尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「ドグラマグラ」再見

2016年06月15日 23時25分36秒 |  〃  (旧作日本映画)
 舛添知事はさっさと辞めてしまった。まあ、誰しも自分がかわいいので、やむを得ないだろう。その問題は明日以後に触れたい。女優の中川梨絵白川由美の訃報も伝えられている。それもいずれまとめて書きたいと思う。新作映画も結構見ているけど、「レヴェナント」や「海よりもまだ深く」も、それだけですぐに記事を書くほどお勧めでもないなと思う。「64」は前編がとても良かったので、後編も見て書きたいと思っているけど、まだ見ていない。

 ところで、キネカ大森で「夢野久作没後80年」と銘打って、夢野久作原作の映画を2週間にわたって上映している。一週目の17日までが、「ドグラマグラ」と「ユメノ銀河」。18日から24日までが「ドグラマグラ」と「夢野久作の少女地獄」。何とまあ、夢野久作没年の記念企画なんてあるのか。「ユメノ銀河」(石井聡互監督、1997)だけ見ていないので、今週行くことにした。

 最初に「ユメノ銀河」を見て、モノクロの美しい画面に魅せられてしまった。「少女地獄」の中の「殺人リレー」の映画化。もっとも原作は読んでから何十年もたっていて、すっかり忘れている。石井監督は2010年に岳龍と改名し、最近も「蜜のあわれ」などを発表している。1997年の発表当時、それほど評判にならなかったように思う。調べてみたら、キネマ旬報の48位だった。(1位は「うなぎ」、2位は「もののけ姫」の年。)多分、イマドキ映画としては珍しいほどの「前衛」的なムードになっているのが受けなかったのだろう。60年代末の個人映画、たとえば金井勝の映画のような趣がある。

 バス車掌のトミ子は、別の町で車掌をしている友人が婚約者の運転手にひかれて死亡したことを知る。友人の手紙が死後に届き、殺されるかもしれないと書いてあった。その運転手・新高がトミ子の会社に就職してきて、トミ子と組むことになる。あえて新高に接近したものの、彼を愛するようになるトミ子。まさに「命を懸けた恋」の行方はどうなるか。蒸気機関車や洞窟など、古びた設定が心に残る。映像も古い感じで作られている。バス運転手役の浅野忠信が若いのが印象に残る。

 ところで、夢野久作(1889~1936)は、昭和戦前期に活躍した「異端の小説家」として知られる。福岡出身で、実父は杉山茂丸。右翼結社として有名な玄洋社の大物である。頭山満と並んで「政界の黒幕」として有名な国家主義者だった。子どもはインド緑化の父といわれる杉山龍丸。孫の杉山満丸氏は祖父の研究をしている評論家で、今回もキネカ大森でトークしている。というようなことは、60年代、70年代にはずいぶん重要な情報だったのだが、今ではどうでもいいかもしれない。でも当時は、父が右翼の巨頭だったということが、夢野久作を読むときの危険な魅力を増していた。

 60年代末期に、三一書房から夢野久作全集が出て、初めて全貌が知られるようになった。しかし、僕が読んだのはそれではなく、角川文庫から70年代後半に続々と出たときである。それらは乱歩とはまた違った怪しい魅力に満ちていた。特に「氷の涯」や「犬神博士」が僕は大好きだった。現代教養文庫(というのもあった。後に倒産)からも、小栗虫太郎、久生十蘭、橘外男などと並んで選集が出ていた。これらの人々が、いわば戦前の「異端」作家の人々と言える。そして、「ドグラマグラ」(1935)は急死する前年に出版された畢生の大作である。だけど、読んでも全然判らない。
(夢野久作)
 「ドグラマグラ」と並んで「黒死館殺人事件」(小栗虫太郎)、そして「虚無への供物」(中井英夫)を、よく日本のミステリー史上の「三大奇書」という。それに加えて、四大とか五大とかいうのもあるが、僕は一番訳判らないのが「ドグラマグラ」だと思う。「黒死館」は確かに奇書中の奇書だし、読みにくいけど、「探偵小説」としては判る気がする。「虚無への供物」は筋もわかるし、感覚も通じる。時代性も感じられて面白い。「ドグラマグラ」は何十年も前に一度読んだだけだが、正直判ったとは思えなかった。1988年に松本俊夫監督が映画化して、なるほどこういう話かと初めて判った気がした。

 いやあ、松本俊夫(1932~2017)が映画化するんだと当時は驚いたものだ。松本俊夫の名前も今では知らない人が多いかもしれない。劇映画というより、実験映画作家や映画理論家として知られた人物である。劇映画としては、ATGで撮った「薔薇の葬列」(1969、16歳のピーター主演の本格的ゲイ映画)や「修羅」(1971、南北の「盟三五大切」の映画化)で知られる。豊川海軍工廠の大空襲を描いた、というか秋吉久美子の初主演で知られた「16歳の戦争」(1973)という異色の戦争映画もある。この映画は3年間お蔵入りしたあげく、自主上映された。

 ということで、1988年作の「ドグラマグラ」。映画をめぐる情報ばかりを書いているが、要するに判ったようで判らないのである。今見ると、精神病院の医師である正木博士を桂枝雀がやっているのが、貴重というか「怪演」に圧倒される。ある意味で痛ましい。枝雀(しじゃく)は上方の爆笑落語家として知られたが、1999年に自殺を図り回復することなく亡くなった。重いうつ病を何度か患っていたという。若林博士役の室田日出男も2002年に64歳で亡くなった。東映のピラニア軍団の中心だったが、次第に他社やテレビで大役をやる主役級の俳優になった。ずいぶん見ているから懐かしい。美術を担当した木村威夫も亡くなったし、脚本を松本俊夫と共同で書いた大和屋竺(やまとや・あつし)も、早く1993年に亡くなった。見ていると、これらの人々をしのびながら見るという気持ちが強かった。
(映画「ドグラマグラ」の桂枝雀)
 中身を書いてないけど、僕にはうまく要約することができない。面白いし、ムードはあるが、内容をどうこういうような映画、あるいは小説ではないのかもしれない。
コメント
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