照る日曇る日 第1890回
ご存じ鎌倉殿の尼将軍の半生を描いた長編小説であるが、公暁に拠る実朝暗殺の時点で突如終了してしまうのがもったいない。その後の弟義時との2人三脚に拠る武家政権の統治こそが彼女の本領発揮の時期であったにもかかわらず。
著者の叙述の特色は、様々な資料、歴史書を読み込み、その学問的な知識を踏まえての物語展開、そしていかにも女性作家ならではの登場人物の鋭い心理分析にあるといえよう。
しかしながら、あとがきで反省しているように「吾妻鏡」の周辺文献の読み込みを怠った結果、政子が伊豆目代、山本兼隆の求婚から逃げて頼朝に走ったとする叙述は完全な誤りであった。(ところがその過誤をそのまま受け継いだのが、2022年の最新版政子伝をものした永井紗那子著「女人入眼」で、彼女は大先輩の代表作すら読まない不勉強な作家であることが、はしなくも暴露されたわけである。
またさりながら本書の「黒幕三浦義村による実朝暗殺説」は一介の作家の妄想にとどまらず、当時の中世史研究の権威、石井進氏の採用するところとなり、学会の大論争のきかっけとなった。この事実ひとつを以てしても、いかに彼女がアクチュアルな歴史研究に本格的に取り組んでいたかが窺い知れるのである。
春雨や大江光はどうしているか 蝶人