尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『こんにちは、母さん』、永井愛原作を巧みに映像化

2023年09月27日 20時46分32秒 | 映画 (新作日本映画)
 山田洋次(1931~)監督90本目という映画『こんにちは、母さん』が上映されている。日本映画を代表する巨匠とはいえ、近年の作品は明らかにかつての傑作には及ばなかった。それに今回は吉永小百合大泉洋の主演だという。まあ、そこそこ面白いには決まってるが、それほど期待出来るとは思えないなどと思い込んでいたら、これが案外の面白さだった。というのも、あまり触れられてないしチラシにも小さくあるだけだが、これは永井愛の2001年の戯曲が原作なのである。

 最近は永井愛の作品(二兎社公演)を見逃さないようにしているが、その頃はまだ見てなかった。(21世紀初頭は夜間定時制勤務をしていて、夜の公演が見られなかった。)この作品は今も上演が多いが、僕は見てない。むしろ吉永小百合と「母」といったら、『母べえ』(2008)、『母と暮らせば』(2015)を思い出す。だから、僕は「吉永小百合の母三部作」のオリジナル脚本だと思い込んでいた。永井愛の原作だと、最近までうっかり気付かなかったのである。いろんな映画評でも、ほとんど原作に論及してない。「永井愛」はそんなに宣伝にならないのか。しかし、今回の映画が面白いのは基本的に原作の設定によるものだと思う。
(山田洋次監督)
 もちろん舞台劇を映像化するときは、テレビや映画向けに変更する必要がある。この映画もそうだけど、それでも大手企業に勤める息子、老舗足袋屋の母という構図は原作由来だろう。神崎福江吉永小百合)は夫を亡くした後、一人で店を守っているが、今はそれ以上にホームレス支援のボランティア活動に熱心である。長男の神崎昭夫大泉洋)は人事部長として、リストラ最中で悩みを抱えている。同期入社で友人の木部課長宮藤官九郎)が、今度の同窓会は屋形船を借り切ってやりたい、お母さんにツテがないか聞いて欲しいと言うので、久しぶりに昭夫は実家を訪ねたが…。
(母と息子)
 このクドカンが非常によろしくなく(というのは助演者の演技としては「非常によろしく」)、重要な脇役となるのが観客に予感される。さて訪ねてみると、母は今日はボランティアの会だからと素っ気ない。そこで出会った教会の荻生牧師(寺尾聰)に惹かれているらしいのである。一方、昭夫は家庭も問題ありで、妻は出ていき、娘の永野芽郁)も祖母の家に身を寄せる。前作『キネマの神様』ではカワイイだけみたいな永野芽郁だったが、今回はなかなか陰影がある役をやっている。墨田区向島にある足袋屋は、大相撲の力士も愛用していて、立浪部屋の明生が特別出演している。すぐには顔が判らない人が多いだろうから、足袋屋に出入りしている枝元萌が「あっ、明生関」と言うセリフがある。)
(吉永小百合と永野芽郁)
 枝元萌が出て来ると、やはり永井愛作品だという感じが出て来るのだが、それはさておき…、全体的に淡々と進む中に時折驚くようなドラマがある。しかし、それも含めて上品な印象で後味が良い。未亡人の吉永小百合が秘かに恋しているといっても、お相手が寺尾聰となれば「オールド・サユリスト」も納得だろう。(ちなみにかつて吉永小百合ファンを「サユリスト」なんて言ったのである。)今まで乗ったことがないと水上バスに二人で乗るシーンなど、なるほどなあと思った。特に用もないから、地元民ほど地元の名物に行ってないことがある。
(吉永小百合と寺尾聰)
 この映画は今までの山田洋次作品を思い出す仕掛けが多い。支援する吉永小百合らに厳しく接するホームレス男性(田中泯)は「イノさん」というが、これは『学校』で田中邦衛が演じた忘れがたき役名と同じだ。牧師が最後に向かうという北海道の別海町は、『家族』で取り上げて以来、『男はつらいよ』シリーズ(の何作か)や『遙かなる山の呼び声』でロケされた中標津の隣町である。また「向島」という土地も、2作目の『下町の太陽』の舞台となったところと近い。そういう点も含めて、91歳を迎えた山田洋次監督の集大成的な作品だと思う。現代社会に対する批評もあるけれど、あまり重くならずに楽しめる。そういう映画もあって良いし、山田監督の細やかな演出を楽しめる映画だった。
コメント
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