あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

九螺ささら著「神様の住所」を読んで

2019-03-10 10:03:32 | Weblog


照る日曇る日第1211回


新進気鋭の歌人による短歌&エッセイ一体型作品集です。
一体型というのがちょっとわかりにくいけど、たとえば「黒柳徹子」編では、あたまに、

 徹子の部屋の窓から見えてたえいえんみたいな二個目の太陽

という短歌が掲げられていて、それに続く2Pには黒柳徹子と「徹子の部屋」をめぐる気の利いた短文が添えられていて、

 こんにちは黒柳徹子こんちはえいえんの続きごっごそませう

という締めの短歌で終わる3Pの文芸劇場がぜんぶで84セット用意されているわけです。

作者は「どこからでもお好きな所を読んでください」とおっしゃっておるが、よっぽど頭と心と手に自信がなかれば、こんな思いきったご開帳ができるわけがない。

ちなみに、「ものごころ」編の「しおりちゃん」の童話はかなり泣かせます。

 なぜだろう三十二日梨だけを食べているのに梨にならない
 齷齪とアクセルを踏む齷齪がだんだんアクセルになってく
 そうめんとひやむぎは似て非なるもの二月と三月のあいだ辺りの
 獣道分け入ってゆく指先が永久の泉をさぐりあててる
 (みんちょうたい)と読み始めたらちがってた「明朝体に残るか不安」
 一文字も読まずに置かれた聖なる書聖書は置き薬箱の隣り

 最後の「聖書」の巻で作者が触れている聖書は、国際ギデオン協会が世界中の全国のホテルに寄贈しているもので、晩年にこの普及運動に全身全霊をあげて打ち込んだ私の祖父は、滋賀県大津の琵琶湖ホテルの贈呈式で挨拶に立ち、「主イエスキリストは」と語り始めたときに斃れて、帰らぬ人となったのだった。
 
   「主イエスキリストは」と言いながら祖父小太郎は召天したり 蝶人

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