Kobby loves 埼玉&レッズ

埼玉と浦和レッズを愛する管理者のブログです。

今も成長段階?(永井雄一郎)

2006-09-21 20:53:07 | 浦和レッズ
永井雄一郎といえば、ある程度サポーター歴の長い人なら、1997年の開幕戦で、井原、小村という当時の日本代表をごぼう抜きしたプレーが印象的でしょう。このプレーで、福田の後継者は永井という、ちょっと気の早い意見も出ていました。しかし、この時点では、永井はまだまだ欠点も目立つ選手でした。

この開幕戦でも、突破はしましたが、ゴールは決めていません。それ以外にも、シュートがよくミスになるとか、ドリブルで縦のコースを切られると、後ろや横に向かってドリブルをしてしまうなどの欠点がありました。また、180cmの上背がある割にはヘディングも強くありませんでした。

このままでは、未完の大器で終わってしまうと判断した、翌年指揮を執った原監督は、戦力ダウンを覚悟で、永井をドイツ2部のカールスルーエにレンタル移籍させました。前年まで浦和の選手だったブッフバルト現監督のつてで実現した移籍です。永井は、翌年ナイジェリアで開催されたワールドユースで、ゴールこそ1点だったものの、ほとんどの試合でスタメン起用され、日本の準優勝に貢献しました。

結局カールスルーエとの契約は1年で終わり、残留争いのさなかの浦和に復帰しました。帰国した永井を見て驚いたのが、上体が明らかに筋肉質になったらしい充実ぶりで、ヘディングも標準レベルまでは強くなっていました。これが、永井を見て最初に感じた成長です。

ただ、まだまだ精神的には課題があり、翌年のJ2ではボールを相手選手に投げ付けて退場になるような幼さも見せています。そんな永井が変わったのは2002年から2003年にかけてです。2002年はエメルソンとトゥットの2トップが定番で、永井はベンチに甘んじる日々でした。ところが、ドリブルで好調さをアピールして、エメルソン、トゥット、永井の3トップを当時のオフト監督に採用させるまでになりました。

翌2003年はトゥットが抜けて永井が先発の一角を占めましたが、新人時代あれだけ課題だったシュート力もついていました。これが永井の2度目の「成長」です。代表に呼ばれ、ラッキーゴールながら得点も決めています。その後は田中達也の台頭もあって控えに戻りましたが、昨年、右アウトサイドに起用されて精密なクロスを上げるようになっていたのには驚きました。

毎年、完全なレギュラーを占めるには至らないものの、何かしら武器を見せ、どこかしら成長する永井という選手は不思議な選手です。もしかすると、今も成長段階なのかもしれませんね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする