法音カウンセラー 釋 真聴 《日乗》

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主宰者の《日乗》

「親鸞に会はうではないか!」

2017年04月09日 23時36分45秒 | 毎田周一師の言葉

毎田周一師の言葉をお届けします。

親鸞を歴史的に知る、といふことは頓馬なことだ。
そんなことでどうして親鸞の主体にぶつかることが出来るのか。
歎異抄あるひは教行信証で、厳然として親鸞は私の前に立って居られる。
その親鸞に会ふ以外に何があるのか。
歴史を媒介とすれば、すでに対象論理になつてしまふ。
だから真宗の学者の中に、親鸞の仏教史的な見方をする者があるが、
これなども戯論である。
成程、親鸞も歴史的に、仏教史的に存在したのであろう。
しかし、その歴史の中に親鸞をみたところで、
今の私の主体的問題と何の関りがあろう。
もつと直接に、現前に、
いまの私の前にその智慧と慈悲を以て、
全面的に立つてゐられる親鸞に会はうではないか。

カウンセリング研究会【くりのみ】
*親鸞とカウンセリングコースでは、『教行信証』の音読をしています。
*道元とカウンセリングコースでは、『正法眼藏』の音読をしています。

「歎異抄」うたとかたりあいでは、『歎異抄』の音読をしています。

 

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