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尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

丸山正樹「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」

2016年01月02日 23時36分40秒 | 〃 (ミステリー)
 丸山正樹「デフ・ヴォイス」というミステリーの紹介。2011年に出た本で、2015年夏に文春文庫に収録された際に「法廷の手話通訳士」という副題が付いた。丸山正樹という人は、1961年生まれで、フリーのシナリオライターをしていて、2011年にこの小説でデビューした。今のところ、この一冊しか作品はないようだけど、この小説はちょっとおススメである。知ってた?僕もちょっと前まで知らなかった。文庫になったのも気づかなかった。東京新聞夕刊に丸山さんの文章が掲載され、初めて知ったのである。

 確かに「デフ・ヴォイス」では、何だか判らない。でも、副題の「法廷の手話通訳士」も必ずしもこの小説の中身を伝えているとは言えない。ある中年の男が、職を失い(その事情は半ば以後で明らかになるけど、結構しんどそうな事情である)、警備員などをしているが正社員の仕事がない。そこで「特技」を生かし、「手話通訳士」の試験を受ける。何で手話が「特技」なのか。ボランティアしてたとか、福祉関係の仕事をしてたとかいうわけではない。家族(父、母、兄)が自分以外、全員「ろう者」だったのである。(「聴覚障害者」ではなく、「ろう者」。「健常者」ではなく、「聴者」という言葉が使われている。それは一つの立場の表明でもあることが、小説内で説明されている。)

 そういう人を「コーダ」というのだという。”Children Of Deaf Adults”の略である。そのような人々は、「ろう者」と「聴者」をつなぐ人ではあるが、現実にはどちらの世界からも疎外されることもある。そのような立場の人生があるということは、いままで思っても見なかった。この小説は、「コーダ」の苦しみを正面から取り上げたという意味で、読んでみる価値がある。

 さて、主人公はそういう経歴の持ち主だから、当然のように手話通訳士の試験には合格し、仕事の依頼も来るようになった。その中の一つに、「法廷の手話通訳士」、つまり、被告人がろう者である場合の刑事裁判で通訳する仕事がある。そして、その描写は真に迫っていて、非常に考えさせられる。そんな中で、主人公は「17年前の事件」を思い起こしてしまうのである。公判廷ではないけれど、「ある事件」の取り調べや面会時に手話通訳をした経験があったのである。そして、それは非常に苦い思い出だった。その事件は、あるろう者の児童福祉施設で施設長が殺害されたという事件だった。そして、17年後にまた、同じ施設の施設長、以前殺された人物の子どもが再び殺害されるという事件が起きた。主人公はその事件に、否応なく巻き込まれていくのだった…。

 ということで、主人公の立場や私生活など重要な部分を敢えて書いてないけれど、小説を読む楽しみを奪うわけにはいかない。ミステリーとしては、あまり読んでない人でも、後半でおおよその真相はつかめそうである。だけど、この小説は、「事件の真相」を知るためのミステリーではない。それも大事だけど、ろう者の生活世界を知り、多くの知らなかったこと(「日本手話」と「日本語対応手話」の違いなど)を知り、そして主人公の生き方を考えるという本だと思う。文章は読みやすく、手軽に読めるけど、中味は重い。知らない人が多いと思うけど、ぜひ読んで欲しい本。
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