自力整体でいきいき歩き: 狛 雅子

膝通を克服して健康登山! 団塊世代に贈るLOHAS情報です。

「性」は「生」につながっている

2013-09-25 09:01:57 | 図書メモ


Costa Ricaを離れて、旅行の後半はGuatemalaです。
この建物はジャングルの中のTical遺跡。
ここも鳥が豊富です。



さて、今日も昨日の本の続きをご紹介しましょう。

P.151 第6章 のタイトルが標記のもので、副題として、

  「 ~セクシュアリティをわが子へ、孫へどう伝えるか」と繋がります。

P.152 2007年6月、女子高校生が学校のトイレでひとりで男の子を産み、

   その後の処置に困って赤ちゃんを窒息死させてしまった。

   そして殺人容疑で逮捕された。(後略)


著者はセンセーショナルな報道の影に横たわる大事な事実に触れています。


   われわれ医療に関わる者としては、それらのことよりも、

   もっと気になったことがあります。そうなってしまうまで、

   「なぜ誰にも相談しなかったのか」、いいえ、

   「できなかったのか」ということです。


   (中略)

   誰にも相談できずひとりで抱え込み、

   ほかにどうすることもできなかったのではないか。

   赤ん坊の父親にも話せなかったのだろうか。

   だとしたら、トイレで子どもを産まなければならなかったときの

   気持ちはどんなものだったのでしょうか。


   誰かに相談出来る場所があれば、相談できる大人がいれば、

   事前に防げる事件だったのではないか。

   性や命の大切さを誰も彼女に伝えられていなかったのではないかと、

   非常に残念に思うのです。



この後、昭和初期までの性教育、戦前戦後の「純潔教育」などに触れ、

その教育の価値観が、ひとことでいえば

   <貞操観念を重視する道徳教育を柱にするもの>と解説。

   その背景には戦後の混乱がありました。

   終戦のとき、進駐軍がやってくると日本女性がレイプされる

   のではという風評が立ち、内務省が

   米兵たちの相手をするための慰安所を設置しました。

私は迂闊にも、こういった戦後史を全く知りませんでした。

従軍慰安婦問題が報道されるとき、<女性としての被害者への共感>を

感じることはもちろん、その謝罪も、きちんとするべきだと思っています。


でも、そういう行為の理由とか「意味づけ」という点で、

私は全く無知でした。そして、その事実を知った今、感じるのは

著者の、下記のような発言とまったく同じです。


P.157 「米兵による性被害から大和撫子を守らなくてはならない」と

   言いながら、多くの女性をいわば慰安婦として募集していた

   その矛盾に疑問を感じていました。


   そこには、妻や娘には貞操を求めながらも

   自分は外にお妾さんを囲っているような男たちの

   メンタリティーと同じものが流れているように思います。
   







コメント
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