あまでうす日記

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カール・ベーム「回想のロンド」高辻知義訳を読んで

2021-03-12 10:03:45 | Weblog

照る日曇る日 第1548回

お馴染みのマエストロ、カール・ベームが73歳の1967年に、ハンス・ヴァイゲル選手のインタビューに応じた回想録を読みました。「私はよく覚えている」という本当の題名に通り、実に記憶の良い人で、だからこそオペラを除く指揮をみな暗譜でやれたのでせう。
彼が来日してベートーヴェンの「フィデリオ」などでその真価を見せつけたのは1963年の日生劇場からだから、Rシュトラウス直伝の「薔薇の騎士」やベルクの「ヴォツエック」などをウイーンの歌劇場やバイロイトの祝祭劇場で振っていた全盛時代を、ちょっとばかり過ぎてからのことですね。
それから年月が経って、老いたりとはいえ、ヘッツェルがコンサートマスターを務めるウイーンフィルをば、独学の不器用な棒で振るベーム翁の音楽は、先行世代の指揮者フルヴェン、ワルター、クレンペラー、クナや後輩のカラヤンなどとは一味違う愚直なまでに朴訥な調べを奏で、特にモザールの「フィガロ」や後期交響曲、レクイエム、ワーグナーの「指輪」や「トリスタン」のライヴをCDで聴いていると、魂魄を彼岸に持っていかれるような瞬間がいくつもあるのであるのであるん。
それから忘れてはいけないのは、彼の全盛時代は、ナチの伸長期と重なっていること。
「ナチにあらざれば人にはあらず」の時代にあって、彼はどのように絶対権力に対したのであろうか?
この回想録には1932年にハンブルク・オペラの総監督の打診があった時に、「あなたはナチ党ですか? もしそうでないなら今すぐ入党しなければなりません」と聞かれ、「私はすでにある党の党員なので、それはできない」と答えたという話が載っている。
「ではあなたは何党員ですか?ドイツ国家党?キリスト教民主党?」「いいえ」「では共産党?社会党?」「いいえ」「にゃろめこん畜生、いったいあなたは何党なんだ?」
こうした追及に対して、賢明なるベーム選手は、「私の属しているのはただ一つの党、音楽党ですよ」と答えて切り抜けたというのであるが、私にはそんな文学的な返事で悪魔のように狡猾なナチが引き下がったとは、とても思えないのである。
芸術家はいかに政治に対処すべきか? 紅旗征戎非吾事? この大問題はいまなお適切な回答を持たない。


     宣言も緊急事態もなんのその鎌倉小町に押し寄せるなり 蝶人
コメント
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