんぷんかんぷんなので、たまたまそこに寝そべっていたその作家に問いただしたのだが、それでもさっぱり意味が分からない。6/17
私はいつの間にか孝壽君になってベッドに横たわっていると、看護婦がいきなり鼻の奥にプラスティックの細い棒を突っ込んで掻きまわしたので、驚きと激痛でのた打ち回ったのだが、彼女は平然としていた。6/18
山に遊びに行って樹と樹をつなぐブランコに乗り、「せいの!」で漕ぎだして真ん中でドッキングしたら、お互いに猿のように興奮してやみつきとなり、いつ果てることなく何度も何度も交合したのだった。6/19
私が何十何も前から記録していた夢日記を朗読してくれ、と頼まれたので、ゆるやかに回転する回り灯篭の前に立って、そこに投影される草書体の文字を、おぼつかなげに読みあげた。6/20
私は、その物をずっと追っかけていたのだが、そのうちに、だんだんその物に、背後から追われているような気持ちになってきた。6/21
僕らはやっとの思いでその理想的な会場を借りることが出来て、「さあいよいよ明日から展覧会だ」と張り切っているのだが、スタッフが全員素人のボランティアばかりなので、まるで準備がはかどらず、焦りに焦っていた。6/23
敵に刺されて瀕死の重傷を負いながら、ようやっと御城下にスンダ餅を運び入れることに成功した忍者は、難儀な任務を終えた安堵感からウトウトしていた。6/24
青年がハーレイ・ダビッドソンに乗って登場すると、そのまわりを無数の赤毛の狗たちが取り囲み、ブンブンという排気音に合わせてワンワンと啼き叫んだ。6/24
それにしても、もうすぐ蒲田のはずなのに、道が真っ暗で、何も見えない。6/25
中野町のおばさんから借りた本を返そうと思って、遮二無二に自転車を飛ばすのだが、なかなか着かない。地下道を出て階段を登り、広場に出ると、大勢の人々でいっぱいだった。6/25
私が本番に備えてベートーヴェンの「第9」を練習していると、見知らぬ若者が燕尾服に着替えている。「君はここに何をしに来たんだ」と尋ねると、「今日の演奏会の後半がベートーヴェンの8番なので、私は前半に2番を振れといわれました」と答えたので、私は驚いた。6/26
プレス費は商品貸出関連だけの支出のはずなのに、マスゾエ嬢は、お菓子や化粧品や本代や旅行費や、要するに、なんでもかんでも自分が欲しいと思う物をジャカスカ購入しはじめたので、みな唖然とした。6/27
軍の本体は1キロ先だというので、午後11時になってから闇の中を懸命に後を追ったのだが、いつまでたっても追い付かない。その差はどんどん開いていくようなので、私は焦った。6/27
地中海のリゾート地を歩いていたら、見知らぬ誰かが「別荘にいらっしゃい」と招待してくれたので、そこを訪れたのだが、生憎主人が不在で、黒人の大男が、「ここにあるものは何でも持ってけ」と押しつけるので困ってしまった。6/28
野盗の襲撃をかろうじて逃げのびたものの、家も財産も丸焼けになって無一物の哀れな私たちだったが、親切な村人たちに励まされ、「もういちどゼロから再出発しよう」と決意した。6/29
この南の島では、とにかく鳥が人をまったく懼れない。私が左右の手で、雀に似た金色の小鳥を捕まえると、小さいのが、大きい奴の口の中の小さな虫を上手にくちばしでつまみだして、美味しそうに食べるのだった。6/29
迷いしが朝日歌壇に投稿す1枚残りし52円葉書 蝶人
西暦2016年水無月蝶人酔生夢死幾百夜
幻の歌舞伎の蘇演で、私は主役を演じていた。公演が進むにつれて、毎晩異なる死者がどんどん甦ってくるという副産物があって楽しみだったが、今夜は舞台に超珍しい黒い蛾が飛んで来たので、新種発見を確信した私は、舞台はそっちのけでそれを追いかけた。6/1
以前から私は、どうも前世で一人殺しているような気がしていたのだが、前々世でもすでに一人を殺しているようなので、戦慄した。6/2
僕は、その狭い空間に彼女が入ってきたとき、僕にどうされてもいいと彼女が思っていたことを分かっていたが、なぜかその権利を行使する気にはなれなかった。6/3
10人の乙女の真ん中の雄蕊のところにいると、五月蠅くて煩くて敵わなかったが、私は「なるほどこれが百花斉放百家争鳴というやつか」と腑に落ちた。6/4
エンドウ君が九州支店でトランプ販売を命じられて途方に暮れているというので、とっておきのアイデアをメモしておいたら、なんと社長のヤギがこっそり盗みだしてしまったようだ。6/4
まだきわめて少数のファンしかいない、超マイナーなパンクバンドなのに、とち狂ったマネージャーが、ぬあんと武道館を押さえてしまったので、私らは、ほとんど無人のだだっぴろい会場で、やけくその演奏を続けていた。6/5
苦節半世紀、ついに反重力無軌道玉乗りマシーンが完成した。これにまたがると、重力に逆らって自由自在に玉乗りが出来るので、世界中のサーカス団から引き合いが殺到し、開発者の私は、嬉しい悲鳴を上げていた。6/6
よく見ると田のクロの部分に、巨大なお萩が並んでいた。我われは、知らんぷりをして田のクロを何回もぐるぐる回っていたのだが、たまりかねた誰かが喰らいつくと、みなそれに倣ったが、私は泥だらけのお萩を口にする勇気がなかったので、黙ってその光景を眺めていた。6/7
若くして新社長になったアベに会見を申し込んだ私は、大阪の居酒屋に招かれた。そこで私は、さてどうやって彼奴を料理してやろうかと思案しながら、公衆便所の入り口に似た地下に降りてゆく入口を潜った。6/8
ミレーヌ・ドモンジョは、死んだ蝶のような目で、私を見つめた。6/9
さとうさんに連れられて東中野に行くと、メリーゴーランドがぐるぐる回っていた。輪っかの上下2段の上には、ビールやワインや酒類が、下にはコップなどの容器が収納されていた。下戸の私が湯呑を取り出そうとしていると、さとうさんは「これからは毎晩東中野ですが、宜しいですか」とのたもうた。6/10
サッカーの大事な試合に出場している。1点取って先行していたが、たちまち同点に追いつかれてしまい、チームには動揺が広がった。そこで、往年の名選手たちの精霊を競技場の上空に呼び出して勝利を祈願したら、終了間際に待望の勝ち越し点が入った。6/12
国法を犯したとかいう重大な罪で、すでに課長は割腹自殺を遂げ、部下の桐野もそのあとを追ったので、私も自分を亡き者にしたほうがよいのではないかと一応は思うのだが、いったい全体、どうしてそんなことをしなければならないのか、てんで呑みこめないのだ。6/13
恐ろしく透明な海の中には、いままで見たこともない美しい海藻の間を、見たこともない美しい魚の大群がすいすい泳いでいた。そのおばあさんは、「どうやすごいやろ。こんな立派な海藻や魚は、世界中でここにしかないんやで」と、私に向かって自慢した。6/14
田中君は「ここは最高だよ!」と自慢しながら、私を青山の裏通りの隠れレストランに案内してくれたのだが、そのコンソメスープの不味さには閉口した。6/15
久しぶりに自分の足を使って歩いてみると、たのしくてうれしくて、涙がこぼれるような思いで山を下った。6/16
その作家の唯一の貴重な作品集全一巻をむかし読んだことをすっかり忘れていた私だったが、いままたそれを読みだしても、ちんぷんかんぷんなので、たまたまそこに寝そべっていたその作家に問いただしたのだが、それでもさっぱり意味が分からない。6/17
私はいつの間にか孝壽君になってベッドに横たわっていると、看護婦がいきなり鼻の奥にプラスティックの細い棒を突っ込んで掻きまわしたので、驚きと激痛でのた打ち回ったのだが、彼女は平然としていた。6/18
山に遊びに行って樹と樹をつなぐブランコに乗り、「せいの!」で漕ぎだして真ん中でドッキングしたら、お互いに猿のように興奮してやみつきとなり、いつ果てることなく何度も何度も交合したのだった。6/19
私が何十何も前から記録していた夢日記を朗読してくれ、と頼まれたので、ゆるやかに回転する回り灯篭の前に立って、そこに投影される草書体の文字を、おぼつかなげに読みあげた。6/20
私は、その物をずっと追っかけていたのだが、そのうちに、だんだんその物に、背後から追われているような気持ちになってきた。6/21
僕らはやっとの思いでその理想的な会場を借りることが出来て、「さあいよいよ明日から展覧会だ」と張り切っているのだが、スタッフが全員素人のボランティアばかりなので、まるで準備がはかどらず、焦りに焦っていた。6/23
敵に刺されて瀕死の重傷を負いながら、ようやっと御城下にスンダ餅を運び入れることに成功した忍者は、難儀な任務を終えた安堵感からウトウトしていた。6/24
青年がハーレイ・ダビッドソンに乗って登場すると、そのまわりを無数の赤毛の狗たちが取り囲み、ブンブンという排気音に合わせてワンワンと啼き叫んだ。6/24
それにしても、もうすぐ蒲田のはずなのに、道が真っ暗で、何も見えない。6/25
中野町のおばさんから借りた本を返そうと思って、遮二無二に自転車を飛ばすのだが、なかなか着かない。地下道を出て階段を登り、広場に出ると、大勢の人々でいっぱいだった。6/25
私が本番に備えてベートーヴェンの「第9」を練習していると、見知らぬ若者が燕尾服に着替えている。「君はここに何をしに来たんだ」と尋ねると、「今日の演奏会の後半がベートーヴェンの8番なので、私は前半に2番を振れといわれました」と答えたので、私は驚いた。6/26
プレス費は商品貸出関連だけの支出のはずなのに、マスゾエ嬢は、お菓子や化粧品や本代や旅行費や、要するに、なんでもかんでも自分が欲しいと思う物をジャカスカ購入しはじめたので、みな唖然とした。6/27
軍の本体は1キロ先だというので、午後11時になってから闇の中を懸命に後を追ったのだが、いつまでたっても追い付かない。その差はどんどん開いていくようなので、私は焦った。6/27
地中海のリゾート地を歩いていたら、見知らぬ誰かが「別荘にいらっしゃい」と招待してくれたので、そこを訪れたのだが、生憎主人が不在で、黒人の大男が、「ここにあるものは何でも持ってけ」と押しつけるので困ってしまった。6/28
野盗の襲撃をかろうじて逃げのびたものの、家も財産も丸焼けになって無一物の哀れな私たちだったが、親切な村人たちに励まされ、「もういちどゼロから再出発しよう」と決意した。6/29
この南の島では、とにかく鳥が人をまったく懼れない。私が左右の手で、雀に似た金色の小鳥を捕まえると、小さいのが、大きい奴の口の中の小さな虫を上手にくちばしでつまみだして、美味しそうに食べるのだった。6/29
迷いしが朝日歌壇に投稿す1枚残りし52円葉書 蝶人