根岸吉太郎監督の映画3回目。フィルムセンターの雑誌「NFC」に監督インタビューが載っている。それを見ると、戦前に日活多摩川撮影所長や満映理事として日本映画史に名を残す根岸寛一が大叔父に当たる。寛一を援助した叔父、小泉丑治の息子が根岸寛一の養子となり、その息子が吉太郎だという。浅草の生まれで、木馬館を経営する根岸興行部を持っているらしい。日活映画を見ていたわけではなく、その年の募集が日活しかなかったということらしい。藤田敏八監督に付き、藤田は蔵原惟善監督に付いた。蔵原ー藤田ー根岸という系譜があると本人が言っている。
僕は蔵原惟善や藤田敏八が日活で作った数々の青春映画が大好きだ。そう言われてみると根岸監督の作風が昔から好きだった理由が判った気がする。だが、80年代以後に日本映画界の撮影所システムは崩壊していく。会社に所属していれば、とにかくプログラムピクチャーを作り続けなければならない。だけど、テレビ会社や新聞社、広告会社などで構成された製作委員会が、マンガやベストセラー、テレビドラマなどを映画化するような時代では、なかなか映画製作がままならないことも多い。根岸監督にも映画のブランクがあり、中島みゆきの「夜会」の映像などを担当していたという。その後、山形にある東北芸術工科大学教授となり、今は学長を務めている。
「ウホッホ探検隊」(1986)「永遠の1/2」(1987)の後は、5年おいて「課長島耕作」(1992)。続いて伊集院静原作による中編「乳房」(1993)を撮る。夏目雅子との生活をモデルにした原作で、かなり心を揺さぶられた。(伊集院静原作の市川準監督「クレープ」と併せて公開された。)そこから5年おいて1998年に「絆」、次が6年後の「透光の樹」(2004)。実力派監督でもこれほど撮りにくい時代だったのだ。
「絆」の原作は、故白川道(とおる)の「道は涸いていた」というミステリーで、僕はけっこう好きだった。筋を知っていて見ると、主演の役所広治はいいけど、どうもいま一つ。今回見ても、役所対渡辺謙の対決は面白くはあったが、やはり根岸監督に向かない題材だった気がする。「透光の樹」は高樹のぶ子原作だが、見た時にどうも全然感心しなかった。筋をなぞっただけのような映像だったと思う。今回も上映なし。以上の2本はベストテンの10位に選出されているが、根岸監督に80年代の輝きはなかった。
その後続けて作った3本が傑作。特に「雪に願うこと」(2006)が最高傑作だと思う。改めて見直して、やはりよく出来ていると思った。雪の帯広、ばんえい競馬のようすをじっくりと描く。東京で事業に失敗して故郷に逃げ帰った弟と北海道で馬とともに暮らす兄。勝てない馬「ウンリュウ」に自分の人生を重ね合わせて行く弟。果たして勝てる日は来るのか。競馬を描く映画はかなりあるが、騎手を乗せたそりを引く「ばんえい競馬」を取りあげたのは珍しい。原作は鳴海章「挽馬」という小説で、航空ミステリーが多い作家だが、故郷の帯広をもとにした作品。
(「雪に願うこと」)
相米慎二の遺作「風花」も鳴海原作で、だから撮影を同じ町田博に依頼したという。小泉今日子の存在感も共通している。主演の佐藤浩市も力演で、父が凄すぎるから意識されにくいが、ずいぶんうまいなと思った。伊勢谷友介が弟役、吹石一恵が女性騎手で実際に馬を操っている。香川照之、津川雅彦など、いろいろな人が出ていて、10年経つと人生も変わるなと痛感する。吹石一恵も頑張っていた。
「サイドカーに犬」(2007)は、自由な風が吹く感じが好きで忘れがたい作品。母が夏に家出し、代わりに家にきた「ヨーコさん」。竹内結子がキネ旬主演女優賞などの名演で、最高だと思う。それを子どもの視点で描くのだが、子役の松本花奈も傑作。古田新太の父は怪しい中古自動車業をしているが、子どもにはよく判らない。ヨーコさんが突然「夏休みしよう」と子どもと海に行くシーンは素晴らしい名シーンである。「ひと夏の椿事」を現時点から回顧する構成も優れている。原作は芥川賞作家長島有の短編で、根岸監督はあまり知られていない原作をうまく処理する。題名は少女がサイドカーに乗っている犬を見た記憶からで、そのようすの映像も面白い。
(「サイドカーに犬」)
続いて、太宰治生誕百年の年の「ヴィヨンの妻」(2009)。浅野忠信と松たか子の作家夫婦(太宰自身が反映されている)の戦争直後の生活を丹念に再現する。深刻ながら軽さもあり、恐らく数少ない太宰映画化の中では最高の作品だろう。モントリオール映画祭で最優秀監督賞。田中陽造の脚本が素晴らしく、美術や撮影も出来がいいと思うが、僕はこの映画はそれほど好きではない。原作の問題だ。2009年は西川美和「ディア・ドクター」と園子温「愛のむきだし」が上だろう。
(「ヴィヨンの妻」)
最後に劇場公開されていない「近代能楽集」(2013)。「葵上」と「卒塔婆小町」をセリフは三島由紀夫原作の通り映像化したもので、最初は舞台劇の映像かと思うような作り。その後カメラはかなり動いていきカット割りもあるが、基本は原作のままの映像で、「三島文学」色が強すぎる。前者では中谷美紀が六条御息所の生霊を迫力で演じ、後者では寺島しのぶが老若を演じ分ける。その女優の演技を見る楽しみはあるが、映画作品として自立しているかの判断は難しいと思う。
僕は蔵原惟善や藤田敏八が日活で作った数々の青春映画が大好きだ。そう言われてみると根岸監督の作風が昔から好きだった理由が判った気がする。だが、80年代以後に日本映画界の撮影所システムは崩壊していく。会社に所属していれば、とにかくプログラムピクチャーを作り続けなければならない。だけど、テレビ会社や新聞社、広告会社などで構成された製作委員会が、マンガやベストセラー、テレビドラマなどを映画化するような時代では、なかなか映画製作がままならないことも多い。根岸監督にも映画のブランクがあり、中島みゆきの「夜会」の映像などを担当していたという。その後、山形にある東北芸術工科大学教授となり、今は学長を務めている。
「ウホッホ探検隊」(1986)「永遠の1/2」(1987)の後は、5年おいて「課長島耕作」(1992)。続いて伊集院静原作による中編「乳房」(1993)を撮る。夏目雅子との生活をモデルにした原作で、かなり心を揺さぶられた。(伊集院静原作の市川準監督「クレープ」と併せて公開された。)そこから5年おいて1998年に「絆」、次が6年後の「透光の樹」(2004)。実力派監督でもこれほど撮りにくい時代だったのだ。
「絆」の原作は、故白川道(とおる)の「道は涸いていた」というミステリーで、僕はけっこう好きだった。筋を知っていて見ると、主演の役所広治はいいけど、どうもいま一つ。今回見ても、役所対渡辺謙の対決は面白くはあったが、やはり根岸監督に向かない題材だった気がする。「透光の樹」は高樹のぶ子原作だが、見た時にどうも全然感心しなかった。筋をなぞっただけのような映像だったと思う。今回も上映なし。以上の2本はベストテンの10位に選出されているが、根岸監督に80年代の輝きはなかった。
その後続けて作った3本が傑作。特に「雪に願うこと」(2006)が最高傑作だと思う。改めて見直して、やはりよく出来ていると思った。雪の帯広、ばんえい競馬のようすをじっくりと描く。東京で事業に失敗して故郷に逃げ帰った弟と北海道で馬とともに暮らす兄。勝てない馬「ウンリュウ」に自分の人生を重ね合わせて行く弟。果たして勝てる日は来るのか。競馬を描く映画はかなりあるが、騎手を乗せたそりを引く「ばんえい競馬」を取りあげたのは珍しい。原作は鳴海章「挽馬」という小説で、航空ミステリーが多い作家だが、故郷の帯広をもとにした作品。

相米慎二の遺作「風花」も鳴海原作で、だから撮影を同じ町田博に依頼したという。小泉今日子の存在感も共通している。主演の佐藤浩市も力演で、父が凄すぎるから意識されにくいが、ずいぶんうまいなと思った。伊勢谷友介が弟役、吹石一恵が女性騎手で実際に馬を操っている。香川照之、津川雅彦など、いろいろな人が出ていて、10年経つと人生も変わるなと痛感する。吹石一恵も頑張っていた。
「サイドカーに犬」(2007)は、自由な風が吹く感じが好きで忘れがたい作品。母が夏に家出し、代わりに家にきた「ヨーコさん」。竹内結子がキネ旬主演女優賞などの名演で、最高だと思う。それを子どもの視点で描くのだが、子役の松本花奈も傑作。古田新太の父は怪しい中古自動車業をしているが、子どもにはよく判らない。ヨーコさんが突然「夏休みしよう」と子どもと海に行くシーンは素晴らしい名シーンである。「ひと夏の椿事」を現時点から回顧する構成も優れている。原作は芥川賞作家長島有の短編で、根岸監督はあまり知られていない原作をうまく処理する。題名は少女がサイドカーに乗っている犬を見た記憶からで、そのようすの映像も面白い。

続いて、太宰治生誕百年の年の「ヴィヨンの妻」(2009)。浅野忠信と松たか子の作家夫婦(太宰自身が反映されている)の戦争直後の生活を丹念に再現する。深刻ながら軽さもあり、恐らく数少ない太宰映画化の中では最高の作品だろう。モントリオール映画祭で最優秀監督賞。田中陽造の脚本が素晴らしく、美術や撮影も出来がいいと思うが、僕はこの映画はそれほど好きではない。原作の問題だ。2009年は西川美和「ディア・ドクター」と園子温「愛のむきだし」が上だろう。

最後に劇場公開されていない「近代能楽集」(2013)。「葵上」と「卒塔婆小町」をセリフは三島由紀夫原作の通り映像化したもので、最初は舞台劇の映像かと思うような作り。その後カメラはかなり動いていきカット割りもあるが、基本は原作のままの映像で、「三島文学」色が強すぎる。前者では中谷美紀が六条御息所の生霊を迫力で演じ、後者では寺島しのぶが老若を演じ分ける。その女優の演技を見る楽しみはあるが、映画作品として自立しているかの判断は難しいと思う。